野菜が増えすぎて、ラポルナが農業都市になる?
あれから数日。
ラポルナの畑は…
「……また増えてる」
さらに広がっていた。
カブ、ネギ、ホウレンソウ。どれも異常なほど大きく…
そして美味い。
「うまい!」
ニナがカブをかじる。
「甘い!」
レイラも頷く。
「うむ!確かに、これは美味いな」
アルテも一口食べている。
「……普通の野菜とは、明らかに違うよね」
「だろ?」
俺も食べてみる。
やっぱり美味い!甘みが強く、みずみずしい!!火を通しても美味い!!!塩を振っただけでも美味い!!!!
「問題は……」
俺は山積みになった野菜を見る。
「多すぎることだ」
食べても。
食べても。
次の日にはまた増えている。
「で、どうするの?」
アルテが聞く。
「どうするって言われてもな……」
俺は頭を掻いた。
「漬物にして、干し野菜にして、それでも余ったら売るしかないだろ」
「特産品計画!やはりラインは…」
「いやだから、そんな大げさなものじゃないって」
そもそも、ラポルナは辺境の村だ。
人口も少ない。
近くに大きな町があるわけでもない。
こんなに野菜が採れたところで、すぐに村が豊かになるわけじゃない。
売る相手を探す。
大量の野菜を運ぶ。
そして買い手を見つける。
野菜が売れて金を受け取る。
それだけでも時間がかかる。
「まあ、少しずつ売ればいいか」
俺がそう言った時だった。
「――その必要はないかもしれないねぇ。」
「……?」
聞き覚えのある声だった。
俺は振り返る。
村の入口には、一人の女が立っていた。
黒い狐耳、ふさりと揺れる大きな尻尾。
身に纏っているのは、胸元がこれでもかとざっくり開いた、漆黒のシルクドレス。
歩くたびに、豊満な胸元とスリットから覗く白い太もも。
指先には長管の煙管
そして。
大人の女らしい、余裕のある笑み。
「……シャルロッテ?」
俺の顔が自然とほころんだ。
「久しぶりじゃないか!」
「あら」
シャルロッテ・ローゼン。
かつてオルティジア王国で商会を経営していた女商人。
塩の商売から身を起こし、一代で巨大な商会を築き上げた女傑だ。
俺も王国にいた頃から何度も世話になった。
王国がヴァルドア帝国に降伏した後、彼女は商会を解体した。
そして、そのまま表舞台から姿を消した。
地下へ潜ったのだ。
それ以来だった。
「元気そうだな」
「坊やこそ」
シャルロッテは目を細める。
「ずいぶん遠くまで来たものね」
「ああ。まさか、こんなところで会えるとは思わなかった」
俺が素直に再会を喜んでいると。
シャルロッテの口元が、ゆっくりと上がった。
「あら?」
「?」
「もしかして……」
シャルロッテが俺に近づく。
「お姉さんが恋しくなっちゃったのかい?」
「は?」
「可愛い坊や」
そのまま。
ぎゅっ。
「うわっ!」
シャルロッテに抱きしめられた。
「ちょ、シャルロッテ!」
「あらあら。昔より少し逞しくなったわね」
「離せって!」
「嫌よ。久しぶりなんですもの」
「誰かと思えば女狐!!!」
アルテの声が響いた。
「お兄ちゃん!」
ニナまで騒ぎ始める。
「ずるい!」
「何がだよ!」
「女狐がお兄ちゃんを取ってる!」
「取ってない!」
「取ってる!」
アルテまで加わった。
「そういうことじゃない!」
「どういうことだよ!」
俺が困惑していると。
「ほう」
ジジイがシャルロッテを見つめていた。
そして。
「エッチなお姉さんが来た!」
なぜか嬉しそうだった。
「ライン!お主、なかなか分かっておるではないか!」
「何を褒めてるんだ!」
しかし。
ジジイはシャルロッテの狐耳と尻尾を見ながら、ニヤニヤしている。
「いやあ、ラポルナにもようやく華が――」
そこで。
シャルロッテがジジイを見た。
「あら?」
笑顔のまま。
「あなた、幽霊?」
「……いかにも!ワシはこの地に古くから…」
「なるほど」
シャルロッテの目が細くなる。
「じゃあ、この村の財政状況も知っているのね?」
「……」
ジジイの笑顔が消えた。
「…エッチなお姉さんよ、なぜ財政の話になるのじゃ?」
「商売ですもの」
シャルロッテは俺から離れる。
そして畑へ歩いていく。
しゃがみ込み。
カブを一つ手に取る。
「……ふうん」
匂いを嗅ぐ。
狐の耳がぴくりと動いた。
「なるほどね」
そのまま一口。
「…………」
