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ラポルナセブン、村を飛び出す

 ラポルナに、冬の足音が近づいていた。


 朝晩は冷え込み、畑の土も以前より固くなっている。

 そんな中、村の広場では今日も、聞き覚えのある掛け声が響いていた。


「みんなー! 今日も元気にいっくよー!」


「「「ソイヤッ! ソイヤッ! ヤーレン!」」」


 ……寒くないのか、あいつら。


 俺は窓の隙間から広場を眺め、そっと閉めた。


 最近、ラポルナセブンの活動が活発になっている。


 最初は村の女性たちが集まって踊るだけだったはずなのに、ニナが歌い、レイラが振り付けを考え、シャルロッテまで衣装の相談に乗り、気づけば立派な活動団体になりつつあった。


 しかも、結局例の姿絵まで販売するらしい。


 ……誰が買うんだ、そんなもの。


「おにーちゃーん! 聞いて聞いて!」


 窓を閉めた直後、ニナが駆け込んできた。


「近くの町から、お呼びがかかったんだって!」


「何の?」


「ラポルナセブンの公演!」


「断れ」


「うは即答!?」


 ニナが目を丸くした。


「だってさ、町の人たちがウチらの踊りを見たいって!」


「村の中でやってる分には好きにすればいいだろ。わざわざ町まで行く必要はない」


「でも、野菜を売りに行く荷車に乗せてもらえるんだよ?」


「……野菜?」


「うん! シャルロッテが、町の人に野菜を届けるついでに、ちょっと広場を借りられないか聞いてくれたんだって!」


 あの狐……。


 商売のついでに、余計なことまで始めやがった。


 いや、待て。


 野菜を売りに行くついでなら、別に問題はないのか?


 どうせ町まで荷車を出すのなら、乗せてもらうだけだ。公演だって広場の片隅で少し踊る程度だろう。


 村の外で踊ったからといって、何かが変わるわけでもない。


「……まあ、好きにしてくれ」


「やったー! お兄ちゃん公認!」


「公認じゃねぇ!」


 ニナは聞いちゃいなかった。


 嫌な予感がする。


 俺の経験上、こういうときの嫌な予感は、だいたい当たる。


◇


 数日後。


 俺は、広場でアルテに詰め寄っていた。


「どうしてこうなった?」


「どうしてって、町での公演が決まったからだよ?」


「その公演に、なんで村の女性が全員参加することになってるんだ?」


「見学したい人が増えたから?」


「疑問形で返すな!てかもうセブンじゃねえし!」


「じゃあ…46?」


「そういう問題じゃねえ!」


 広場には、いつものメンバーに加えて、村の女性たちが集まっていた。


 しかも、レイラが全員に振り付けを教えている。


「右足を踏み込め! 腰を落とせ! 声が小さいぞ!」


「「「ソイヤッ!」」」


 ……戦闘訓練じゃないんだぞ。


 その隅では、マールが一生懸命に小さな手を振っている。


「町の人たちが、姿絵にも興味を持ってくれたみたい」


 アルテが一枚の紙を見せてきた。


 そこには、ラポルナセブンの面々が並んだ絵が描かれている。


「これ、売るのか?」


「うん。まずは少しだけ。シャルロッテさんが、町の店に置いてもらえるか相談してくれてるんだって」


「……少しだけ、だよな?」


「そう聞いてるよ」


 アルテはにこやかにうなずいた。


 俺は紙を見つめた。


 姿絵を売る。

 踊りを見せる。

 ついでに野菜を売る。


 ただ村人たちが、町へ出かけていくだけだ。


 大げさに考える必要はない。


 そう、自分に言い聞かせた。


「ところでライン」


「なんだ?」


「私たちの姿絵は作らないの?」


「私たちって誰だよ」


「私とレイラ姉様。それに、シャルロッテも興味があるみたい」


「増やすな!」


◇


 公演当日。


 俺は村の入口まで見送りに出ていた。


 別に心配だからではない。


 荷車に積む野菜の量を確認するためだ。


 ……本当だぞ。


「それじゃ、行ってくるね!」


 ニナが荷台から手を振る。


 いつも着ている服を少し整えただけの格好だ。特別な衣装など用意していない。


 レイラは腕を組み、まるで戦場へ向かう兵士のような顔をしていた。


「安心しろ。観客の心をつかんでくる」


「いや、野菜を売ってこい」


「難しい事はわからんが、つまり私が…」


「話を聞け!」


 アルテはそんな俺たちを見て、楽しそうに笑った。


「大丈夫だよ。今日は様子を見るだけだから」


「……そうだな。何事もなく終わればいい」


 荷車が動き出す。


 俺は遠ざかる一団を見送りながら、ようやく肩の力を抜いた。


 これでしばらく静かになる。


 そう思ったのだが。


◇


 数日後。


 シャルロッテから、手紙が届いた。


 内容は簡潔だった。


 野菜は予定していた分が売れたこと。


 味を気に入った料理人が、次回の入荷を希望していること。


 そして――。


 ラポルナセブンの公演が、予想以上に好評だったこと。


「……最後の一文、いるか?」


 俺は手紙を机に置いた。


 野菜が売れたのはいい。


 売れ残って腐らせるより、誰かに食べてもらった方がいいに決まっている。


 料理人が気に入ったというなら、なおさらだ。


 だが、踊りの評判まで広がる必要はない。


 そもそも、あれは村の伝統の踊りで女性たちが楽しんでいるだけのものだ。


 人気を集めるために始めたわけじゃない。


 ……始めたわけじゃない、よな?


