怪しい商売と、根拠ゼロの古代文字
暦は紅葉の月――。
夏の名残を残していた日差しもすっかり弱まり、ラポルナには心地よい冷たさを含んだ風が吹き抜けるようになっていた。
山から吹き下ろす風に木々の葉が揺れ、赤や黄色に染まり始めた葉が、ひらひらと地面へ落ちていく。
「秋だなぁ……」
ラインはそんな感想を漏らしながら、ラポルナ唯一の商店へ足を運んでいた。
目的は秋植えの野菜の種である。
領主館の畑も少しずつ形になってきたとはいえ、まだまだ食料事情に余裕があるわけではない。
冬を越すためにも、今のうちに育てられる作物は育てておきたい。
そんな実に真面目な領主としての仕事だった。
――のだが。
「へっへっへ、いらっしゃい領主様!」
店に入った瞬間、店主が揉み手をしながら満面の笑みを浮かべた。
「秋植えの種をお探しで? ありますとも! ちょうど、とっておきの商品が入荷したところでしてね!」
「……嫌な予感しかしないな」
「こちらの『絶対に育つ超伝説の幻の種』なんていかがで?」
店主が取り出したのは、妙に立派な袋だった。
「通常なら金貨十枚!」
「高すぎるだろ」
「ですが領主様には特別に――」
店主が声を潜める。
「銀貨五枚!」
「値引き幅がおかしいだろ」
ラインは袋を手に取ると、表面を眺めた。
そして、ため息をつく。
「……これ、ただのシラタマカブの種だろ」
「へ?」
「袋の隅に思いっきり『カブ』って書いてあるぞ」
「ゲッ!?」
「あと金貨十枚どころか、普通に銅貨数枚で買えるやつだろ」
「いやいやいや! そこはほら! 『超伝説の幻』という付加価値が!」
「付加価値で百倍以上にするな」
店主が慌てて別の商品を取り出した。
「ではこちら! 『巨人の力を宿した特大カブ』!」
「普通のネギの種だろ」
「なぜ分かる!?」
「袋に『ネギ』って書いてあるからだよ!」
「くっ……!」
店主は悔しそうに歯噛みした。
しかし、すぐに次の商品を取り出す。
「ならばこちら! 『不老長寿の聖草』!」
「ホウレンソウ」
「…………」
「ホウレンソウの種だろ」
「……領主様、目が良すぎません?」
「お前が雑すぎるんだよ」
結局、ラインは適正価格でカブとネギとホウレンソウの種を買い揃えた。
「へっへっへ毎度あり!」
「次に来たときは、普通の商品を普通の値段で売ってくれ」
「へぇ、もちろんでさぁ!」
店主は満面の笑みを浮かべる。
だが、その目は全く反省していなかった。
「……まあ、俺相手に悪びれもせずインチキ商売を仕掛けてくるあたり、この村もなかなかたくましいな」
ラインは苦笑しながら店を出た。
すると。
「ソイヤッ!」
「ヤーレン!」
「ソイヤッ!」
「ヤーレン!」
「……なんだ?」
村の広場から、威勢の良い掛け声が聞こえてきた。
ラインがそちらへ目を向けると、大勢の村人たちが輪になって踊っている。
両腕を妙な角度に突き出し、腰を落とし、足を左右へ。
そして全員が同じタイミングで、カクッ、カクッと身体を揺らす。
「……何だ、あれ」
「収穫祭らしいよ!」
後ろからニナがやってきた。
「今週は村の収穫祭なんだってさ!」
「収穫祭は分かるんだが……あの踊りは?」
「知らない。でもなんかめちゃくちゃシュールなんだけど」
ニナは呆れたように言いながらも、口元には笑みを浮かべている。
その隣では、レイラが腕を組みながら踊りを観察していた。
「ふむ……」
「どうした、レイラ?」
「体幹の鍛錬としては悪くない。腰を落とした状態を維持しながら、上半身だけを動かしている」
「そこを見るのか……」
「戦闘にも応用できそうだ」
