↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/86

ニナ、アイドル化計画再び

 ヴァルドア帝国の辺境の田舎町ラポルナに、また新たな問題が持ち上がった。


 いや、問題というよりは、本人にとっては夢への第一歩。周囲にとっては、巻き込まれることが確定した災難と言うべきか。


「お兄ちゃん! ウチ、ひらめいちゃった!」


 朝っぱらから、ニナが満面の笑みで領主館に飛び込んできた。


「……帰れ」


「まだ何も言ってないじゃん!」


「その顔は、ろくでもないことを思いついた顔だ」


「ひどっ! 今回はマジでいいアイデアなんだって!」


 ニナは腰に手を当て、胸を張った。


「ラポルナセブン、第二章の始まりだよ!」


「いや、第一章いつ始まったんだ?」


「ソイヤッ! って踊り始めたとき!」


「……ああ、そうかい。よかったな。」


 俺は早々に興味を失い、手元の書類に目を戻した。


 収穫祭の騒ぎが終わってから、村の広場では毎日のように踊りが行われている。


 ニナの歌に合わせて、村の女性たちが踊る。


 最初は単なる余興だったはずなのだが、今では近隣の村から見物人まで訪れるようになっていた。


 もっとも、踊っているのは村の主婦や年配の女性たちだ。


 華やかな衣装も、洗練された振り付けもない。


 普段着を少し整えて、広場に集まり、みんなで楽しく踊る。


 それだけである。


 それだけのはずなのだが。


「せっかく歌も評判になってきたんだし、次はウチの姿絵を売ろうと思うんだよね!」


「……は?」


 俺は思わず顔を上げた。


「姿絵?」


「そ! ウチの絵を描いてもらって、村や隣町で売るの!」


「なんでだよ」


「だって、人気が出てきたんだもん!」


 ニナは当然のように言い切った。


「歌を聴きに来てくれる人も増えたし、ラポルナの姫巫女って呼ばれることもあるし。これはもう、次の段階に進むしかないっしょ!」


「誰が姫巫女だ。誰が次の段階を決めた」


「ウチ!」


「お前かよ!」


 どうやら、本人の中ではすでに計画が完成しているらしい。


 姿絵…絵師を呼ぶのか。誰が費用を出すのか。売れ残ったらどうするのか。


 考えなければならないことはいくらでもある。


 しかし、ニナはそんなことなど気にも留めていなかった。


 いや待て!一回却下しただろうが!忘れたのかこのアホ娘は!


