第三十話:三度目の勝利と、危険な視線
圧倒的な威容を誇っていたバルドゥア帝国軍の黒き陣列が、蜘蛛の子を散らすように瓦解していく。
「退却ーっ! 退却せよーっ!!」
「敵の紅いのに近寄るな! 踏み潰されるぞ!!」
後方の街道へ向けて、なりふり構わず敗走していく帝国兵たち。
再起動した魔導兵軍団の追撃と、レイラ率いる東部機動部隊の猛攻により、敵の戦力は完全に削ぎ落とされていた。
王都レムを包囲していた暗雲は去り、戦場に静寂が戻ってくる。
「……勝った、のか?」
城壁の上で呆然と佇んでいた王都の兵士が、ポツリと呟いた。
「勝った……! 俺たちの勝ちだぁぁぁぁっ!!」
「オルティジア万歳! ライン陛下万歳!!」
次の瞬間、城壁の上からも、市街地からも、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
ルーファス皇子の策略による『魔導中和』を撥ね返し、オルティジア王国は帝国軍に対して三度目の大勝利を収めたのだ。
執務室の窓からその光景を見届けた俺は、長髪を掻き上げながら大きく溜め息を吐いた。
「ふぅ……流石に今回は生きた心地がしなかったぞ。ニナ、アルテ、助かった」
「へへ〜、お兄ちゃんに褒められちゃった! ウチ、もっと歌おうか!?」
「いや、もう十分だ。それ以上歌われたら俺の胃が持たん」
「え〜?震えてるお兄ちゃん、捨てられた子犬みたいで可愛かったよ?ほれほれ、もっと甘えてもいいんやでぇ??」
調子に乗るニナの頭を小突いていると、執務室の扉が勢いよく蹴破られた。
ドガァァァァ!!
「ライン殿ぉぉぉぉぉっ!!」
「うわっ!?」
返事をする間もなく、真紅のビキニアーマーを身に纏った巨躯が飛び込んできた。
返り血と汗に塗れたレイラだ。
彼女は一直線に俺へ突進してくると、躊躇なくその豊満な胸の中に俺の身体を抱き寄せ、力任せにギューッと抱きしめた!
「無事であったかライン殿! ああ、良かった……! 連絡を受けた時は肝が冷えたぞ! そなたを失ったら、私は…私はっ…!」
「ぐえっ……! 息、息が……っ! レイラ、締め付ける力が強すぎる……ッ!!」
骨が折れるような締め上げと、顔面に押し付けられる双丘。
俺が酸欠で白目を向きかけた、その時だった。
ピキ……ピキピキッ……。
「……なにしてるんですか?」
部屋の温度が一気に氷点下まで下がるような、凄まじい冷気が背後から漂ってきた。
恐る恐る視線を向けると、そこには髪を逆立て、瞳から光を完全に消し去ったアルテが立っていた。
「あ、アルテ……?」
「離れてください、その泥棒猫。私のラインにベタベタ触らないで……」
「ぬ? 何だアルテ、久々の再会だというのに随分とつれないな――」
レイラがのん気に振り返った瞬間、窓の外で異様な地響きが轟いた。
ガガガガガガガガッ!!
「……え?」
城壁の下に佇んでいた魔導兵が一斉に首を折り曲げ、執務室の窓……正確にはラインを抱きしめているレイラに向けて、無数の光の矢の照準を固定したのだ。
『ターゲット……確認。……消去術式、準備』
魔導兵たちの機械的な音声が、執務室の中に重重しく響き渡る。
単眼から放たれる黄金色の光が、ギラギラと殺意に満ちて輝いていた。
「ちょっとアルテ!? お前何をターゲットに固定して――」
「死ねばいいと思います。……全魔導兵、目標『真紅の泥棒猫』。一斉射撃――」
「待て待て待て!! 撃つな! 死ぬ! 俺も巻き添えで木っ端微塵になるからやめろぉぉぉぉっ!!」
絶叫する俺の悲鳴が、勝利に沸く王都の空へと虚しく響き渡るのだった。