「収穫祭の踊りを戦闘技術に結びつけるなよ」
そんなやり取りをしていると。
「ひひひ……」
宙にぷかぷかと浮かんでいたジジイが、珍しく遠い目をしていた。
「知ってるの?」
ニナが尋ねる。
「ああ。あの踊りはのぉ……」
いつもの軽薄な調子とは違う声だった。
「かつて、この土地には古代人の末裔を名乗る少数民族が集落を作って暮らしておったのじゃ」
「古代人の……?」
「うむ」
「ほんとの末裔?」
「わからぬ。あくまで伝承じゃが、神の怒りを買った民族として、忌み嫌われてはいたの。」
アルテが俯く。
ジジイは広場を見つめた。
「帝国が台頭した頃、彼らは凄惨な迫害を受け、この土地を追われた。住む場所を奪われ、仲間を失い、世界中に散って行った。そして彼らは、故郷を忘れぬために、ひとつの舞をこの地に残した」
広場では、村人たちが変わらぬ動きを繰り返している。
「それが、あの踊りじゃ」
「……あれが?」
ニナが目を丸くする。
「そう。今では収穫を祝う祭りの踊りとして残っておるがな」
その話を、少し離れた場所でアルテが聞いていた。
彼女は胸の上で手をぎゅっと握りしめる。
「古代人の……末裔……」
アルテ自身もまた、古代人の血を引く者だった。
自分が何者なのか。
自分の祖先がどこから来たのか。
そして、古代人たちが何を考え、何を残したのか。
その答えを求めて、彼女はこれまで古代文明の遺物を調べ続けてきた。
だからこそ。
目の前で村人たちが踊る姿が、ただの奇妙な踊りには見えなかった。
(私のルーツ……)
アルテは静かに拳を握る。
(彼らが残した技術も、言葉も、思いも……私が正しく読み解いて、後世に遺さなきゃ……!)
胸の奥に、小さな決意が灯った。
――しかし。
その決意が燃え上がったのは、わずか数時間後のことだった。
◇
領主館。
自室に戻ったアルテは、机の上に一枚の金属片を置いていた。
薄汚れた、手のひらほどの金属板。
レイラがヴァレンティア王国から持ち帰った、正体不明の古代遺物である。
いや、正確には、古代の遺物かどうかもわからない。
表面には細かな文字と術式がびっしりと刻まれている。
「うーん……」
アルテは何度目になるか分からない唸り声を上げた。
「第一節と第二節は古代マルマラ語の変形……でも第三節から文法体系そのものが変わってる……」
紙に書き写した文字列を睨みつける。
「これは暗号? いや、違う……暗号なら規則性があるはず。むしろ複数の言語を重ねている……?」
アルテは髪を掻きむしった。
「古代王朝の特殊方言……? でも、こんな変形は資料に残ってない……」
数日間。
いや、正確には何日も徹夜を繰り返しながら、この金属片と格闘していた。
それでも一向に答えが出ない。
「第三節の術式構成……どうしても意味が繋がらない……」
アルテが机に突っ伏しかけた、そのとき。
「なんじゃアルテちゃん」
「――!?」
壁から、ぬっ、とジジイの顔が生えた。
「まだそんな小汚い板っこ眺めておるのか?」
「……」
「何じゃ、返事くらいせんか」
「喋りかけないで、スケベジジイ」
「冷たいのう」
「私は今、古代文明の超重要資料を解析してるの」
アルテは金属片を隠すように手で押さえた。
「これは古代の高度な術式言語で――」
「どれどれ」
ジジイが金属片を覗き込む。
「貸してみぃ」
「あなたに読めるわけ――」
アルテが鼻で笑う。
ところが。
ジジイは金属片を手に取ると、しばらく眺めた。
「…………」
「…………」
「ふむ」
そして。
鼻をほじりながら、あっさりと言った。
