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沈む灯火、封じられた銀冠

 馬車はガタゴトと、湿った石畳の音を響かせながら、ゆっくりと坂道を下っていた。


 車窓の外に広がっているのは、オルティジア王国の首都――要塞都市レムの街並みだ。


 入り組んだ運河と白壁の建物が立ち並ぶ美しい港町。だが、かつて交易の活気に溢れ、活気ある港の喧噪が響き渡っていた街は、いまや死んだように静まり返っていた。


 あちこちの広場には帝国軍の黒い軍旗が掲げられ、武装した帝国兵が我が物顔で巡回している。通りを歩く市民たちは下を向き、息を潜めるようにして歩みを進めていた。


静まり返った車内。膝を組み、窓の外をじっと見つめていた俺――ライン・オルティジアは、ふと思い至った疑問を口にした。


「そういえば……アルテ」


「ん?」


向かいの席で、旅用の荷物の整理をしていたアルテが顔を上げる。


「俺…今までのゴタゴタですっかり忘れてたんだけど…魔導兵、どうすんだ?」


俺の言葉に、アルテの手がピタリと止まった。隣でニナも息を呑むのが分かった。


「……ああ、あの子達なら心配ないよ。」


一千五百体の魔導兵。


それだけの戦力があれば、レムの市街地で帝国軍に対して大規模なゲリラ戦を展開することどころか、全てを灰燼に帰することさえ可能…。

あるいは講和のテーブルでさらに有利な条件を引き出すための「毒針」として使うこともできたはずだった。


俺はアルテの静かな瞳を見つめ返した。


「あの魔導兵たちを、お前どうしたんだ? ルーファスたち帝国軍に接収された形跡はなかったが」


アルテは静かに息を吐くと、窓の外の海へと視線を向けた。


「……大丈夫。レムからはもう移したよ」


「移した?」


「そう。講和が結ばれる直前、またシャルロッテの手を借りたんだ。ほら、帝国の査察の時、

シャルロッテ商会が所有していた島を借りたでしょ?」


アルテの声には、迷いも未練も一切なかった。


「あの魔導兵たちは、首都レムの地下からのマナの供給を受けなければ起動ない。レムから引き離された以上、もう魔導兵たちはただの動かない人形。…もう起動することも、誰かに利用されることもありません」


「……そうか」


俺は深く背もたれに寄りかかった。


アルテは、戦いが終わる前に自らの手で「最後の切り札」を完全に封印していたのだ。


もし一千五百体の魔導兵が存在すると帝国に知られれば、レムの街は跡形もなく破壊され、民は血の粛清を受けていたかもしれない。また、解体された騎士団の過激派がそれ奪い、無謀な反乱を起こしていた可能性だってある。


彼女は、己の血に眠る絶対的な武力を自ら捨て去ることで、首都レムの崩壊を、そしてこれ以上の流血を未然に防いでいた。


「……魔導兵が起動しないということは、つまり」


沈黙を守っていたニナが、どこかす寂しげな声を漏らした。


「レムの決戦兵器……『サジタリアス=レイ』も、もう二度と動かないのね」


「ええ」


アルテが静かに頷く。


「サジタリアス=レイは、魔導兵から吸い上げた魔力をバイパスとして弾丸の推進力に変える砲。核となる魔導兵がいなくなれば、ただの筒。」


「……港を護る『防波鎖』も、もう光らないんだね」


ニナは車窓から見える軍港の入り口――海中に沈む太い鉄の鎖を見つめた。


レムの軍港を象徴する、防波鎖。


外敵の侵入を防ぎ、夜間には魔導兵器の余剰魔力によって美しい青銀色の光を放ち、港全体を幻想的に照らし出すオルティジアの誇り。


「夏の終わりの銀冠祭……。あの防波鎖が青銀色に光って、街中のみんなでお酒を飲んで歌って……綺麗だったなぁ」


ニナは遠い目をして、ぽつりと呟いた。


「オルティジアの銀冠光る限り、マルマラの獅子は不滅……。銀冠祭も、今年で終わりだね。またお兄ちゃんと見たかったな。」


ニナの言葉が、車内に重く染み渡っていく。


首都の決戦兵器サジタリアス=レイの沈黙。


軍港を照らす防波鎖の消灯。


そして、銀冠祭の終焉。


それは、オルティジアという国が本当に滅び、帝国の影へと呑み込まれたことを意味していた。


魔導兵を隠し、兵器を無力化し、平和なお祭りを自らの手で終わらせた。

誰も責められない、誰のせいにもできない、時代の終わり。


アルテは膝の上で両手を強く握りしめていた。その指先がかすかに震えているのを、俺は見逃さなかった。彼女だって、この国の誇りが消えていくことが、悔しくないはずがないのだ。


「……アルテ、ニナ」


俺は短く声をかけた。


「……お前たちがやったことは、正しい。どれだけ綺麗な光が消えようと、祭りが終わろうと……生きてさえいれば、人はまた新しい明日を始められる」


「……ライン」


「隠居先に行ったら、美味い酒でも探そう。銀冠祭の代わりにはならないが……三人で飲む分くらいは、俺が出してやる」


俺のガラにもない慰めに、ニナが呆れたように鼻を鳴らし、アルテがフッと小さく微笑んだ。


「……期待しないで待ってる。」


やがて、馬車はガタリと大きな揺れとともに速度を落とした。


「ライン様。レムの軍港に到着いたしました」


外から、帝国の監視兵の冷淡な声が響く。

扉が開かれると、海から吹き付ける湿った塩くさい風が車内へと流れ込んできた。


目の前に広がっていたのは、帝国の輸送船が何隻も停泊し、接収されたオルティジアの物資が黙々と運び込まれていく、光を失った港の光景だった。


俺たちは静かに馬車を降り、帝国本国の隠居地へと向かう船のタラップへと、足を踏み出したのだった。

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