第七十四話:混浴の夢は潰え、庭に鍬が鳴る
「ふははは! 温泉と言えば何だ!? 混浴! 混浴に決まっておるじゃろうがぁぁっ!!」
庭の古井戸からモクモクと湧き出る極上の湯気を前に、スケベジジイが鼻血を吹き出さんばかりの勢いで空中を舞っていた。
「見よ、このピチピチな女子たちのラインナップを! ギャルなニナちゃん、オタクで無防備なアルテちゃん、そして肉体美のレイラちゃん! これが混浴にならずして何になるというのじゃぁぁっ!!」
「温泉が出たからどうせまた混浴だと思うだろうが……もうやらんからな!今まで散々やってきたからな!」
バッサリ。
ラインは一切の容赦なく、冷徹な声で言い放った。
「な、なにぃぃぃっ!? ジジイショック~!!」
ジジイは胸を押さえてガバッと仰け反り、まるで世界が崩壊したかのような絶望の表情で空中に沈んでいった。
「ラインの言う通りだよ。私は今から入るけど、おじいちゃんが覗いたら塩とメイスのダブルパンチだからね」
「ウケる笑。レイラねえのメイス、本気で効くからマジ気をつけてね~」
「うむ! 覗き魔の首筋を的確に叩き折る訓練なら、いつでもできているぞ!」
「ひええぇぇ……鬼! 悪魔! 美少女たちの血も涙もない悪逆非道ぶりが凄まじいのじゃあぁぁっ!」
絶望するジジイを放置し、ニナとレイラ(とショックから立ち直れないアルテ)が温かい湯を楽しみに館内へ消えていった。
◇
「さて……」
静かになった庭で、ラインは袖をまくり上げ、土に刺さった古びた鍬を握りしめた。
「温泉で浮かれるのもいいが、まずは食料だ。ラポルナの食料事情は劣悪だからな。この広すぎる無駄な庭を全部耕して、畑にするぞ」
「ひ、一人で耕すつもりか、ライン殿……?」
ジジイが半目になりながらぷかぷかと浮いてくる。
「一人じゃない。お前も手伝え、爺さん」
「ワシは実体のない地縛霊じゃぞ!? 鍬など持てるわけ――」
「ここにニナから借りてきた『殲滅の炎環』がある」
ラインはポケットから、ニナが裏山を吹き飛ばしたあの赤い宝石の魔導具を取り出した。
「これの出力を最低にして土に叩き込めば、一気に耕作地ができるはずだ。爺さん、お前が霊体で土の中に潜って、石ころやでかい根っこがある場所を教えてくれ。そこにピンポイントで火力を叩き込む」
「な、なんという乱暴な開墾方法じゃ……っ! 国宝級の戦略兵器をトラクター代わりに使う奴があるかぁぁっ!」
「文句を言うな。すけべジジイの混浴の夢が潰えたんだ、代わりにせめて労働で汗を流せ」
「汗なんか出んわい、霊体じゃからな!!」
◇
――数時間後。
ズスン! ズスン! と低く響く爆発音とともに、荒れ放題だった領主館の広い庭は見事にふわふわの黒土で耕された巨大な畑へと変貌を遂げていた。
「ハァ……ハァ……。意外と手際よくいけたな」
「死ぬ……いいようにこき使いよってからに。ワシはもう死んでおるが、二度目の死を迎えるところじゃったぞ……」
地中に潜って障害物を探させられ続けたジジイが、干からびた雑巾のように地面にへたり込んでいる。
「よし、次は種まきだ。カブとホウレンソウとネギの種を買ってある。まずはこのあたりから整地して――」
ラインが鍬を手に気合を入れ直した、その時であった。
「ライン殿ーーーっ! 素晴らしい温泉であったぞ!!」
さっぱりした顔のレイラが、濡れた髪を拭きながら庭に飛び出してきた。
「む? 畑仕事か! 素晴らしい! 隠居生活の基本は自給自足だな! 私も手伝おう!」
「えっ、あ、レイラ、気持ちだけで十分――」
「ぬんっ!!」
レイラが持っていたフランジメイスを軽々と振り下ろすと、地面がドゴォォォン!!と砕け散り、ラインがせっかく均した畝が一瞬で崩壊した。
「よし! 土を柔らかくしておいたぞ!」
「……」
「ライン殿? 顔色が悪いぞ? どこか具合でも悪いのか?」
「……いや。なんでもない……」
ラインはポケットから胃薬を取り出すと、震える手で二錠口に放り込み、空を見上げた。
「……混浴がないのは、平和で本当に良かったよ……」
遠い目をするラインの横で、ジジイが「ワシの混浴がぁぁ……」とシクシク泣き続けるのであった。




