第七十一話:完璧すぎる手土産
ジジイの頭にできたタンコブの煙が収まり、静けさを取り戻した食堂。
レイラは「ふっ」と満足げに鼻を鳴らすと、小さな木箱を自信満々にテーブルへ置いた。
「さて、ライン殿。帝国軍の不当な査察によって殆どの物資を押収されてしまったが……この私が、愛する家族への手土産もなく手ぶらで済ませると思うか?」
「いや、無事だっただけで十分なんだが……」
「遠慮するな! 私なりに諸国を巡り、お前たちの好みと今の状況を深く考察した上で選んだ、至高の品々だ!」
レイラは威風堂々と胸を張り、まずはニナの前に小さな包みを差し出した。
「ニナにはこれだ。バルカ公国の港町で見つけた、純銀細工のブレスレットだ。職人が手作業で彫り込んだ繊細な装飾が施されている」
「えっ、マジ!? やばっ、めっちゃ盛れるじゃんこれ! かわいー!! レイラねえありがとー!」
ニナはさっそく腕に巻き、光に透かして大喜びだ。
「うむ! 若い娘には華やかな装飾品が必要だからな。喜んでもらえて何よりだ!」
満足そうに頷いたレイラは、続いて木箱を開け、ラインの前に小さな薬瓶をことりと置いた。
「そしてライン殿、貴卿にはこれだ!エルディア王国特産の、最高級胃薬だ。非常に良く効く」
「……」
俺は無言で差し出された薬瓶を見つめ、それからレイラの顔を見返した。
「……レイラ。どうしてニナには銀細工で、俺には胃薬なんだ?」
「ムムッ?何を言うかライン殿! 貴卿は昔から苦労性で、何か大きな問題が起きるとすぐに胃を痛めていたであろう! これから辺境での慣れない暮らし、おまけに帝国からの監視付きだ。必ずや胃が痛む日が来る! 貴卿の体調を気遣う私の、完璧な配慮だ!」
(俺が胃を痛める最大の原因は、絶対にアンタの脳筋行動と、ニナとアルテが勘違いして暴走するせいなんだけどな……)
俺は喉まで出かかったツッコミを必死に飲み込み、ハァと深く溜め息をついて胃薬の瓶をポケットに突っ込んだ。
「……ありがたく、使わせてもらうよ」
「うむ! 弟の健康を守るのも姉の務めだからな!」
俺の苦痛に満ちた表情を「感謝の噛み締め」と都合よく解釈したレイラは、最後に黒い金属片を取り出した。
「そして最後はアルテだ。あやつにはこれだ。ヴァレンティアの司法長官殿から、例の時給金貨50枚の勧誘を断った際、『せめてこれだけでも受け取ってくれ』と譲り受けたものだ!」
「……さらっと司法長官から国宝級っぽいもの貰ってこないでよ笑」
ニナが呆れ顔で呟く。
「アルテは古い書物や遺跡の解読が好きだったからな。古代文明マニアのあやつなら、絶対に泣いて喜ぶはずだ! どこにいる? 直接渡してこよう」
「あ、ちぃねぇなら今、地下室でオタクモード全開で引きこもってるよ」
「なに? 地下室だと?」
◇
俺は、レイラ、ニナ、そしてジジイの四人で、三階の隠し階段から地下の広大な空間へと降りていった。
「むむっ……? この館の地下に、これほど巨大で高密度の魔導施設が存在していたとは……。ライン殿、これは一体?」
「ああ、この爺さんが昔作ったらしい」
「いかにも!ワシが作ったのじゃ」
ジジイはたんこぶをさすりながら答える
「そうか!私にはよく分からんが、こののじゃジジイは凄いやつなのだな!」
思考を数秒で放棄したレイラは、魔力炉の青い光の前で狂ったように手帳へペンを走らせているアルテのもとへ歩み寄った。
「アルテ! 息災だったか! 手土産を持ってきたぞ!」
「レイラ姉さん!? 喋りかけないで、今いいところなの! この第十四複合術式の組み替え構造が――って、何それ!?」
追い払おうとしたアルテの目が、レイラの掲げた金属片に釘付けになった。
「これはヴァレンティアの司法長官殿からもらったものだ。お前に――」
「ちょっと見せて!!」
アルテはレイラの手からひったくるように金属片を奪い取ると、超至近距離で表面に刻まれた文字を食い入るように見つめ始めた。
「これは伝承の……!読める!読めるぞ!」
「でも、なんでこんなものがヴァレンティアの司法長官の手に……ううん、そんなことより、これがあれば失われし都への扉が開くっ……!」
「ふははは! どうだアルテ! 姉特選の手土産は!」
「凄すぎるよレイラ姉さん! ありがとう!!」
アルテは目を輝かせてうっとりと金属片を見つめる。
レイラは満足そうに腰に手を当て、俺に向かって屈託なく笑った。
「見ろライン殿! ニナもアルテも大喜びだ! 私の手土産センスも捨てたものではないだろう!」
「ひひひ……ならワシは、そのレイラちゃんのぷりぷりのお尻を貰おうかのう……!」
その時、鼻の下をデレリと伸ばしたスケベジジイが、半透明の手をレイラの尻へ伸ばした
――その瞬間。
ゴッ!!
鈍い重低音とともに、ジジイの頭に二つ目の特大タンコブが爆誕した。
「ぬあぁぁぁっっ!? なぜじゃ! だからなぜ物理が無効のワシにメイスが効くのじゃぁぁぁっ!?」
「ふむ、殺気を感じて振り抜いただけだが? 避けられん奴がいるのか?」
「レイラねえ、マジで容赦なさすぎてウケる笑」
「……まあ、みんなが喜んでるなら、大成功なんだろうな……」
ポケットの中の胃薬の瓶を指先で転がしながら、俺は遠い目をした。「どうして俺だけ胃薬なんだ」という理不尽を噛み締めながら、俺の胃は早くもシクシクと痛み始めていたのだった。