「でね! まずは衣装から考えようと思って!」


「……嫌な予感しかしないんだが」


 ニナはそう叫ぶと、いったん廊下へ駆け出した。


「おい、どこへ行く!」


「ちょっと待ってて!」


 数分後。


「じゃーん!」


 ニナは、鮮やかな色の水着姿で戻ってきた。


「どう? お兄ちゃん!」


「…………」


 俺は数秒、言葉を失った。


「お前、いつの間に着替えたんだよ!」


「え? 今だけど?」


「廊下で?」


「だって、衣装を見せるなら実物のほうが早いじゃん!」


「そういう問題じゃねえ!」


 俺は頭を抱えた。


「お前は! もう忘れたのか!それ一回やっただろ! 何度やってもだめだ!水着なんて許可できるわけねえだろ!」


「えーっ! なんでー!?」


「なんでじゃねえ! もうすぐ冬だってのに、寒くねえのか!」


「え? そこ?」


「そこだよ! 風邪をひいたらどうするんだ!」


「だいじょーぶだって! ちょっとくらい平気っしょ! オシャレとは我慢なんだよお兄ちゃん!」


「その我慢がちょっとで済まなかったらどうする!」


 俺が頭を抱えていると、部屋の隅から妙な声が聞こえてきた。


「おおお……!」


 振り返ると、ジジイが宙に浮いたまま、両手を天に掲げていた。


「こ、これが……若さというものか……!」


「何を感動してるんだ、お前は」


「素晴らしい……ラポルナに生まれてよかった……!」


「お前、地縛霊だろうが! 土地から離れられないくせに、何を人生の終着点みたいな顔をしてるんだ!」


「ワシの魂は今、天に昇ろうとしておる……!」


「成仏するな! 仕事を増やすな!」


「仕事などないわい!」


「開き直るな!」


 まったく、こいつらは。


 俺は大きくため息をついた。


「いいか、ニナ。もう姿絵を売ること自体は好きにしろ。だが、衣装はちゃんと考えろ。冬に水着なんて…いや、若い娘が肌を晒すんじゃない!どう考えてもおかしいだろ」


「お兄ちゃんはウチの身体を独占したいんだねっ!」


「違うわ!世間体だよ!」


「じゃあ、冬用の衣装ならいいの?」


「……まあ、季節に合ったものなら、絵師と相談して考えればいいんじゃないか」


「なるほど!」


 ニナの目が輝いた。


「冬用の衣装! あったかくて可愛い感じ? それとも、歌姫っぽく華やかな感じ? ねえねえ、ラポルナセブンのみんなにも相談してみよっと!」


「いや、俺は別に計画を進めろと言ったわけじゃ……」


「お兄ちゃん、ありがとー!」


 ニナは聞いちゃいなかった。


 水着姿のまま、元気よく飛び出していく。


「ソイヤッ!」


「その格好で走るな! せめて上に何か羽織れ!」


 俺の叫びは、廊下の向こうへ消えていった。


 ジジイはまだ、うっとりとした顔で宙を漂っている。


「……おい、ジジイ」


「なんじゃ」


「お前、まさかこの計画に協力するつもりじゃないだろうな」


「ふっ。ワシはただ、ラポルナの平穏を愛する一介の地縛霊じゃ」


「その顔で言われても、説得力が皆無なんだよ!」


◇


 その日の午後。


 村の広場では、早くもラポルナセブンの緊急会議が開かれていた。


「冬用の衣装かぁ。だったら、毛糸の肩掛けなんかどうだい?」


「それなら、うちで編めるよ。昔、孫に作ってやったことがあるからねえ」


「せっかくなら、みんなでお揃いの飾りも付けようじゃないか!」


 村の女性たちは、すっかり乗り気だった。


 ニナは広場の真ん中で、両手を広げている。


「いいね、いいね! みんな、めっちゃいい感じ!」


 そこへ、レイラが大きな籠を抱えてやってきた。


「衣装を作るなら、動きやすさも大事だぞ。踊るときに邪魔になるものは避けたほうがいい」


「さっすがレイラねえ! じゃあ、衣装のデザインも一緒に考えてよ!」


「うむ。任せておけ」


 なぜか、話がどんどん具体化していく。


 俺は領主館の窓から、その様子を眺めていた。


「……止めるどころか、完全に後押ししてるじゃねえか」


 隣では、ジジイが頭を抱えていた。


「おかしい……。ワシは村が余計なことで騒がしくならぬよう、平穏を守りたいだけなのじゃ……」


「奇遇だな。俺もだ」


「ならば、なぜこうなる!」


「こっちが聞きたいわ!」


 俺たちが頭を抱えている間にも、広場からは楽しそうな声が聞こえてくる。


 どうやら、姿絵の販売だけでなく、冬の祭りで新しい衣装を披露する案まで出ているらしい。


 俺は窓を閉めた。


「……もう知らん」


 ジジイも深々とうなずいた。


「うむ。ワシらは何も見なかった。何も聞かなかった」


「そういうことにしておこう」


 もっとも、こうして見なかったことにしたところで、事態が止まるわけではないのだが。


◇


 夜。


 ようやく村が静かになり、俺は自室で一息ついていた。


 昼間はニナの騒ぎに始まり、ラポルナセブンの新企画に終わった。


 明日になれば、今度は衣装の相談だの、絵師の手配だのと騒ぎ始めるに違いない。


 考えるだけで頭が痛くなる。


