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隣町の商人が押し寄せる

 それから、数週間が経った。


 ラポルナの畑では、相変わらず野菜がよく育っていた。


 普通なら、季節や天候に左右されながら少しずつ収穫量が増えていくものなのだろう。


 だが、ラポルナでは少し事情が違った。


「……また増えてる」


 畑を眺めながら、俺は呟いた。


「増えてるね」


 隣に立つアルテが頷く。


「昨日収穫したばかりなのに……」


「まあ、食べられるならいいんじゃない?」


 ニナは嬉しそうにカブを抱えている。


 俺としては、そろそろ食べきれない量になってきたことのほうが問題だった。


 とはいえ、シャルロッテが試験的に近隣の町へ出荷してから、少しずつ売れ始めている。


 評判も悪くないらしい。


 だから俺も、最初はそれほど気にしていなかった。


 ――その日の朝までは。


「こんにちはー!」


「ラポルナ産の野菜を扱っていると聞いたんですが!」


「少し見せてもらってもいいですか?」


「……」


 村の入り口を見ると、そこには、見慣れない男や女が数人立っていた。荷車を引いている者もいる。


「誰?」


 俺が尋ねると、シャルロッテが振り返った。


「ああ。近隣の町の商人さ」


「……商人?」


「といっても、大商人じゃないよ」


 シャルロッテは肩をすくめた。


「八百屋の主人、食堂の店主、宿屋の料理人。みんな小さな商売をやっている人たちさ」


「なんで来たんだ?」


「噂を聞いたんだろうね」


 シャルロッテは楽しそうに笑った。


「ラポルナの野菜は妙に美味いってね」


「……」


 俺は頭を抱えた。


 嫌な予感がする。


「まだ何人かが試しに買ってみたいって程度さ。大量仕入れをしたいわけじゃない」


 シャルロッテが説明する。


「一度食べてみて、店で出してみたい。そんなところだろうね」


「それなら……まあ」


 そこまでなら問題ない。


 辺境の村が突然、大都市になるわけでもない。


 野菜を少し売ったら、近隣の町で評判になった。

 そしてそれを聞いた小さな店が買いに来た。


 それだけの話だ。


 ――そう思っていた。


「毎週どれくらい出荷できますか?」


「値段は?」


「このカブ、全部同じ品質なんですか?」


「食堂で使うなら、もう少しまとまった量が欲しいんですが……」


「ちょっと待ってくれ」


 質問が多い。


 多すぎる。


「そんなに一度に聞かれても分からないぞ」


「つまり、まだ流通量が安定していないんですね」


 商人の一人が頷いた。


「……まあ、そうだな」


「なるほど」


 なぜか納得された。


「安定供給を約束しないことで、希少性を維持している……」


「違う」


「はい?」


「単純に、そんなに大量に作る予定がないだけだ」


「なるほど。大量生産による品質低下を避けているんですね」


「だから違うって」


 俺はため息をついた。


 その横で、シャルロッテが笑っている。


「坊や。商人ってのはね、何でも商売に結びつけたがるものなのさ」


「俺は静かに暮らしたいんだけどな……」


 その言葉に、背後から声がした。


「ならば、協力しようではないか」


「……?」


 振り返る。


 そこには、ジジイが浮かんでいた。


「協力?」


「お主も困っておるのじゃろう?」


「まあ……」


「このままでは、お主の隠居スローライフは水の泡じゃぞ」


「……」


 その言葉に、俺は黙った。


 確かに。


 最初はただの野菜だった。


 だが、人が来る。


 人がくれば商売が始まる。


 商売が始まれば金が動く。


 …野菜の評判は悪くないから、人が増える。


 そして――。


「……帝国か」


「そうじゃ」


 ジジイの声が低くなる。


「勝手にこの村を栄えさせて、また帝国に目をつけられたらどうなる?」


 俺は答えなかった。


 ヴァルドア帝国。


 俺がここへ来た理由を考えれば、確かに無視できない。

 俺はもう、政治に関わりたくない。

 権力もいらない。

 争いもいらない。


 ただ静かに暮らしたい。


 なのに。


 ラポルナが有名になれば、また俺が目をつけられる可能性がある。


「……それは困るな」


「じゃろ?」


「俺は本当に、静かに暮らしたいんだ」


