奇跡の野菜、特産品計画は勝手に進む
翌朝。
「……なんだ、これ」
俺は畑の前で、立ち尽くしていた。
昨日まで、ただの土だったのだ。
俺はカブとネギとホウレンソウを植えただけだ。
それが今では。
「…………」
一面、緑だった。
「…………」
畑が…完全に畑になっている。
いや。
それは当たり前なのだが。
「成長しすぎだろ……」
カブの葉は大きく広がり、ネギは俺の膝くらいまで伸びている。
ホウレンソウも、まるで何週間も育てたかのような姿になっていた。
「ライン!」
背後からアルテの声がする。
「これは……!」
「分かってる」
「奇跡だね!」
「それも分かってる」
「違う!そうじゃなくて!」
アルテが畑を見回す。
「これほどの生育速度……。やっぱり昨日の五行調和陣が――」
「だから違うって」
「でも!」
「俺だって理由は分からないんだよ…」
昨日、土に触れた時に感じた妙な熱。
ラポルナにある常設魔力炉。
それらが関係している可能性はある。
だが、俺には魔法の知識などない。
分かるのは。
「とりあえず、食えるなら食おうぜ?」
「……」
アルテが黙った。
「どうした?」
「ううん」
アルテが少しだけ笑う。
「ラインらしいね」
…意味が分からん。
俺は畑に入った。
「まずは間引きだな」
「…………」
「密集しすぎてる」
「…………」
「このままだと、お互いに栄養を取り合う」
「…………」
振り返るとそこには、アルテ、ニナ、レイラ。
そしてジジイまで。
全員が俺を見ていた。
「なんだよ」
アルテが口を開く。
「間引き……?」
「ああ」
「不要な植物を選別し、大地に残すものを定める……」
「いや、普通の間引きだ」
「つまり、選定の儀式……」
「違う」
…また始まった。
「古代農法では、成長した植物をあえて淘汰することで、残された作物へ魔力を集中させ――」
「だから農業の話だって」
ため息をつく俺のその横で、ジジイがニヤリと笑った。
「……間引きか」
「?」
「よい」
ジジイが腕を組む。
「それならワシが手伝ってやろう」
「珍しいな」
「ふふふ……」
ジジイの目が怪しく光る。
「任せておけ」
俺は知らなかった。
この時、このジジイは、ラポルナの発展を阻止するために、畑を滅茶苦茶にしてやろうと考えていたことを。
地縛霊であるジジイにとって、ラポルナが豊かになることは、都合が悪いらしい。
人が増え、商人が来て、家が増え、祭りが増える。
そして大きな街になり、静かな村ではなくなる。
それは、ジジイにとって最悪だった。
「これ以上、栄えさせてたまるか……」
だから今までの領主をことごとく追い出してきたのである。
ジジイは誰にも聞こえない声で呟く。
「儂が、この村を元の寂れた村に戻してやるのじゃ……」
そして、ジジイがカブの葉を掴んだ。
「まずはこれを――」
ずぼっ!
