第七十話:オタクの引きこもりと、脳筋の凱旋
「ライン! 凄すぎるわこれ! 術式の重層構造が現代の魔導理論と根本から違いすぎるの! 霊脈の循環効率が99.8%!? あり得ない、こんなのあり得ないよ!!」
地下空間に、アルテの興奮しきった早口が響き渡っていた。
普段のクールな面影は木っ端微塵だ。目を血走らせ、手帳に狂ったような速度でペンを走らせている。
「アルテ、落ち着け。そろそろ昼飯だぞ」
「食べる暇なんてない! この永久魔力炉のバイパス回路を解析するまでは一歩もここを動かないから! 食事はそこに置いておいて!」
「ちぃねぇのオタクスイッチオーン♪」
ニナが呆れたように肩をすくめる。
アルテはオバケ恐怖症すらどこかへ吹き飛んだ様子で、魔力炉の光に吸い寄せられるように地下室へと籠城を決めてしまった。
「ひひひ……アルテちゃんが籠もるなら、ワシが手取り腰取り古代魔導を教えてやってもいいのじゃぞ?」
「近づいたらこの地下室ごと塩で埋め尽くすからね」
「ひえっ……」
スケベジジイを一瞬で威圧したアルテを残し、ラインとニナはひとまず一階へと戻ることにした。
◇
――そして、その日の午後。
館の古びた門前立つ一人の女騎士。
長旅の塵に汚れた外套。防御力まるで無視の装備で露出度が高い。
背には身の丈ほどもあるフランジメイスを背負い、凛とした佇まいを崩さない威厳を漂わせている。
「ふむ。ここが、ラポルナの領主館か。ずいぶんと寂れた場所だな」
凛とした声とともに、彼女は重々しい手袋で館の扉を叩いた。
――バターン!
「たのもう!ライン殿! 無事であったか!!」
ドアが開くや否や、豪快に踏み込んできたのは、俺の義理の姉であり、元オルティジア王国騎士団副長――レイラだった。
「レイラ!? よくここが…その、すまない…。」
「ライン殿!無事でなによりだ!私が留守の間にこのような事にっ……」
相変わらずの威風堂々とした態度だが、その瞳には深い安堵が浮かんでいる。
「レイラねえ!おかえり!」
「……ニナ!久しぶりだな!息災で何より!」
レイラは背筋を伸ばし、己の辿ってきた足跡を淡々と語り始めた。
「これまでの事は手紙に書いた通りだ!しかし道中、アースドラゴンを討伐した時だ!ヴァレンティア王国の司法長官殿と意気投合してな!時給金貨50枚で飯抱えると言われた時は断るのに難儀したぞ!」
「……さらっと伝説の竜を倒しちゃうレイラねえもすごいけど笑」
ニナが引きつった顔でツッコむ。
「うむ! そしてそのあと、ライン殿の軍と合流して一気に敵を挟撃する手はずだったのだが……合流直前に軍が降伏したと聞き、途方に暮れてしまってな」
「そういえば、サラウの密輸物資はどうしたんだ?」
ラインが尋ねると、レイラは急に視線を泳がせ、バツの悪そうな顔をした。
「……う、うむ。それがだな。降伏の混乱の際、帝国の査察官に『不法な押収物』として全て没収されてしまったのだ……。ライン殿の資金源にしようと思ったのだが、申し訳ない」
「いや、無事ならそれでいい。怪我はなかったか?」
「ハハハ!私を誰だと思っている! 擦り傷一つ負わんわ!」
レイラは屈託なく笑うと、腰の袋から小さな木箱を取り出し、ラインに差し出した。
「手土産の品もその査察で殆ど奪われてしまってな……残ったのはこれだけだ。申し訳ない、ライン殿」
「気にしないでいい。無事に会えただけで十分だよく、帰ってきてくれた。」
ラインが木箱を受け取ると、レイラは腕を組み、うーむと眉をひそめた。
「しかし、ライン殿。これからどうするのだ? 帝国に降伏し、こんな辺境に押し込められて……私は難しいことを考えるのは苦手だ。敵を斬れと言われればいくらでも斬るが、政や戦略はさっぱり分からん!」
「いいんだ、レイラ。俺たちはここで静かに隠居する。もう戦うつもりはない」
「隠居、か……。ライン殿がそう決めたのなら、私はそれに従おう。私は、貴卿の盾だ」
真っ直ぐで誇り高いレイラの言葉に、俺は心強さを感じて微笑んだ。
その時であった。
「ひひひ……これはこれは健康的で無駄のないボディライン!戦うお姉さん…嫌いではないぞう! 今日は厄日……いや、命日(?)のラッキーデーじゃのう!」
壁からぬっと顔を出したスケベジジイが、レイラの鍛え抜かれた腹筋を鼻の下を伸ばして見つめた。
「むっ!? 貴様、何奴!! 敵の刺客か!?」
レイラは考えるより先に素早くフランジメイスを抜き放ち、一閃――!
ゴン!
鈍い音が部屋に響き、ジジイの頭には特大のたんこぶが一つ
「あだだだだっ!なぜじゃ!高位アンデットのワシには物理攻撃は効かんはずなのに!なぜじゃぁぁぁ!」
「ムムッ?心の眼で感じて殴っただけだぞ?できない奴がいるのか?」
「レイラねえって相変わらずわけわかんない笑」
こうして、カビ臭い領主館には脳筋が戻り、俺の「静かな隠居生活」は、また一歩遠のくのだった。