「儂もじゃ」


 俺とジジイは顔を見合わせた。


 この瞬間だけは、完全に意見が一致した。


「……止めるか」


「……止めるのじゃ」


 こうして。


 俺とジジイによる、ラポルナ発展阻止作戦が始まった。


◇


「まず、野菜を大量には売らない」


 俺が言った。


「うむ」


「安定供給も約束しない」


「うむ」


「値段も簡単には下げない」


「完璧じゃ」


 ジジイが満足そうに頷く。


「これなら商人も諦めて帰るだろ」


「間違いない」


 俺たちは固く握手をした。


 ――そして。


「つまり、ラポルナ産の野菜は希少品ということですね?」


 商人が目を輝かせた。


「……え?」


「大量生産をせず、品質を優先する」


「……」


「安売りもしない」


「……」


「数量を限定してブランド価値を守る」


「…………」


 俺はジジイを見る。


 ジジイも俺を見る。


「人気が出る前に、今のうちから仕入れておいたほうがよさそうですね」


「そうですね!」


「いや、待て」


 俺が止める。


「そういう意味じゃない」


「もちろん分かっています」


 商人は深く頷いた。


「これ以上の値引きはしない、ということですね」


「……違う」


「それだけ自信があるということか」


「違う!」


 俺は頭を抱えた。


 横でジジイが小声で呟く。


「……まずいのう」


「お前の作戦だろ」


「お主も賛成したではないか」


「そうだけど!」


 さらに俺たちは、別の方法を考えた。


 夜。


 商人たちが泊まっている宿の近く。


 ジジイが浮かんでいる。


「儂に任せるのじゃ」


「何をする気だ?」


「恐怖を与える」


「やめろ」


「なぜじゃ?」


「問題を増やす気しかしない」


 しかしジジイは聞かなかった。


「……ここから立ち去れぇ……」


 低い声で呟きながら、商人の前をゆっくり横切る。


「ひっ!」


「今の見たか!?」


「何か浮いていたぞ!」


「まさか……」


 商人たちが震え上がる。


 よし。


 これで帰ってくれる。


 俺は少しだけ安心した。


 ところが。


「この土地には、守護霊がいるのかもしれませんね」


「……」


「それで野菜があんなに美味いのか」


「……」


「なるほど。魔力の影響を受けた特別な土地なんだ」


「…………」


 ジジイが戻ってきた。


「なぜじゃ」


「知らないよ」


「なぜ怖がらぬ!」


「怖がってるだろ」


「方向がおかしい!」


 翌朝。


 商人たちは帰っていったが、誰一人として野菜を諦めてはいなかった。


 むしろ。


「また来ます!」


「次は店の料理人も連れてきます!」


「仕入れ量について、シャルロッテさんと相談させてください!」


「…………」


 俺は遠ざかっていく荷車を見送った。


「……増えたな」


「増えたね」


 アルテが答える。


「商人が」


「はい」


「俺たち、追い返そうとしたんだよな?」


「はい」


「なのに?」


「なぜか、前より商売に前向きになっていますね」


「…………」


 隣を見る。


 ジジイも絶望した顔をしていた。


「作戦、大失敗じゃな」


「お前が言うな」


 そこへシャルロッテがやってくる。


「おやおや」


 ニヤニヤしながら、俺とジジイを見る。


「坊やと地縛霊さん、ずいぶん仲良くなったじゃないか」


「仲良くなったわけじゃない」


「利害が一致しただけじゃ!」


「そうそう」


 俺とジジイは同時に頷いた。


 シャルロッテは楽しそうに笑った。


「それを世間では、仲間って言うんだけどねぇ」


「仲間じゃない!」


「仲間ではない!」


 また二人の声が重なった。


 少し離れたところで、アルテが呟く。


「……素晴らしい連携!」


「違う!」


「違うのじゃ!」


 ラポルナを栄えさせたくない二人。


 その二人の最初の共同作戦は――。


 見事なまでに、失敗した。


 そしてなぜか、ラポルナの野菜には、新しい評判が加わっていた。


 ――特別な土地で育つ、希少な野菜。


 もちろん。


 そんなものを作ったつもりは、誰にもなかった。

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