「ライン、手紙?」


 アルテが顔を出した。


「ああ。野菜は売れたらしい」


「よかったね」


「まあな。次も同じ量を出せるとは限らないけどな」


「うん。無理のない範囲で続ければいいと思うよ」


 アルテは手紙を覗き込み、少し笑った。


「ニナたちも、町の人たちに喜んでもらえたみたい」


「……そうか」


「また呼ばれたら、どうする?」


「断る」


「まだ呼ばれてないよ?」


「先に言っておくんだ」


 アルテはくすくす笑った。


 そのとき、広場の方から声が聞こえてきた。


「みんなー! 次はもっと大きな声でいくよー!」


「「「ソイヤッ! ソイヤッ!」」」


 ……帰ってきてからも練習するのか。


 俺は深いため息をついた。


◇


 同じ頃。


 海沿いの町では、ラポルナ産の野菜を扱った料理が、少しずつ評判になり始めていた。

 まだ珍しい食材として話題に上る程度だ。

 安定した供給があるわけでもなく、町の市場を変えるほどの量もない。


 だが、一度食べた料理人の中には、次の入荷を待つ者もいた。


 その一方で、小さな広場で披露された歌と踊りの話も、酒場や商店で語られていた。


 特に、ニナの歌声を褒める声が多かった。


 それは近隣の村へ、ゆっくりと広がっていく。


 やがて、その噂は野菜の取引に関わる商人たちの耳にも入った。


 そして、その中の一人が、帝国の商人と取引のある人物だった。


「ラポルナ、か……」


 男は帳簿に地名を書き留めた。


「妙な野菜に、妙な歌と踊り。少し調べてみる価値はありそうだな」


 その時点では、まだ誰も大きな問題だとは思っていなかった。


 ラポルナの名が、帝国の中枢に届いたわけでもない。


 ただ、小さな噂が一つ、商人の帳簿に記された。


◇


「……最近、静かじゃないな」


 夜。


 俺は薬瓶を片手に、窓の外を眺めていた。


 胃薬は、シャルロッテが持ってきてくれたものがまだ残っている。


 効き目は確かだ。


 だからこそ、余計なことを考えずに済むはずだった。


 村は少しずつ豊かになっている。


 野菜を買いたいという人が現れた。


 ニナたちの歌と踊りも、村の外で知られ始めた。


 どれも悪いことではない。


 むしろ、村人たちにとっては喜ばしいことだろう。


 それは分かっている。


 分かっているのだが……。


「目立つのは、まずいんだよなあ」


 俺は薬を飲み、瓶を机に置いた。


 遠くから、かすかに掛け声が聞こえる。


「ソイヤッ! ソイヤッ!」


「……窓、閉めるか」


 俺は立ち上がり、窓を閉めた。


 これで少しは静かになる。


 そう思った直後、背後から声がした。


「ラインよ」


「うわっ!? なんだ、ジジイ!」


 いつの間にか、地縛霊が部屋にいた。


「お主、最近の噂を聞いておるか?」


「聞きたくない」


「近隣の町で、ラポルナの野菜と歌が評判になり始めておる」


「聞きたくないって言っただろ!」


「しかも、帝国とつながりのある商人が興味を持ったらしいぞ」


 俺は黙った。


 胃のあたりが、じわりと重くなる。


「……まだ、噂だろ?」


「今のところはな」


「なら、まだ大丈夫だ」


「そうかのう?」


「そうだ。野菜は少し売れただけ。歌も村の余興だ。大したことじゃない」


 俺は自分に言い聞かせるように、何度もうなずいた。


 ジジイは、そんな俺をじっと見つめていた。


「お主、昔からそうやって面倒事を小さく見積もる癖があるのう」


「うるさい。お前だって、村を栄えさせたくないんだろ」


「無論じゃ」


「なら、余計なことをするなよ」


「それはお主も同じじゃぞ」


「俺は何もしてない!」


 俺たちは睨み合った。


 目的は同じだ。


 静かな隠居生活。


 それだけのはずなのに、なぜか村は少しずつ外へ知られていく。


 俺は頭を抱えた。


「……頼むから、これ以上何も起きないでくれ」


 その願いが届いたかどうかは、分からない。


 ただ、ラポルナの名は今日も、少しずつ遠くへ広がっていた。

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