第三話:撤退は、最大の攻撃
「――ご覧ください、ライン様! 陛下からご下問いただきました『安全圏からの全自動牽制機構』……ついに試作品が完成いたしました!」
王宮の裏手に位置する秘密工房。
興奮で鼻息を荒くした老技師長が、恭しく巨大な布を払った。
そこに鎮座していたのは、鈍い重厚な黒鉄の光沢を放つ、凶悪極まりない異形の鉄塊だった。
太い砲身が幾重にも束ねられ、基部には膨大な魔力を循環させるための青い魔導結晶が幾重にも埋め込まれている。
「……えっと」
それを見たラインの口から、乾いた声が漏れた。
(……なんか、思ってたのと激しく違うんだけど??)
ラインが技師長に頼んだ注文は、至極単純なものだった。
『敵と接近戦なんて死んでも嫌だから、数キロ先から自動で矢を連射して敵を追い払えるような、安全な長距離弓みたいなの作れない?』という、単なる保身と横着の極みである。
すでに我が領にある、固定式の大型バリスタを、「連射式のクロスボウ」や「多連装砲」みたいに連射したいと伝えただけなのだが――我がオルティジアが誇る頭のおかしい天才技師たちは、それを魔導技術と融合させてしまっていた。
「名付けて《魔導多連装砲》! 術者の魔力を注ぎ込むことで、一分間に数百発の圧縮魔導弾を遠距離から面で叩き込む、悪魔の如き遠距離殺戮兵器でございます!」
「数百発……? 面で……?」
「ええ! これさえあれば、敵がどれほどの大群であろと、兵の命を危険に晒すことなく、数キロ先の安全圏から一方的に敵陣を蜂の巣(焦土)にできますぞ!」
(牽制用の弓を作れって言ったのに、なんで広域破壊兵器が出来上がってんの!? 怖っ!! 近寄りたくないんだけど!!)
ラインは引きつった笑顔で「お、おう……ご苦労……」と呟き、後ずさりした。
◇
「——何と!?東部から撤退とおっしゃるのですか!?」
作戦会議の場。
将軍レオンが、弾かれたように身を乗り出して絶叫した。
「アルベルト男爵領には、すでに帝国陸軍の先鋒二千が着陣しております! 今すぐ全軍で押し包み、叩き潰すのが上策! なぜあえて敵に領地を差し出し、我が軍が後退せねばならないのですか!?」
血気盛んなレオンの主張に、他の将校たちも大きく頷く。
だが、上座に座るラインの心境は正反対だった。
(はあ!? 敵二千と真っ向からぶつかる!? 冗談じゃない! 敵は訓練された帝国の精鋭だぞ!? こっちは祝勝会明けで疲れてるし、正面から戦ったら絶対にこっちにも死人が出るだろ! 痛いの嫌だし、血を見るのも嫌だ!)
ラインのヘタレスピードメーターは振り切れ、真っ向勝負を全力で拒否していた。
「……敵との殴り合いは拒否する」
ラインは胃を押さえ、力なく首を振った。
「オルティジア島東部前線から陣を下げる。男爵領の防衛線を捨て、あえて敵にあの盆地に踏み込ませろ」
「し、しかしライン様――!」
食い下がるレオンを静止したのは、またしても側近のアルテだった。
「……素晴らしい」
アルテは震える手で自身の唇を覆い、感涙にむせぶような恍惚の表情を浮かべていた。
「素晴らしい……! なんという恐ろしく、そして非道なまでに完璧な包囲戦術……!」
(((また始まった……)))
ラインの心の中で、冷や汗がドバッと吹き出す。
「レオン卿、まだ分からないのですか?」
アルテが冷徹な笑みを浮かべ、作戦用の地図を指で叩いた。
「男爵領は、周囲を険しい山脈と広大な黒樹の森に囲まれた『壺状の盆地』です。兵糧に余裕のない敵二千がそこに落ちのび、さらに我々が後退どうなると思いますか?」
「む……? 敵は男爵領を占領し、そこを拠点として補給線を確立しようとするのでは……」
「いいえ! 男爵領の穀物庫は、陛下のご指示(※単なる流通の見直し)により、ストップしており、いずれ枯渇します。敵二千は食糧のない狭い盆地に取り残され、男爵領のわずかな備蓄を食い荒らして勝手に自滅していく……!」
アルテの瞳に、悪魔的な知性の光が宿る。
「そして――先ほど陛下が披露された新兵器《魔導多連装砲》! あの超遠距離殺戮兵器を盆地を見下ろす『高地』に配置したらどうなるか!!」
ハッとしたように、レオンが目を見開いた。
「殴り合いなどする必要はないのです。陛下は、敵を自ら狭い盆地に入らせ、補給を断ち、手の届かない高地から新兵器の圧倒的火力で一方的に磨り潰す気なのです! 我が軍の被害はゼロ。敵は全滅。これこそが、陛下の描く『あえて差し出す戦場』の真意です!!」
「なぁぁぁっ!!?? なんという悪魔の如き神軍略……ッ! あえて逃げたと見せかけて、敵を絶対死の壺の中へ誘導しておられたとは……!!」
レオンが床にひざまずき、全身を震わせて歓喜の声を上げる。
(ちがう! 俺はただ戦うのが嫌で安全な場所に逃げたかっただけなんだよ!! なんで俺が悪魔の殺戮将軍みたいになってんの!?)
