第六十九話:高位アンデッド(自称)と、地下の遺物
盛塩アタックによって前日以上に縮んだ地縛霊だったが、昼前には何事もなかったかのように元のサイズ(半透明)へと復活していた。
食堂の窓から温かい日光が差し込む中、ジジイは陽だまりの中で気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
「ねえ、そういえばおじいちゃん。霊なのに朝日は平気なの?」
食後の茶を飲んでいたニナが、ふと思い立ったように尋ねた。
「ひひひ! 良い質問じゃのぉ! ワシをただの雑魚怨霊と一緒にしてもらっては困るぞ。ワシは高位アンデッド! 朝日なぞとうに克服しておるわい!」
ジジイは胸を張り、ドヤ顔で半透明の髭をふさふさと揺らした。
「ふーん。塩は苦手なのに?」
「ぬ?」
ニナは手元にあった塩コショウ入れの「塩」側を手に取ると、ジジイの頭上へと歩み寄り、パッ、パラパラ……と手慣れた手つきでふりかけた。
「ぬぁぁぁぁっ!? 沁みる! 頭頂部が猛烈に沁みるのじゃあぁぁっ! だからやめい!!」
「高位アンデッドなのに食卓の塩で悶絶するんだ」
「塩は別腹……じゃなくて別物なのじゃ! 清めの概念攻撃は高位も低位もないのじゃあぁっ!」
「はいはい」
頭を押さえて半泣きでのたうち回るジジイを、ニナは一切の情けもなく一蹴した。
「……ニナ、いじめるのはそれくらいにしてやれ」
ラインが苦笑しながら助け船を出し、話の軌道を元に戻す。
「で、爺さん。さっき言っていた歴代領主の隠し部屋だが、どこにあるんだ? この館を一通り見たが、地下室への階段なんてなかったぞ」
「ふふん、甘いのうラインとやら。普通の階段などあるはずがなかろう」
ジジイは塩のダメージを気合いで散らすと、思わせぶりに鼻を鳴らした。
「三階の奥、領主が執務室として使っていた場所の棚を動かしてみるのじゃ。そこに下へと続く隠し階段がある」
「……三階から、地下へ?」
アルテが首を傾げた。
「構造的におかしくない? 三階から降りるなら、一階や二階を貫通して地下へ向かうことになるわ。そんな大掛かりな隠し通路、普通の木造館に作れるはずが――」
「ひひひ、行けばわかるのじゃ」
◇
言われた通り、三階の奥にある埃まみれの部屋へ向かい、重い本棚を滑らせると、そこには漆黒の闇へと続く不自然な階段が現れた。
ラインが松明を掲げて先頭を歩き、その後ろをニナ、そしてオバケを警戒してラインの服の裾を固く掴んだアルテが続く。
トントンと階段を降りていくが……おかしい。
一階の床面の高さをとうに通り過ぎ、なおも階段はどこまでも深く、深く下へと続いている。
「ねえ……ここ、何階分降りてる? もう十階分くらい潜ってない?」
ニナが不安そうに周囲の壁を見回す。階段の壁面はいつの間にか古びた木造から、分厚く冷たい石造りへと変わっていた。
「……空間が拡張されている!」
アルテが松明の光に照らされた壁面を指で撫で、息を呑んだ。
「ただの隠し階段じゃない……高度の位相空間展開術式が組み込まれている。外側の建物の容積に関係なく、地下へ直接繋がるように空間そのものが折りたたまれているんだわ」
「なんじゃ、最近の若いモンは大層な名前をつけるのう。要するに『狭い家でも広い地下室が欲しいから空間を広げた』だけなのじゃ」
ジジイが壁をすり抜けながらあっけらかんと言う。
「……何それ。そんな魔法、現代の帝国魔法院の最上位魔導士だって一人じゃ作れないよ?」
アルテが呆れたように呟く。
「誰が作ったの、このイカれた隠し通路……」
「ワシじゃ」
「……」
「……は?」
アルテの足が止まった。
「いや、ワシが昔、地下室欲しさにちょちょいと作ったのじゃ。もうずっと前のことじゃから細かい術式は忘れたがのう! ひひひ!」
「……冗談言わないで。こんな大規模な位相魔法、個人で設計・構築できるわけがないでしょ!」
アルテが冷や汗を流しながらジジイを睨むが、ジジイは「事実なんじゃから仕方ないのう」と半透明の肩をすくめるだけだ。
「おい、着いたぞ」
ラインの声に、二人は視線を前方に戻した。
階段の突き当たりにあった重厚な鉄の扉をラインが押し開けると、そこには広大な地下空間が広がっていた。
かつて逃げ出した歴代の領主たちが放り出していったと思われる、未開封の羊皮紙の山、年代物の家具、そして古びた宝箱の数々。
「うわぁ……! ガラクタばっかりかと思ったけど、マジで宝の山じゃん!」
ニナが目を輝かせて宝箱へ駆け寄っていく。
「ライン……これ……」
一方、アルテは部屋の奥、中央に鎮座する『何か』を見て、完全に言葉を失っていた。
そこにあったのは、青く怪しい光を放つ、巨大な立体魔法陣と複雑な魔導機械の融合体――。
「ジジイ……これ、歴代領主が置いたものじゃないな? 一体何だ?」
ラインが尋ねると、ジジイは懐かしそうに青い光を見つめた。
「む? ああ、水路じゃよ」
「……水路?」
「そうじゃ。昔、このあたりの水がマズくてのう。美味しい水を引き込むために、地下の霊脈と繋いで浄化水路を作ったのじゃ。ついでに館の魔力源にもしておったがな。なかなか便利じゃぞ?」
「……浄化水路……? 地下の霊脈……?」
アルテの手帳が、ぽろりと手から落ちた。
「これ……『先史時代の永久魔力炉』の基幹ユニットじゃない……! なんでこんな……伝説の国宝級遺物が、田舎の領主館の地下に転がってるの……!?」
アルテが引きつった顔でジジイを見る。
しかし、ジジイ本人はそんなアルテの驚愕など露知らず、ニナが宝箱を開けて「見てお兄ちゃん、なんかピカピカした石入ってる!」と喜んでいる姿を、鼻の下を伸ばして眺めているだけだった。
「ひひひ……その石も綺麗じゃが、ワシはもっとピチピチした肌が見たいのう……」
「見るなエロジジイ!!」
バサァッ!! と本日三度目の塩が舞い、地下室にジジイの悲鳴が響き渡ったのだった。