 そんなことを考えていると、扉が軽く叩かれた。


「入るよ」


「ああ」


 顔を出したのはアルテだった。


「どうしたアルテ、研究は順調か?」


「うん。順調だよ。ちょっと気になることもあるけどね」


「気になること?」


「ううん。今はまだ、確かめてるところ」


 アルテはそう言って、部屋に入ってきた。


 研究の話を少し聞く。相変わらず、魔力炉や古い遺物について調べているらしい。

 俺には難しい話も多いが、アルテが楽しそうに話すので、適当に相槌を打ちながら聞いていた。


 ひとしきり話したあと、アルテはふと思い出したように笑った。


「そういえば、今日も大変だったね」


「……ああ。誰のせいとは言わんがな」


「ニナのこと?」


「ほかに誰がいるんだよ」


「ふふっ。水着まで用意してたんだって?」


「笑い事じゃねえよ。風邪でもひいたらどうするんだ」


「ラインは、そういうところ変わらないね」


「どういう意味だ?」


「ちゃんと心配するところ」


「当たり前だろ」


 アルテはくすりと笑った。


 それから、少しだけ声の調子を落とした。


「ごめんね。最近、研究ばっかりで、あんまり構ってあげられなくて。寂しかった?」


「んなわけねえだろ」


「そっか」


 アルテは楽しそうに笑った。


 いつものやり取りだ。


 けれど、彼女はすぐには席を立たなかった。


「でも、こうして話すの、久しぶりな気がするね」


「……そうか?」


「うん。最近は研究のことばっかり考えてたから」


 アルテは窓の外に目を向けた。


 夜の広場には、もう人影はない。


「この村、ずいぶん変わったよね。野菜もよく育つようになったし、収穫祭も盛り上がったし。今度はニナたちが、姿絵を売るんだって?」


「……誰から聞いた」


「さっき広場で、みんなが楽しそうに話してたよ」


「そうかい」


「みんな、毎日楽しそうだね」


 アルテは微笑んだ。


「ラインが来てから、この村のいろんなことが変わった」


「まて、俺は何もしてないぞ」


「うん。分かってる」


 アルテは、あっさりとうなずいた。


「ラインは、村を発展させようとしてるわけじゃないもんね。目の前のことを何とかしてるだけ」


「なんとかしようともしてないぞ!」


「ごめんごめん」


 アルテは笑いながら、椅子から立ち上がった。


 しかし、扉へ向かう途中で、ふと足を止めた。


「……ねえ、ライン」


「ん?」


「ちょっとだけ、充填させて」


「は?」


 意味が分からず聞き返した瞬間、アルテがこちらへ戻ってきた。


 そして、そのまま俺の胸に抱きつく。


「お、おい、アルテ!?」


「ん……。こうしてると、落ち着くんだ」


 アルテは俺の胸に頬を寄せ、腕に力を込めた。


「最近、研究ばっかりで疲れてたから。ライン分を補給中」


「なんだよ、それ……」


「いいでしょ。少しだけ」


 そう言われると、無理に引き離すこともできなかった。


 俺は戸惑いながらも、アルテの背中に手を回す。


「……本当に少しだけだからな」


「うん」


 アルテは小さく笑った。


 しばらくの間、部屋には静かな時間が流れた。


 窓の外から、夜風がかすかに聞こえる。


 アルテの体温が伝わってきて、俺のほうまで肩の力が抜けていく。


「……充填できたか?」


「まだ」


「まだなのかよ」


「もう少しだけ」


「お前な……」


 文句を言いながらも、俺はアルテを抱いたままだった。

 やがて、アルテは名残惜しそうに顔を上げた。


「よし!ありがとう。だいぶ元気になったよ」


「そうかい」


「うん。これでまた研究を頑張れそう」


「ほどほどにしろよ。倒れたら意味がないからな」


「分かってるって」


 アルテは笑いながら、ようやく俺から離れた。


「でも、私はよかったと思ってるよ」


「何がだ?」


「この村に来て、ラインと一緒に暮らせて」


 俺は返事に困った。


 アルテは、そんな俺を見て少し笑った。


「じゃあ、そろそろ戻るね。研究の続きもあるし」


「ああ。あんまり根を詰めるなよ」


「うん。ラインも、ちゃんと休んでね」


 アルテは扉の前で振り返った。


「おやすみ、ライン」


「ああ。おやすみ」


 扉が閉まる。


 俺はしばらく、その場に座っていた。


 胸元には、まだアルテの温もりが残っている気がした。


 静かな夜だった。


 昼間の騒ぎが嘘のようだ。


 ……こういう時間が、ずっと続けばいい。


 俺はようやく肩の力を抜き、ベッドに横になった。


 明日のことは、明日考えればいい。


 そう自分に言い聞かせて、目を閉じる。


 その頃、村の広場では。


「よーし! 冬の新衣装、絶対かわいくしようね!」


「おう!」


「姿絵も、たくさん売れるといいねえ」


「ソイヤッ!」


 ラポルナセブンの新企画は、着実に進行していた。


 もちろん、ラインの知らないところで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。