「よし! 直ちに全軍、男爵領から後退する! 敵を男爵領へ引き込み、高地へ魔導多連装砲を設置せよ!!」
「「「オオオーーーッ!!!」」」
盛り上がる将校たち。
ラインは白目を剥きながら、「だ……誰か……俺の胃に……保険を……」と潰やいたが、その声が周囲の歓声にかき消されることは言うまでもなかった。
ポン
肩を叩かれて振り向くと、そこには屈託ない笑顔のレオン。
「さぁ、陛下。参りましょう!」
「うわぁぁぁぁ!やめてぇぇぇぇ!」
レオンは俺の襟首を掴み、ずるずると戦場に引きずっていくのであった。
◇
アルベルト男爵領、中央府。
オルティジア軍の撤退を受け、上陸した帝国軍の先鋒隊は、一週間もかからずアルベルト男爵領である盆地全域を掌握した。
「ははは! 見よ!グスタフ閣下の使者殿! ラインの若造め、帝国軍の上陸と帝国の威光に恐れをなし、東部を捨てて逃げ出しましたぞ!」
酒杯を掲げ、高笑いするアルベルト男爵。
しかし、帝国陸軍卿グスタフが派遣した先行部隊の指揮官・クローゼ大佐は、不気味なほど冷ややかな目で窓の外を見つめていた。
「……おかしい」
「はい? 何がでございますか?」
「十万の海軍を手玉に取ったあのラインが、一切の抵抗をせずにこの男爵領を丸ごと明け渡して撤退したのだぞ?……あまりにも手応えが無さすぎる」
クローゼ大佐は地図を開き、自軍が今置かれている状況を冷静に確認した。
周囲を高い山々に囲まれた盆地。入る時は易し、出る時は難し。
「……待て。我が軍の兵糧の確保はどうなっている?」
「は、はい! 男爵領の倉庫から徴発しようとしたのですが……なぜか倉庫はもぬけの空でして……」
「なに……!?」
クローゼ大佐の背筋に、氷を突きつけられたような凄絶な戦慄が走った。
「食料がない……? 撤退が早すぎる……? 待て……まさか我々は、自ら進んでこの狭い壺の中へ入らされたというのか……!?」
「な、何を馬鹿な! 敵は逃げ出したのですよ!?」
「黙れ愚か者が! 敵は逃げたのではない! 我々をここに閉じ込め――」
その時だった。
ドドドドドドドドドドドドンッ!!!!!!
夜空を切り裂き、地響きのような凄まじい爆音と振動が男爵領全体を揺らした。
「な、なんだ!? 天災か!? 隕石か!?」
狼狽する男爵を余所に、クローゼ大佐が窓の外へ飛び出す。
そして、彼が見たものは――絶望そのものだった。
男爵領を見下ろす北方高地の闇の中から、眩いばかりの青白い魔導の閃光が、まるで豪雨のように途切れなく降り注いでいた。
チュチュチュチュチュチュイィィィンッ! ババババババババババンッ!!
「ぐあぁぁぁっ!?」
「どこからだ!? どこから撃ち込まれている!?」
「敵が見えん! 姿が見えないんだ!!」
闇夜を切り裂く数千発の魔導弾が、帝国軍の陣地と補給物資、そして陣形を圧倒的な密度で叩き潰していく。
姿なき敵による、数キロ先からの圧倒的な遠距離殲滅。
高地の頂上で、セシリアが風に髪をなびかせながら、狂暴な笑みを浮かべていた。
「ふふ……ラインの言った通りね。『近づく必要すらない』って。……全砲門、打ち続けなさい! 帝国軍を干上がらせるわよ!」
「ははは! ライン陛下の新兵器、凄まじい威力的だな!」
高地からの圧倒的な弾幕。
盆地に閉じ込められた帝国軍二千は、戦うことすら許されず、ただ一方的に潰されていく。
そして――。
オルティジア軍の本陣で、胃薬を飲んでいたライン。
(俺、ただ静かに生活したいだけなんだけどなぁ……)
絶望で涙目になるラインの胃痛と共に、またも勘違いの連鎖により圧倒的な大勝利となるのであった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「安全な弓を作って」と頼んだ結果、なぜか誕生してしまった超兵器《魔導多連装砲》……!
逃げたい一心だったラインの行動が、敵側から見たら完璧すぎる「絶対死の壺(盆地トラップ)」になっていて笑っていただけたら嬉しいです(笑)。
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