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第四十三話:灰燼の戴冠、あるいは陰謀の第二幕

 地平を焦がす炎と、轟く鉄騎の蹄音。


 帝国歴540年、若葉の月二十日。


 バルドア帝国の内乱は、新皇帝ルーファスの怒濤の電撃戦によって、急速にその決着へと向かっていた。


「全軍、突撃! 偽帝ルーファスを討ち取り、真の正統を示せ!」


 帝国北部、平原を埋め尽くすのは第一皇子ギルベルト・フォン・バルドアの軍勢であった。

旧宮廷貴族たちの財力でかき集めた数万の兵。だが、その陣形は脆弱極まりなかった。


「甘いな、長兄殿」


 ルーファス陣営の先鋒を務めるのは、平民出身の機甲将校フェリックス・ベルンハルト。


貴族の称号を持たぬ彼は、泥に塗れた叩き上げの兵たちを率い、野獣のごとき速さでギルベルト軍の側面へと牙を剥いた。


「『疾風』の全軍、敵本陣を突く! 貴族どもの生ぬるい指揮など、一蹴しろ!」


 フェリックス率いる機甲部隊が、稲妻のごとき速度で敵陣を穿つ。


さらに参謀アルバン・フォン・レーヴェンタールが事前に仕掛けていた補給線の途絶と偽情報工作が功を奏し、ギルベルト軍は交戦からわずか一時間で大混乱に陥った。


「馬鹿な……我が正規軍が、あのような下賤な兵どもに散らされるだと!?」


 混乱する陣中で、ギルベルトは血走った目を狂わせ、自ら剣を抜いた。


帝都を見捨てて逃げたという屈辱、そして第一皇子としての無駄なプライドが、彼から冷静な判断力を完全に奪っていた。


「ルーファスぅぅぅっ! 貴様さえ、貴様さえいなければッ!」


 ギルベルトは手勢とともにルーファスの本陣へ捨て身の突撃を敢行した。

乱戦の中、果敢に刃を交えたものの、死線を潜り抜けてきたルーファス親衛隊の鉄壁の陣を破ることは叶わず、ギルベルトはその身に幾筋もの刃を受け、血の海に倒れ伏した。


 静まり返る戦場。


ルーファスは馬から下り、息絶えた長兄のもとへ歩み寄ると、静かにその瞼を閉じさせた。


「……愚かなお方だ。だが、バルドアの皇子として命を散らした。手厚く葬れ」


◇


 長兄ギルベルトの討死。


その凄惨な報せは、南部で挙兵していた第二皇子レオポルドの陣営を直撃した。


「ギルベルトの兄上が敗死した……!? あのルーファスにか!?」


 レオポルドは愕然とし、握りしめた書類を握り潰した。

さらに追い打ちをかけるように、西から不吉な報せが舞い込む。西側諸国連合軍の大群が、帝国の混乱に乗じてマルマラ湖を侵攻しているというのだ。


「クソッ……! 前にルーファスの中央軍、背後に西側の連合軍か……!」


 帝都ヴァルハイトを焦土に変えたレオポルドには、もはや中央の民衆の支持も、降伏を受け入れる慈悲も残されていない。

家臣たちの裏切りと動揺が広がる中、挟み撃ちの孤立無援を悟ったレオポルドは、夜陰に紛れてわずかな側近とともに城を脱出し、国外の未開地へと逃亡を余儀なくされた。


 二人の兄が倒れ、あるいは去った。


煙の上がる帝都ヴァルハイトの残骸の上で、第三皇子ルーファスは名実ともにバルドア帝国全土の掌握を完了した。


フェリックスを軍総司令官に、アルバンを最高参謀に据え、ここに「新バルドア帝国」の再統一が宣言されたのである。


◇


 一方その頃。


大陸中央の東に位置する、水上交易都市サラウ。

豪奢な宮殿の深奥で、サラウ交易領の最高指導者――僭主シャハールは、水煙草の煙を吐き出しながら、手元の密書を冷ややかに見つめていた。


「……フッ、ギルベルトもレオポルドも、使えぬ無能どもであったか」


皇帝毒殺、そして二人の皇子への偽情報の流布。

自らの裏工作によって帝国を内側から自滅させる計画は、ルーファスの即位という予想外の結末によって潰された。だが、シャハールの眼光に焦りや絶望の色は微塵もなかった。


「だが……悪くない。実に素晴らしい展開だ」


シャハールは冷徹な笑みを浮かべ、盤上の駒を細い指先で弄んだ。


「ルーファスが帝国を強引にまとめたところで、焼け跡の国力など知れたもの。そこへ、寄せ集めの西側諸国連合軍が怒濤のごとく雪崩れ込んだ……」


シャハールの頭脳は、すでに次の凄惨な惨劇を描き出していた。


「暴走した烏合の衆と、背水の陣で迎え撃つ新皇帝ルーファス。……両者がぶつかれば、双方ともに後へは引けまい。内戦の次は、大国同士による泥沼の全面戦争だ」


シャハールは立ち上がり、暗い窓の外――マルマラ湖の向こうを見据えた。


「ライン・オルティジア……貴様がどれほど知恵を絞ろうと関係ない。この戦火はもはや誰にも止められん。帝国と西側、双方の血を極限まで流させ、共倒れになった果てに……このサラウが大陸の新たな覇者となる」


黒幕の毒針は失われるどころか、さらに深く、凶悪な第二の陰謀となって大陸全体へ突き立てられようとしていた。


◇


 一方その頃。


マルマラ湖に浮かぶオルティジア王国の王宮執務室。


「……嘘だろ?」


ライン・オルティジアは、白目を剥いて椅子から滑り落ちかけていた。


「ルーファスが第一皇子を倒して、第二皇子を追い払って、あっという間に帝国を統一したぁぁぁっ!?」


「はい、ライン様!」


老臣ギルバートが、興奮冷めやらぬ様子で報告を続ける。


「ルーファス新皇帝は瞬く間に国内を制圧されました! しかし、問題はこの機会に乗じて攻め込んだ我が西側諸国連合軍ですな。」


「連合とはいえ、所詮は互いの利害がある烏合の衆…この戦は分がいいとはいえないな…」


ラインは頭を抱えて執務室の床を転がりまわった。


「これからは帝国と西側諸国の泥沼の全面戦争に突入か!!」


「ご安心ください、ライン様!」


ギルバートが深々と頷き、妖しく目を光らせる。

「帝国との戦で、連合軍の首脳部は今や大パニックに陥り、『やはり最高顧問ライン殿の直接のご指揮がなければ勝てぬ』と、ライン様へ全権を委ねる事になりましょう。フォフォフォ、全てはライン様の想定通りの展開……!」


「全然想定してないぃぃぃぃっ!!」


ラインは涙目で叫び、デスクの引き出しから胃薬の瓶を引っ張り出したが、中身は空っぽだった。


「胃薬がない……! 帝都が燃えたから胃薬が入荷しないんだぁぁぁっ! 頼むから俺を放っておいてくれぇぇぇっ!!」


新皇帝の誕生、黒幕の更なる陰謀、そして暴走する連合軍。


何もかもが裏目に出て泥沼化していく大陸の命運を背負わされ、哀れな王の悲鳴が再び響き渡るのであった。

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