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第四十ニ話:三つの玉座と、暴走する全軍

 バルドア帝国に政変あり。


 帝都ヴァルハイトの炎上、そして第三皇子ルーファスによる新皇帝即位の宣言。


 この激震は、瞬く間に帝国全土、そして大陸中央のマルマラ湖を越えて遥か西側諸国へと波及した。


 時に帝国歴540年、若葉の月4日

 帝国は今、三つの勢力に引き裂かれていた。


◇


 北部――旧宮廷貴族と伝統派が結集する大都市圏。


 そこでは、第一皇子ギルベルト・フォン・バルドアが血を吐くような演説を繰り返していた。


「我が血統こそが正統! 帝都を焼いた逆賊レオポルド、そして灰に塗れた黒鷹城で帝位を簒奪した下賤なルーファスなど、認められるはずがない! 私こそが、正当なる第十八代皇帝である!」


 だが、その声に答える民衆の目は冷ややかだった。


 帝都ヴァルハイトが火の海となった際、ギルベルトは真っ先に自分の私兵だけを率いて逃げ出したのだ。その惨めな失態は帝国全土に知れ渡っており、大貴族たちの金で集めた軍勢の士気は惨憺たるものであった。


 一方、南部――強力な軍閥と叩き上げの将校らが集う軍事拠点。


第二皇子レオポルド・フォン・バルドアが、剣を抜き放って兵たちを鼓舞していた。


「血統ばかり誇る無能の長兄と、愚民どもを騙す若造の三弟に何が解る! 腐敗した帝国を叩き潰し、真の実力による刷新をもたらすのは、我が南部の鉄騎のみだ!」


 しかし、レオポルドの背後に漂うのもまた、ぬぐい切れぬ悪名だった。


追撃を振り払うためとはいえ、歴史ある帝都ヴァルハイトと帝宮に火を放った「焦土の逆賊」。その烙印は重く、中央の民衆や商人層からの憎悪は絶大であった。


 そして――帝都ヴァルハイト(中央)


 焼け落ちた黒鷹城の残骸と、煙が燻る廃墟の街。

そこで実質的な統治を固めつつあったのは、新皇帝ルーファス・フォン・バルドアであった。


「……ルーファス陛下、本日の支援物資の配給、および北門付近の瓦礫撤去、滞りなく完了しました」


 平民出身の将校、フェリックス・ベルンハルトが、煤けた軍服のままルーファスに敬礼した。


貴族の称号を持たぬ平民叩き上げのフェリックスは、自ら泥に塗れて民や兵士とともに瓦礫を運び、復興陣頭に立っていた。その姿は、帝都の民衆や下級兵士たちから絶対的な信望を集めていた。


「助かる、フェリックス。……北のギルベルト兄上、南のレオポルド兄上の動きは?」


「双方とも自領で正当性を主張し、我が軍を帝位の簒奪者と非難しております。ですが……民意は完全にこちらに傾いておりますな」


 フェリックスの言葉に、傍らに立つ参謀アルバン・フォン・レーヴェンタールが、オパールの双眸を冷たく光らせながら静かに頷いた。


「ふっ……当然だな。帝都を見捨てて逃げた第一皇子と、帝都を焼き払った第二皇子。一方、自ら火の中に飛び込んで玉璽と宝剣を救い出し、民にパンを与えたルーファス。……政治の計算式として、どちらが正統かは赤子でも判る」


 アルバンは手元の羊皮紙を弄びながら、冷徹な笑みを深めた。


「実務派の官僚どもや、中央の主要都市は続々と我らに恭順を示している。ギルベルト殿下とレオポルド殿下が互いを警戒して動けぬ間に、我が軍は中央の防衛網を完成させる。……正統なる帝国は、ここヴァルハイトにある」


「……ああ」


 ルーファスは、腰に挿した宝剣の柄に手を置いた。


その眼光には、兄たちの野望を打ち砕き、この内乱を収拾するという凄絶な決意が宿っていた。


「兄上たちの私欲で、これ以上この国を荒らさせはしない。……俺の手で、帝国を終わらせ、創り直す」


◇


 だが、この帝国の破局を、虎視眈々と狙っていた者たちがいた。

 大陸中央、マルマラ湖の西側に広がる反帝国西側諸国連合。


 諸国の王たちは、帝国崩壊の報に狂喜乱舞した。


「聞いたか! あの宿敵バルドア帝国が自滅したぞ!」

「帝都は灰燼に帰し、皇子どもが三人で殴り合いを始めた! これぞ天が与えたまいし千載一遇の好機!」

「今こそ長年の恨みを晴らす時! 我ら西側諸国連合軍をもって、帝国領へ怒涛の遠征を敢行するのだ!」


 西側の王宮では、血気立った諸国の将校や王たちが、拳を突き上げて咆哮していた。

怒濤の開戦ムード。だが、彼らの陣営にはひとつの「巨大な看板」が存在していた。


 西側諸国連合――最高顧問、ライン・オルティジア。

 かつて帝国の不落の要衝・オルティジア辺境伯領でありながら、鮮やかに帝国から独立を成し遂げ、さらに大国サラウをも抑え込んだとされる「現代最高の戦術家」。西側諸国は自らの権威と団結を高めるため、ラインを「最高顧問」として祭り上げていた。


