秘伝の陣形と、狂乱の秋踊り
白目を剥いて倒れていたアルテを何とか部屋まで運び、介抱を終えた俺は、再び広大な庭へと足を運んでいた。
秋の風が心地いい。
空は高く、雲も少ない、農作業をするには、絶好の日和だった。
「よし……日当たりも水はけも悪くないな」
俺は庭を見回して満足げに頷く。
ここなら冬野菜を育てられる。
「さっそく種を撒くか」
商店で買ってきた種袋を取り出す。
カブ、ネギ、ホウレンソウ。
どれも、この時期に植えておけば冬から春先にかけて重宝する野菜だ。
「まずは畝を作って……」
鍬を入れる。
土の状態を確かめながら、一定の間隔で溝を掘っていく。
そしてカブの畝の隣に、ネギを植える。
さらに少し離れた場所にホウレンソウ。
作物の相性を考えて植えるのは、知識というか、誰でも知っている基本的な栽培法だ。
いわゆるコンパニオンプランツというやつである。
「よしよし。これならネギの匂いが害虫を遠ざけてくれるはずだ」
俺は満足して、黙々と土をいじり続けた。
――その様子を。
屋敷の二階から眺めている者がいた。
「……む?」
頭に三つのタンコブを作った地縛霊のジジイである。
なぜかぷかぷかと空中に浮かびながら、俺の手元を観察している。
「ラインのやつ、何をやっておるんじゃ?」
最初は、ただの農作業に見えた。
しかし。
カブ、ネギ、ホウレンソウ。
それらの配置を目で追った瞬間――。
ジジイの顔色が変わった。
「…………」
目が見開かれ、口がわなわなと震える。
「な、なんじゃ……あの配置は……」
俺が次の種を撒く。
一定の間隔。
ほぼ完全な直線。
そして、カブとネギの位置関係。
さらにホウレンソウ。
「ま、まさか……」
ジジイは震えながら、さらに高度を上げ、上空から庭全体を見渡す。
すると。
それぞれの畝が、まるで巨大な模様を描いているように見えた。
「……!」
ジジイの顔が青ざめる。
「カブとネギを交互に配置し、条間を一定に……!」
もちろん俺は、単に植えやすいように間隔を揃えているだけだ。
「さらにホウレンソウを外周に配置……!」
俺としては、単に日当たりの良い場所を選んだだけである。
「根の張り方まで考慮しておるのか……!」
もちろん考慮している。
ただし、野菜の育ち方についてである。
「こ、これは……!」
ジジイは両手で頭を抱えた。
「古代魔法の禁術――!」
俺は知らない。
「『大地の脈動を強制活性化させる五行調和陣』……!」
そんなものは知らない。
「あの軟弱だと思っておった男……!」
俺は普通に農家だっただけだ。
「まさか言葉もなく、ただの農作業のふりをして――!」
ふりではない。
「領地全体の霊脈を書き換えようとしておるのか!?」
そんなつもりは一切ない。
「ライン…恐ろしい子……!」
「……?」
俺は顔を上げた。
空中でジジイが電撃でも喰らったかのように、白目を剥いて震えている。
「どうしたんだ、あいつ」
まあいい。
種まきを続けよう。
――この時、俺は知らなかった。
庭の片隅で始まったただの冬野菜作りが、村全体を巻き込む騒動の始まりだったことを。
◇
その頃。
村の広場では――。
「「ソイヤッ! ヤーレン! ソイヤッ!」」
大勢の村人たちが叫んでいた。
「キャハハ! これ、めっちゃリズム乗れるじゃん!」
その中心で踊っているのは、ニナだった。
「腕の角度はこう? ソイヤッ!」
腰を落とし、腕を振り上げる。
くるりと回転。
そして、最後にぴたりとポーズを決める。
腕に巻いた銀細工のブレスレットが、秋の陽光を受けてシャラン、と美しい音を立てた。
「おおおお……!」
「見ろ!」
「ニナ様が……!」
「領主様の義妹様が、我らの古き舞を……!」
村人たちの目が潤んでいく。
ニナは知らない。
この村には、昔から秋の収穫期に踊られてきた古い舞があった。
ただ、近年はすっかり廃れていた。
そこへ現れたニナが、村人から教えてもらった動きを適当にアレンジして踊っている。
本人としては――。
「これ、普通に盛れるじゃん」
それだけだった。
しかし。
村人たちには違って見えた。
「古代の祈りの舞を……!」
「完璧に再現しておられる!」
「しかも、あの銀の腕輪……!」
「あれは伝承にある『豊穣の巫女』の証ではないのか!?」
「おお……!」
誰かが泣いた。
それを見た別の誰かも泣いた。
さらにその隣の誰かも泣いた。
「我ら虐げられてきた古代人の祈りを……領主様の一族は理解してくださったのだ!」
「え?違うよ?」
ニナは踊りながら首を傾げる。
「これ、私が適当に踊ってるだけなんだけど」
「「おおおおおおおおっ!!」」
「なんで!?」
ニナの否定すら、村人たちには謙遜と受け取られた。