「これ、『魔導兵の魔力増幅装置』の取扱説明書じゃぞ」
「…………は?」
「ほれ、ここに『過充填に注意』って書いてある」
「…………」
アルテの動きが止まった。
「ちょっと待って」
「うん?」
「今……なんて?」
「『魔力を入れすぎると壊れるから気をつけろ』じゃ」
「…………」
アルテは金属片を奪い返した。
刻まれた文字を睨む。
自分が何日もかけて解読できなかった文字。
その一部を改めて見つめる。
「……本当に……?」
しかし、言われてみれば。
術式構成との対応も、不自然ではない。
むしろ自分が複雑に考えすぎていた可能性すらある。
「いや……でも……」
アルテはジジイを振り返った。
「なんでおじいちゃんがこれを読めるの!?」
「知らん」
「なんで!?」
「なんでじゃろうなぁ」
「これ、暗号化された古代ルニア王家の特殊方言よ!?」
「ほう」
「古代文字の研究者でも解読に何年もかかる可能性があるのよ!?」
「そうか」
「おじいちゃんの解読が合ってるっていう『根拠』はあるの!?」
アルテはジジイの胸倉を掴む勢いで詰め寄った。
そして。
ジジイは。
ニカッと笑った。
「ない!」
「…………え?」
「根拠などあるわけなかろう!」
「…………」
「なぜワシが読めるのかも、よく分からん!」
「…………」
「ひひひ!」
自慢げに笑うジジイ。
「でもまあ、たぶん合っとるじゃろ」
「たぶん!?」
「ほれ、ここなんぞ『最大出力で使用するな』じゃろ?」
「だから、その根拠は!?」
「勘じゃ」
「勘!?」
「長年生きておるとな、こういうのは何となく分かるんじゃよ」
「死んでるでしょあなた!」
「そうじゃった」
「そうじゃったじゃない!」
アルテの頭の中で、何かが音を立てて切れた。
(根拠……ない……)
(読める理由も……分からない……)
(なのに……なんでそんな自信満々なのよ……!?)
古代文明。
王家の特殊方言。
暗号化術式。
数日に及ぶ解析。
積み重ねた知識。
論理。
検証。
仮説。
すべてを積み上げて辿り着こうとしていた答えを。
この地縛霊は。
「なんとなく」
の一言で突破してしまった。
「…………」
アルテの目から光が消える。
「おーい、アルテちゃん?」
「…………」
「どうしたんじゃ?」
「……もう……無理……」
「ん?」
「私の努力って……何だったの……」
「アルテちゃん?」
「古代文字……根拠……勘……」
ぷつん。
アルテはその場で白目を剥いた。
「ヒッ……」
そして。
バタリ。
床に倒れ伏した。
「おおっ!?」
ジジイが慌てる。
「アルテちゃん!? 白目剥いて倒れたぞ!?」
ジジイは床に横たわるアルテを覗き込んだ。
「これは大変じゃ! 誰か呼ばねば!」
しかし、次の瞬間。
「いや待て」
ジジイの顔に不気味な笑みが浮かぶ。
「こういうときはマウスツーマウスの人口呼吸という手が――」
ブオンッ!
壁を突き抜けて何かが飛んできた。
「――ぐおおおおおお!?」
レイラのフランジメイスだった。
それは見事にジジイの顔面を捉え。
ズゴォンッ!
壁にめり込んだ。
「何をしている」
「い、いや、ワシはただじんこう――」
「黙れ」
「……ひゃい」
こうして。
アルテの古代文字研究は一歩前進した。
ただし。
その前進に、本人の精神力はついてこなかった。
そして翌日。
金属片に刻まれていた『過充填に注意』という一文だけは、なぜか正式な解析によっても正しいと判明した。
――もっとも。
そのことを知ったアルテは、
「……なんでよ……」
と、机に突っ伏して再び頭を抱えることになったという。