「…………」
「…………」
巨大なカブが土の中から丸ごと抜けた。
「…………」
ジジイが固まる。
俺も固まる。
ニナが目を輝かせた。
「すごーい!」
「でかっ!」
レイラまで寄ってくる。
「これは見事だ!」
村人たちも集まり始めた。
「また巨大なカブだ!」
「昨日より大きくないか!?」
「収穫できるぞ!」
「奇跡の野菜だ!」
「男の子も女の子もイヌもネコも連れてこい!」
「それでも抜けねぇぞこりゃ!」
「ソイヤッ!」
「「ソイヤッ!」」
……チィーン
「待て待て待て!」
俺は頭を抱えた。
「なんで収穫しただけで祭りになるんだ」
ジジイは震えていた。
「ち、違う……」
「?」
「儂は……畑を荒らそうと……」
「何か言った?」
「チッ!何でもないわい!」
ジジイは慌ててカブを抱えた。
だが。
村人たちは、すでに次の収穫へ向かっている。
「こっちにもあります!」
「ネギがこんなに太い!」
「ホウレンソウも立派だ!」
次々と野菜が収穫されていく。
俺も一本、ネギを手に取った。
「……食べてみるか」
軽く洗って。
そのまま少しかじる。
「…………」
甘い。
いや。
「うまいな」
普通のネギより、明らかに甘い。
瑞々しくて、辛味も少ない。
「これ、かなりうまいぞ」
ニナが寄ってくる。
「食べていい?」
「ああ」
「いただきます!」
ぱくっ。
「…………!」
目が輝く。
「おいしい!」
レイラも食べる。
「確かに美味い」
アルテも一口。
「……これは」
村人たちも次々と試す。
「甘い!」
「こんな野菜、食べたことない!」
「売れるんじゃないか?」
その一言に、俺は何気なく答えた。
「余るくらいなら、売ればいいんじゃねえか?」
「…………」
その場が静かになった。
しまった…嫌な予感がする。
アルテがゆっくり振り返る。
「……売る」
「そうだけど」
「ラポルナで作った野菜を、外へ?」
「余ってるならな」
「ラポルナ産の特産品として?」
「特産品?」
俺は首を傾げた。
「ただの野菜だぞ」
しかし。
アルテの目は、すでに輝いていた。
「ラポルナには、これまで外部へ売り出せるものなんてなかった…」
「そうなのか?」
「ええ。記録を見る限り。」
「じゃあ、野菜くらい売ればいいだろ」
「……!」
アルテが息を呑む。
俺は嫌な予感しかしなかった。
「ライン」
「なんだ」
「これはもう農業改革じゃないね。」
「……違うのか?」
「産業です!」
「違うだろ」
「ラポルナ特産品の創出です!!」
「だから違うって」
だが。
もう遅かった。
「ラポルナ産、奇跡の野菜!!!」
「新たな特産品!!!!」
「豊穣の大地!!!!!」
「五行調和陣の恵み!!!!!!」
村人たちが勝手に盛り上がっている。
「待て!」
俺は叫んだ。
「五行調和陣は関係ない!」
「関係あるの!」
アルテが即答した。
「ないって!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
「……もう好きにしてくれ」
俺が諦めると。
「うん!わかった!」
アルテが嬉しそうに頷いた。
「では、ラポルナ特産品計画を開始します!」
「なんでそうなるんだよ……」
その横で。
ジジイが青ざめていた。
「まずい……」
「?」
「まずいぞ……」
ジジイは畑を見る。
巨大な野菜と嬉しそうな村人。
そして…
特産品という言葉。
「このままでは……」
商人が来る。
人が増える。
村が豊かになる。
「ラポルナが……栄えてしまう……!」
ジジイにとっては死活問題だった。
「こうなったら……」
ジジイは拳を握る。
「儂が止める!」
その決意に。
「おい、ジジイ」
「ひっ!」
突然、ラインが振り返った。
「これ、どう思う?」
ラインが巨大なカブを指差す。
「……何を?」
「売り物になると思うか?」
「なるわけなかろう!」
ジジイは即答した。
「こんな奇妙な野菜、誰が買うというのじゃ!」
「そうか?」
「そうじゃ!」
「じゃあ、試しに近所で売ってみるか」
「なぜそうなるのじゃぁぁぁぁ!」
ジジイの叫びが響き渡った。
だが。
その声を聞いた村人たちは。
「ジジイ様も販売に賛成なんですね!」
「違う!」
「最初の販売場所を探してくださるんだ!」
「違うと言っておる!」
「ありがとうございます!」
「違うぅぅぅ!」
誰も聞いていない。
俺は巨大なカブを眺めた。
「……まあ、売れるなら食費の足しにはなるか」
俺としては、それだけだった。
だが、その日ラポルナでは勝手に「特産品計画」が始まった。
そして、その中心にいたのは、特産品を作ろうとも、村を豊かにしようともまったく思っていない男だった。
そしてもう一人。
ラポルナを栄えさせまいと必死になっている地縛霊だった。
奇しくも、二人の目的は、同じだった。
――静かに暮らしたい。
ただ、その二人が何かをするたびに、ラポルナは、また一歩豊かになっていくのだった。




