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奇跡の野菜、商人の目に留まる

 ラポルナの野菜が町へ出荷されるようになってから、しばらく経った。


 最初は、物珍しさから買っていく客がいる程度だった。

 ところが、実際に食べた人々の評判は、思いのほか良かったらしい。


 特に、食堂や宿屋の料理人たちからの反応が大きかった。


 味が濃い。


 火を通しても香りが残る。


 いつもの料理に使っただけなのに、客の食いつきが違う。


 膝の痛みがなくなった


 今じゃ女の子にモテモテ!満足していマス!


 そんな話が、町の料理人たちの間で少しずつ広まっていた。


 そして今日。


 俺は、村の広場で頭を抱えていた。


「……継続的な仕入れ?」


「そうだよ、坊や」


 シャルロッテが、いつもの余裕たっぷりな笑みを浮かべた。

 彼女の前には、隣町からやってきた商人が二人座っている。


 一人は青果を扱う商人。


 もう一人は、飲食店への食材卸しを手がけている男だった。


「先日仕入れた野菜ですがね。あれが、なかなか評判でして」


 青果商が、愛想よく笑う。


「できれば今後も、定期的に仕入れさせていただきたい。もちろん、こちらも相応の値段で買い取らせていただきます」


「うちの取引先の料理人たちも、ぜひ次の入荷を知りたいと言っておりまして」


 卸売商も続けた。


「特に、あの根菜は素晴らしい。煮込んでも味が薄くならず、出汁との相性もいい。あれなら、うちの取引先にも自信を持って勧められます」


 ……そんなにか。


 俺は思わず、畑の方を振り返った。


 そこには、いつもどおりの畑が広がっている。


 確かに、うちの野菜はうまい。


 だが、別に俺が何か特別なことをしたわけじゃない。


 畑を耕して、種をまいて、水をやる。


 やっていることは、それだけだ。


 ……まあ、常設魔力炉だの、妙な生育環境だの、説明しづらい要素はあるのだが。


「どうするの、ライン?」


 アルテが尋ねてきた。


「どうするも何も、作れる分しか作れないだろ」


「うん。それはそうだね」


 俺は商人たちに向き直った。


「悪いが、うちは大規模な農場じゃない。今のところ、村で食べる分を確保したうえで、余った野菜を出しているだけだ。毎週決まった量を納めろと言われても、約束はできない」


 商人たちの表情が、わずかに引き締まった。


 よし。


 これで分かってくれただろう。


 無理な契約はしない。


 無理な増産もしない。


 何より、村人たちに余計な負担をかけるつもりはなかった。


 俺は静かな隠居生活を送りたいのであって、農業経営者になりたいわけじゃないのだ。


「なるほど……」


 青果商が、深くうなずいた。


「安定供給を軽々しく約束しない。その慎重さ、実に立派ですな」


「……は?」


「希少な品を扱う以上、供給量を無理に増やせば品質が落ちる。そうお考えなのですね?」


「いや、単純に畑が小さいだけだが」


「ははは。ご謙遜を」


 何が謙遜だ。


 俺は事実を説明しただけだぞ。


「では、まずは月に一度、村で余った分を買い取らせていただく形ではいかがでしょう。量はその都度相談。こちらも無理な注文はいたしません」


「それなら……まあ」


 月に一度。


 余った分だけ。


 それなら、村人たちの負担も大きくはならないだろう。


 俺がうなずくと、シャルロッテが満足そうに手を叩いた。


「決まりだね。じゃあ、細かい条件を詰めていこうか」


 ……俺の知らないところで話がまとまっていく。


 いや、今回は俺も了承したのだから、文句は言えないのだが。


◇


「さて、坊や。次は値段の話だよ」


 商人たちが持参した帳簿を広げると、シャルロッテの雰囲気が変わった。


 先ほどまでの気安い笑みが薄れ、商人としての鋭い目つきが顔を出す。


「まず、村の人間が食べる分と、販売に回す分は分ける。出荷量は収穫ごとに記録。品質にばらつきがあるなら、それも正直に伝えること」


「ふむ……」


「それから、値段は安売りしない。かといって、評判が出たからといって一気に吊り上げるのも駄目だ。継続して取引するなら、買う側にも売る側にも利益が残る価格にするんだよ」


