第二十八話:絶望の暗雲と、少女の咆哮
王都レムの眼前に迫る、バルドゥア帝国軍の黒き軍勢。
王宮の執務室の窓からその光景を見下ろし、俺は冷や汗を拭った。
「全軍に迎撃態勢を取らせろ! 王都外郭に魔導兵を1,000体配置! 残りはサジタリアス=レイに接続!チャージを開始させろ!」
「ははっ!」
将校が部屋を飛び出していく。
勝算はあるはずだった。王都の三重の防壁、1,500体の魔導兵、そして必殺の戦略兵器サジタリアス=レイ。これらがあれば、仮に帝国軍が大軍で押し寄せてこようと薙ぎ払える。
――だが、その過信は一瞬で崩れ去った。
ズズズズズ……ッ!
遠く帝国軍の中央から、不気味な高周波の波長が戦場全体を覆った。
ルーファスが誇らしげに掲げた新兵器『魔導中和結晶』が発動したのだ。
「なっ……!?」
次の瞬間、サジタリアス=レイの眩い光が霧散し、沈黙した。
さらに、防壁の上に整列していた1,500体の魔導兵が一斉に瞳の光を失い、動かないただの「鉄くず」と化して崩れ落ちていく。
「か、回路が……!? 魔導兵への起動シグナルが遮断された! 起動できない!」
アルテが、パニックを起こして悲鳴を上げた。
空間に満ちていた魔力という概念そのものが、強力なノイズによってかき消されている。
魔法も、魔導兵も、決戦兵器も……俺が積み上げてきたもののすべてが、根底から無力化されたのだ。
「レムの周囲のマナが中和されています!どうやら帝国の魔導兵器のようです!」
「う、うそだろ……そんな……そんなのアリかよ……!?」
俺の手から紅茶のカップが滑り落ち、床で砕け散った。
膝がガクガクと震え、立っていられなくなる。
(勝てない……! 魔法が使えないなら、あの圧倒的な帝国の軍勢をどうやって止めればいいんだ!? 俺の計算が……俺の完璧な計画が全部……!!)
極度の恐怖と絶望で、視界が真っ暗になりかける。ガタガタと歯の根が合わないほどに震える俺の肩に、そっとあたたかい手が触れた。
「……大丈夫だよ、お兄ちゃん。よしよし」
ぎゅっと、柔らかい抱擁が俺を包み込む。
ニナだった。
ニナは震える俺の頭を優しく胸に抱き寄せ、ポンポンと背中を叩きながら、小さく穏やかな子守唄を口ずさみ始めた。
「〜♪ 〜〜♪」
透き通るような、優しく温かい歌声。
恐怖で破裂しそうだった俺の心が、不思議と落ち着きを取り戻していく。
――その時だった。
チカッ……チカチカッ……!
「……え?」
アルテが目を丸くした。
魔導中和結晶の影響で完全に力を失い、真っ暗になっていた執務室の魔導灯が、ニナの歌声に合わせてチラチラと光を取り戻し始めたのだ。
さらには、机の上で動かなくなっていた通信用の魔導具までが、カタカタと音を立てて起動し始める。
「中和波が……打ち消されてる……!?」
俺は目を見開いた。
帝国の中和結晶が垂れ流す悪質な『中和ノイズ』に対し、ニナの歌声が放つ生きた『音波(波動)』が正面からぶつかり合い、ノイズを対消滅させていたのだ!
「ニナ……お前の歌……中和結晶の周波数をジャミングしてるのか!?」
「え? よく分かんないけど……ウチの歌で、あの嫌な音が消えるの?」
ニナは目を瞬かせたあと、俺の顔と、窓の外で勝ち誇っている帝国軍を交互に見つめた。
そして、一瞬でその瞳に凶悪なほどのテンションと情熱が宿る。
「よーし!! そうと分かれば話は早いや!!」
ニナは執務室にあった拡声用の魔導マイクを力任せにひっ掴むと、窓枠に足をかけて身を乗り出した!
「ちぃねえ! お兄ちゃん! 準備して!!」
「え、ニナ!?」
ニナは息を吸い込み、王都全体……いや、戦場全体に響き渡る大音量で叫んだ!
「みんなー!ウチの歌を聞けぇぇぇーーーーーっっ!!!!」
「ちょ!ニナ!それは色々まずい!」
爆音の如き咆哮とともに、ニナの超絶テンションの熱唱が戦場に爆発した!
ドバァァァァン……ッ!!
「なっ……何だこの音波はぁぁ!? 中和結晶の波長が狂う……!? 制御不能だ!!」
遠くの陣営で、ルーファスが悲鳴を上げる。
ニナの魂の歌声が中和エリアを力任せにぶち破り、一時的な『魔力の空白地帯』を作り出していく!
「と、とにかく今だ、アルテ! 起動シグナルを叩き込めぇぇ!!」
「うんっ!! 『――アクティベート!! 立ち上がりなさい、魔導兵!!』」
アルテが鍵を打ち込んだ瞬間――!
ガキンッ! ガキキキキンッ!!
城壁の前で転がっていた1,500体の魔導兵の瞳に、眩い黄金色の光が一斉に灯り、地響きを立てて立ち上がった!
「な、なんだとぉぉぉ!? 魔導兵器が復活しただと!?」
勝ち誇っていた帝国軍が、パニックを起こして引きつり始める。
ニナがノリノリで歌い狂い、魔導兵軍団が咆哮を上げ、俺は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「さあ……反撃開始だ!」
さらにその時、帝国の後方から、地響きのような大歓声と猛烈な怒号が響き渡った。
東部から猛スピードで追いついてきた、あの真紅の義姉の参戦の合図だった――!




