第二十九話:暴風の挟撃
バルドゥア帝国軍・前線指揮官のシュミット将軍は、目の前の勝利を確信していた。
「ハハハ! 噂の魔導兵も、決戦兵器ももはや形骸にすぎぬ!攻城梯子をかけろ! 一気に王都の防壁を越えるぞ!」
ルーファス皇子の新兵器『魔導中和結晶』の効果は劇的だった。
城壁の上に立ち並ぶ1,500体の魔導兵は動かぬ鉄くずと化し、王都の迎撃能力は激減。帝国軍の先鋒部隊が、勝利の歓声を上げながら城壁の直下へと殺到していた。
――だが、その歓喜が絶望へと裏返るのに、一瞬の時間もかからなかった。
「……ん? 何だ、あの声は……?」
戦場全体に、不釣合いなほど甲高くて熱量の高い少女の叫び声が響き渡る。
そして直後、鼓膜を揺さぶるような爆音の熱唱が空を突いた。
『なっ……何だこの音波はぁぁ!? 中和結晶の波長が狂う……!? 制御不能だ!!』
通信魔導具からルーファス皇子の悲鳴が上がると同時に、城壁の直下に転がっていた「鉄くず」たちの瞳に、不気味なほどの黄金色の光が点滅し始めた。
ガキンッ! ガキキキキンッ!
「なっ……魔導兵が……動いている……!?」
「バカな! 中和域のなかだぞ!? なぜ起動する!?」
兵士たちの悲鳴を切り裂き、再起動した魔導兵が一斉に光の矢の発射体勢をとる。
「まずい!総員、散開! 射程外へ退避せよ! 隊列を崩すな、後退だ!!」
シュミット将軍の迅速な喝が飛ぶ。
流石は練度の高い帝国軍の精鋭。パニックに陥りかける兵士たちを即座に統制し、盾を掲げて整然と距離を取ろうと足並みを揃えた。
――しかし、遅すぎた。
キュィィィィィィィン!!
魔導兵の単眼から放たれた無数の「光の矢」の雨が、後退しようとする先鋒部隊を容赦なく穿つ。
さらに、続けて城壁から飛び降りてきた魔導兵の集団が、帝国軍の前衛へ直進。整然と組まれていた陣形を押し潰し始めていく。
「くっ……全軍、焦るな! 後方の陣地まで後退し、ルーファス殿下に中和装置の再調整を――」
シュミット将軍が立て直しの指示を出そうとした、まさにその時だった。
ズドォォォォンッ!!
後方の街道側から、まるで巨大な隕石でも落ちたかのような爆音が轟いた。
「な、なんだ!? 後方で何が起きて――」
「ひ、ひぇぇぇぇっ!? う、後ろから……真紅のバケモノが突っ込んできましたぁぁぁっ!!」
「何だと……!?」
将兵たちが振り向いた視線の先。
そこには、真紅のビキニアーマーに身を包み、大ぶりのフランジメイスを片手でブンブンと振り回しながら、帝国軍の後衛部隊を文字通り「消し飛ばして」いる美女の姿があった。
「ハハハハハ! 追いついたぞ帝国軍ども! ライン殿の昼寝を邪魔する奴らは、私がまとめて叩き潰してやるわぁぁぁ!!」
レイラだ。
東部から不眠不休の爆走で追いついてきた騎士団副長は、純粋な暴力の嵐となって帝国の後方陣地に突撃していた。
「な、なぜ魔法が使えない空間でそれほどの威力が生み出せるんだ……!? 何の術式を使っている!?」
悲鳴を上げる帝国の将校に対し、レイラは豪快に笑い飛ばしながらフランジメイスを振り下ろす。
重圧な鉄塊が帝国兵の装甲ごと骨を粉砕した。
「術式? 難しい事はわからんが、そんなもの、魔法が使えないなら、ただ力任せに殴ればいいだけの話であろう!!」
「な、なんだその無茶苦茶な理屈はぁぁぁっ!?」
重装歩兵も、騎兵も、鬼神と化すレイラの一撃の前にはただの的に過ぎない。
レイラが率いてきた東部機動部隊の猛者たちもまた、レイラの圧倒的な士気に引っ張られ、混乱する帝国軍の後方に牙を立てていく。
「報告! 前方からは再起動した魔導兵軍団が突撃! 後方は敵の別動隊に完全に退路を塞がれています!」
「前後の挟撃……! 駄目だ、これ以上の継戦は無意味だ!退くぞ!」
前からは光の矢と鉄塊の魔導兵。
後からは魔法を一切必要としない理外の脳筋。
ルーファスが計算し尽くした「完璧な戦略」は、少女の歌声と脳筋の腕力という、あまりにも理外な二つの要素によって完膚なきまでに崩壊していた。
「……くそっ! 撤退だ! 全軍、撤退せよ!!」
シュミット将軍の絞り出すような悲鳴が響き渡る。
電撃戦で王都レムを落とすはずだったバルドゥア帝国軍は、一度も王都の門に触れることすらできず、命からがら敗走を開始するのだった。