 商人たちは真剣に耳を傾けていた。


 俺も、これは悪くないと思った。


 せっかく野菜を売るのなら、村人たちが損をするような取引は避けたい。

 今までは、余った野菜を町で売って、多少の金になればいいと思っていた。


 だが、継続して買いたいという相手がいるなら、話は別だ。


 無理のない範囲で、きちんと利益を得られる仕組みを作る。それくらいなら、村にとっても悪い話ではない。


「販売で得た利益のうち、運搬費や取引にかかる費用を差し引いた分は、出荷した農家にきちんと戻す。村の共同作業で育てた分については、村人たちで相談して分配すること」


 シャルロッテは、そう言って帳簿に数字を書き込んでいった。


「これなら、誰がどれだけ働いたかも分かる。後から揉めることも少なくなるはずさ」


「……シャルロッテ、さすがだね」


 アルテが感心したように言った。


「商売なんて、売って金を受け取れば終わりじゃないからね。続けるつもりなら、最初が肝心なんだよ」


 シャルロッテは、こちらをちらりと見た。


「それにしても坊や。あんた、こういう仕組みを作るのは嫌いじゃないだろう?」


「いや、俺は何もしてないぞ」


「分かってるよ。あんたは余計なことをしたくないだけだものね」


「そうだ」


「だからこそ、余計なことをしなくても回る仕組みを作っておく。そういうことだろう?」


「違う」


「フフッ、素直じゃないところも可愛いじゃないか。」


 絶対に分かっていない。可愛くないし。


 俺はただ、無理な取引を断っただけだ。


 それなのに、いつの間にか村の出荷量やら価格やら、利益の分配方法まで決まりつつある。


 ……商人というのは恐ろしい。


◇


 その日の午後。


 村の広場では、農家の人々が集まっていた。


 シャルロッテから、野菜の買い取り条件が説明されている。


「つまり、今まで余った野菜を売っていた分が、きちんとお金になるってことか?」


「そういうことさ。もちろん、売れる量には限りがある。無理に作付けを増やす必要はないよ」


「へえ……そいつはありがたいな」


 農家の男が、うれしそうに頬を緩めた。


「今までは余った分を近所に分けたり、家畜に回したりしてたからな。少しでも金になるなら、冬の支度にも使える」


「そうそう。村で食べる分は今までどおり確保しておくれ。売るために食べる分まで減らしたら、本末転倒だからね」


 シャルロッテの言葉に、集まった人々がうなずいた。


 大金が手に入るわけではない。


 村が急に豊かになるわけでもない。


 それでも、今まで余っていたものが少しずつ収入に変わるのなら、村人たちにとっては十分に意味がある。


 俺は、その様子を少し離れた場所から眺めていた。


「……まあ、悪くないか」


「うん。みんな、うれしそうだね」


 アルテが隣に立つ。


「ラインが、余った野菜を売ればいいって言ったところから始まったんだよ」


「だから、俺は余ったものを処分しようとしただけだ」


「そういうことにしておくね」


「本当だぞ」


 アルテは笑っていた。


 俺は反論を諦めた。


 実際、村人たちが喜んでいるのを見ると、悪い気分ではない。


 ただし。


「……生産量は、絶対に増やしすぎるなよ」


 俺は念を押した。


「今の畑で無理なく作れる分だけだ。売れるからって、急に畑を広げたり、人を雇ったりする必要はない」


「分かってるよ」


 アルテはうなずいた。


 ……本当に分かっているのだろうか。


◇


 数日後。


 隣町の商人たちは、次の仕入れに向けた準備を始めていた。今回の取引で手に入れた野菜は、少量ながらも好評だった。


 そのため、彼らは別の取引先にもラポルナの野菜を紹介することにした。


「ただし、量は多くない。まだ安定供給できる品じゃないからな」


 青果商は、取引相手にそう説明した。


「だからこそ、価値があるのかもしれませんね」


 相手の商人が、興味深そうに帳簿を眺める。


「味が良く、供給量が限られている。無理な増産をせず、品質を維持する方針というわけですか」


「まあ……そういうことになるのかね」


 青果商は、少し首を傾げた。


 ラインが言っていたのは、単に畑が小さいという話だったのだが。


「面白い品ですね。一度、こちらでも扱えるか検討してみましょう」


 相手の商人は、帳簿にラポルナの名を書き留めた。


「帝国領にも、珍しい食材を探している取引先がありましてね。あちらの商人にも、話だけはしてみましょう」


 その言葉に、青果商は軽くうなずいた。


 まだ、小さな取引の話にすぎず、誰も、これが大きな商機になると確信しているわけではなかった。


 ただ、評判の良い野菜があるから、それを別の土地の商人にも紹介してみる。


 商売としては、ごく普通の流れだった。


◇


「……なあ、ジジイ」


 その夜。


 俺は胃薬を飲みながら、窓の外を眺めていた。


「村の野菜が、帝国領の商人に紹介されるらしい」


「ほう」


「まだ話だけだ。実際に取引が始まるかどうかも分からない」


「そうじゃな」


「だから、問題ない」


「……お主、本当にそう思っておるのか?」


「思ってる」


 俺は薬瓶を机に置いた。


 村人たちに利益が入るようになったのは、悪いことじゃない。

 無理な増産もしていない。

 取引先だって、まだ隣町の商人が中心だ。


 帝国領に紹介されたところで、すぐに何かが起こるわけじゃない。


 そう。


 何も問題はない。


「……ないよな?」


「わしに聞くな」


 ジジイは呆れた顔で浮かんでいた。


 俺は深く息を吐いた。


 ラポルナは、少しずつ豊かになっている。


 だが、その歩みは遅い。


 だからこそ、今のところは大丈夫なはずだ。


 ……頼むから、そうであってくれ。


 俺の願いをよそに、ラポルナの野菜は、少しずつ帝都へと近づき始めていた。

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