「さすが豊穣の巫女!」
「我らに力を与えてくださる!」
「古きいい伝えは真であった!」
「姫姉様光ってる!」
「私の盲いた目の代わりに見ておくれ…」
「ソイヤッ!」
「「ソイヤッ!」」
広場は、もはや誰にも止められない狂乱の秋踊りへと変貌していった。
「いや、だから違――」
ニナは諦めた。
「まあ、楽しいからいっか!」
そしてさらにキレッキレに踊った。
◇
――その頃。
屋敷では。
「え、どう言うこと……!?」
ベッドから起き上がったアルテが、窓の外を見ていた。
庭にはライン。
村の広場にはニナ。
そして、そこから聞こえてくる謎の掛け声。
「ソイヤッ! ソイヤッ!」
さらに。
「ラインは恐ろしい男じゃ……!」
廊下を通り過ぎたジジイの声。
「……まさか」
アルテの顔から血の気が引いた。
「ラインが庭に敷いた『禁断の調和陣』……」
もちろん、そんなものはない。
「そしてニナが広場で捧げている『豊穣の祈り』……」
本人はノリで踊っているだけだ。
「この二つが……」
アルテの目に知性の光が宿る。
「同期している……!?」
違う。
「庭の作物配置によって大地の魔力を整え……ニナの舞によって村全体へ循環させている……!」
違う。
「そうか……!」
アルテは震えた。
「ラインは最初から、そのつもりだったんだね!」
完全なる勘違いである。
「私に何も言わず……ラポルナ全体を巨大な魔法陣に変えようとしている……!」
実際のラインは、カブを植えている。
「永久魔力炉と連動させて……一体何を起動させるつもりなの!!」
アルテの絶叫が屋敷中に響き渡った。
「ふはははは!」
その声に反応したのはレイラだった。
「案ずるな、アルテ!」
メイスを肩に担いで立ち上がる。
「弟の悪しき企み、この私が叩き割る!」
「待ってレイラ姉さん!」
「任せろ!」
「破壊しちゃダメ!」
「む?」
レイラが首を傾げる。
「ならば……私も踊るか?」
「なんでそうなるのよーーーっ!」
「ソイヤッ!」
「だから違うってばーーーっ!」
◇
そして夕方。
「ふう……」
俺は額の汗を拭った。
「終わったな」
カブ、ネギ、ホウレンソウ。
予定していた種まきは無事に完了した。
あとは芽が出るのを待つだけだ。
「冬には無事収穫できるといいんだが……」
そんなことを考えていると。
「領主様!」
村人が駆け寄ってきた。
「豊かな実りをありがとうございます!」
「……はい?」
「おらたちの祈りに応えてくださるとは!」
「祈り?」
何の話だ?
しかも、その後ろには大量の肉や珍しい野菜を抱えた村人たちがいる。
「日頃のお礼でございますだ!」
「どうぞお納めください!」
「いや、そんなに気を遣わなくても……」
俺が困惑している横で。
「ライン!」
アルテが駆けてきた。
「一体何を画策しているの!?」
「……は?」
「この村を何にするつもりなの!」
「何って……畑にしただけだが?」
「やっぱり……!」
「何がやっぱりなんだ?」
アルテは頭を抱えた。
「そこまで大規模な計画を私に隠していたなんて……!」
「だから、ただ野菜を――」
「ふむ!」
後ろからレイラの声。
「ソイヤッ! ソイヤッ!」
「……」
振り返る。
レイラが妙にキレのある動きで踊っていた。
「レイラは何してるんだ?」
「秋の祈りだ!」
「誰に教わった?」
「ニナだ!」
「……」
広場を見る。
「ソイヤッ!」
「「ソイヤッ!」」
ニナを中心に村人たちが踊っている。
その上空では。
「ヒィィィ……!」
ジジイが震えていた。
「大悪人ライン……! とうとう領地全体を魔法陣に……!」
「…………」
俺は黙ってポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは、ヴァレンティア特産の最高級胃薬。
瓶を振る。
――カラン。
「……」
もう一度振る。
――カラン。
中身は空っぽだった。
「…………」
俺は空を見上げた。
秋の夕空は、どこまでも美しい。
そして村からは。
「「ソイヤッ! ソイヤッ!」」
元気な掛け声が響いている。
「……薬がない」
膝から力が抜け、俺は静かにその場へ崩れ落ちた。
俺はただカブとネギを植えただけなのに。
なぜ俺の周囲では、何をやっても大事件になるのだろう。
薄れゆく意識の中。
最後に聞こえたのは――。
「ライン! これから何が起きるの!?」
「領主様、次はどの舞を!?」
「ソイヤッ!」
「ふははは! 私も負けんぞ!」
「ヒィィィ!」
――という、村人たちの狂乱の声だった。
俺は心の中で、ただ一つだけ願った。
頼む。
明日は何も起きないでくれ。
……まあ。
そんな願いが叶った試しは、一度もないのだが。