 そして、血気走った連合軍の首脳陣は暴走を始める。


「最高顧問であるライン殿はお忙しい! ご報告とご承認を仰ぐ時間すら惜しいぞ!」


「そうだ! ライン殿ほどの怪物ならば、我らが動かずとも今が攻め時であることくらい疾に御見通しのはずだ!」


「よし! 総員、出撃せよ! バルドア帝国へ進撃開始――ッ!!」


 なんと連合軍の首脳陣は、最高顧問であるラインへの報告も、作戦の事前承認も一切取らないまま、勝手に数万の遠征軍を動かし、帝国境目へと進撃を開始してしまったのである。


◇


 一方その頃。


大陸中央、マルマラ湖に浮かぶ不落の要衝――オルティジア王国の王宮執務室。


「ふぅ……今日も平和だなぁ」


 俺は、お気に入りのフカフカの椅子に深く腰掛け、のんびりとハーブティーをすすっていた。


「帝国の方は相変わらず大大変みたいだけど、うちはこの束の間の平和を享受すればいいわけだしね。俺は静かに執務室で読書でもして過ごすのが一番――」


 バァァァン!!


「ラ、ライン!大変だよ!」


 執務室の重厚な扉が突風のように吹き飛び、青ざめたアルテが情報将校と共に雪崩込んできた。


「な、何事!? また地震!? それとも火事!?」


「大変ですライン様! 西側諸国連合の各軍が、突如として動き出しました!」


 情報将校が、震える手で超速報の軍事書状を掲げた。


「連合軍総勢15万! バルドア帝国領への大遠征を開始いたしました!!」


「………………は?」


 ラインの手から、ハーブティーのカップが床へ落っこちた。

カチャン、と虚しい音が響く。


「……え? なんて言ったの……?」


「連合軍が! ライン様のご承認を得ないまま! 帝国への全面戦争を開始したのです!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!??!?」


 ラインの悲鳴が、王宮の天井を突き破らんばかりに響き渡った。

「ななな、なんでぇぇぇぇっ!? 俺、何も聞いてないぞ!? 」


「ええ! 連合軍首脳部は『最高顧問ライン様のお考えはすでに我らと共にある』と勝手に解釈し、電撃的に進軍を開始した模様です!」


「勝手に解釈すんなアホぉぉぉぉっ!!」


 ラインは頭を抱えて机に突っ伏し、発狂したように足をバタバタさせた。


「やめろぉぉぉっ! 勝手に戦争始めるなぁぁぁっ! 内乱中の帝国なんて、一番近づいちゃいけない猛毒の沼なんだぞ!? そんなところに勝手に突っ込んで、もし負けたり泥沼化したりしたらどうすんだよ!!」


「……なるほど」


 アルテが、目を見開いてハッと息を飲んだ。


「さすがはライン! 表面上は内乱で弱体化しているように見える帝国だけど、新皇帝ルーファス様のもとで結束しつつある中央軍の牙をすでに見抜いていたんだね! 準備不足の連合軍が軽挙妄動すれば、返り討ちに遭うと!」


「そうじゃない!! 責任問題だよ責任問題!!」


 ラインは涙目で叫んだ。


「勝手に攻め込んで、もし大敗したり泥沼の消耗戦になったりしたら、全部最高顧問ライン・オルティジアの指示が拙かったからだって俺のせいにされるだろぉぉぉっ!! 責任取らされるの俺なんだぞ!? 冗談じゃないよぉぉぉっ!!」


「ライン様、ご安心ください!」


 情報将校が気高く胸を張った。


「勝手に動いた連合軍とはいえ、ライン様の名を冠している以上、敗北は許されません。すぐさま我がオルティジア軍も裏で動き、連合軍の暴走を最高顧問として制御する盤面を整えましょう!」


「なんでそうなるのぉぉぉっ!? 関わりたくないって言ってるじゃん!! 誰かあの暴走した連合軍を止めてくれぇぇぇっ!! 胃が……胃が破裂するぅぅぅっ!!」


 最高顧問という「お飾り」の肩書きのせいで、勝手に始められた大戦争の全責任を背負わされそうになり、絶望の悲鳴をあげるライン。

西側諸国連合の暴走によって、帝国内戦の火種は、ついに大陸全体を巻き込む大戦争へと拡大していくのだった。

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