シャルロッテが黙る。
「どうだ?」
俺が聞く。
「美味しい」
「だろ?」
「ええ」
シャルロッテはカブを見つめる。
「これは……かなり美味しいわ」
「でも、採れすぎて困ってる」
「そうでしょうね」
シャルロッテが笑う。
「畑を見れば分かるわ」
そして。
ゆっくりと立ち上がった。
「坊や」
「なんだ?」
「これを、どこから仕入れたの?」
「俺が育てた」
「……そう」
シャルロッテは笑った。
だが。
その目は商人のものになっていた。
「どうやら私は、とんでもない場所に来てしまったみたいね」
「?」
「獣人は鼻が利くのよ」
シャルロッテが自分の鼻を指先で軽く触れる。
「私は特にね」
そして。
「ここに来る途中から、ずっと匂っていたの」
「何の?」
「儲けの匂い」
シャルロッテは、楽しそうに笑った。
「坊やの野菜からね」
俺は山積みの野菜を見る。
「……そんなに価値があるのか?」
「あるわ」
「でも、ラポルナは辺境だぞ」
「だからこそよ」
シャルロッテは即答した。
「まだ誰も、この野菜の価値に気づいていない」
「気づくも何もつい数日前にできたばっかだからな!」
彼女はカブを持ち上げる。
「味がいい」
次にネギを見る。
「品質がいい」
ホウレンソウを見る。
「そして、量がある」
「量だけは本当に困ってる」
「ふふっ」
シャルロッテが笑う。
「なら、ちょうどいいわ」
「何が?」
「商売を始めましょう」
「……」
嫌な予感がした。
「まずは少量を近隣の町へ」
シャルロッテが指を一本立てる。
「評判を見る」
二本目。
「売れ行きを確認する」
三本目。
「問題がなければ、少しずつ取引を増やす」
「……ずいぶん慎重だな」
「当たり前でしょう」
シャルロッテが笑う。
「辺境の村が、一夜で大商業地になるわけじゃないもの」
俺は少し安心した。
「そうだよな」
「ええ」
「じゃあ、頼む」
「任せて」
シャルロッテが俺の肩をぽんと叩く。
「坊やの野菜が、どこまで価値を持つのか。お姉さんが確かめてあげる」
「助かるよ」
俺が素直に礼を言う。
すると。
「……あら?」
シャルロッテが再び笑った。
「坊や、本当に嬉しそうね」
「そりゃ助かるからな」
「そうじゃなくて」
シャルロッテが顔を近づける。
「お姉さんに会えて、嬉しかったんでしょう?」
「……まあ、それもあるけど」
「まあ!」
シャルロッテが楽しそうに笑う。
「可愛い坊や」
「……またそれか」
少し離れたところで。
「キーッ!」
「むーっ!」
アルテとニナが騒いでいた。
「久しぶりに出てきたかと思えばあの女狐!」
「お兄ちゃんが取られちゃう!」
「取られないって!」
そして。
その横では。
「…………」
ジジイが複雑そうな顔をしていた。
さっきまでは「エッチなお姉さんが来た!」と喜んでいた。
だが。
「商売……」
ジジイが呟く。
「近隣の町へ……」
さらに。
「取引を増やす……」
顔が青ざめていく。
「…………」
ジジイは頭を抱えた。
「この女……」
ラインを見る。
シャルロッテを見る。
そして。
山積みの野菜を見る。
「ラポルナを……」
震える声で呟く。
「本気で豊かにする気じゃ……」
「何か言った?」
シャルロッテが振り返る。
「い、いや!」
ジジイは慌てて首を振った。
「何も言っておらん!」
そして心の中で叫ぶ。
――まずい。
これは今までとは違う。
ラインは本人に発展させるつもりがない。
アルテや村人たちは勝手に盛り上がっているだけ。
だが。
この女は違う。
商売を知っている。
金の流れを知っている。
そして何より。
――儲けの匂いを嗅ぎつけてきた。
「阻止せねば……」
ジジイは拳を握る。
「この女だけは、ワシの命をかけて何としても止めねばならぬ!」
…とうに失われた命。その事実さえ忘れるほどに。
だが。
その隣でシャルロッテが笑う。
「さて、坊や」
「なんだ?」
「まずは明日、近隣の町へ野菜を一台分運びましょうか」
「そんなにすぐ?」
「商売は、始めなければ始まらないもの」
「……まあ、それもそうか」
ラインは頷いた。
シャルロッテも頷く。
そして。
ジジイだけが頭を抱えた。
ラポルナが農業都市になるには。
まだまだ時間がかかる。
けれど。
その第一歩は。
どうやら今日、踏み出されてしまったらしい。




