第二十七話:迂回する牙と、一万の防衛線
バルドゥア帝国の大軍勢が、ついに進軍を開始した。
誰もが、オルティジアの東の玄関口である要パルーマで血で血を洗う大激突が起こると信じて疑わなかった。
――しかし。
◇
「……報告は以上です。敵本隊、パルーマ領海の北側を急速移動中!」
パルーマ総督府の執務室。
早馬から上がってきた報告書と大陸地図を照らし合わせ、東部総督レオンの顔色が急速に険しくなっていった。
「馬鹿な……パルーマの防衛線を完全に無視している……!?」
レオンは地図上の赤いコマを指でなぞる。
帝国軍はパルーマの強固な陣地と正面からぶつかるのを避け、オルティジア島北側の水域強行軍で突破。
一気にオルティジア島西部――すなわち首都レムへと直接なだれ込むルートを取っていた。
「くそっ、パルーマに私やレイラが張り付いて防衛を固めているのを逆手に取られたか! 攻城戦を嫌い、最初からライン陛下の首だけを狙う電撃作戦……!」
「兄上! 帝国の連中が来ないぞ!? 訓練場の兵士どもが手持ち無沙汰でウズウズしてるのだが!」
ドカドカと足音を立てて執務室になだれ込んできたのは、レイラだった。
手持ち無沙汰そうにフランジメイスをブンブンと回している。
「レイラ、遊んでいる暇はない! 帝国の狙いはここパルーマではない。パルーマを迂回し、直接王都レムを目指して進軍している!」
「何だと……!? ということは、ライン殿の首を狙いに行っているのか!?」
「そうだ! 私はパルーマの防衛と後方の物資輸送ラインを維持せねばならん。レイラ、お前は東部駐屯軍の機動部隊を率いて、すぐさま帝国の後方を追撃しろ! 王都挟撃の態勢を作るんだ!」
レイラは不敵な笑みを浮かべ、フランジメイスをガツンと床に叩きつけた。
「うむ! 是非に及ばず! ライン殿の昼寝を邪魔する不躾な不審者どもなど、私が片っ端から叩き潰してやるわ! 兄上、東部は頼んだぞ!」
「ああ、王都を……頼んだぞ、レイラ!」
真紅の甲冑を翻し、レイラは風のように執務室を飛び出していった。
◇
一方、オルティジア王国の首都レム。
聖王宮の執務室で、俺は窓の外に見える広場を見下ろしながら温かい紅茶をすすっていた。
「……ほう。西側諸国は本当に援軍を送ってきたか」
王都の表門からは、西側諸国同盟の紋章を掲げた整然とした軍勢が続々と入場してきていた。
先日、イモ食中毒騒動で自爆したルニア国だったが、老害貴族たちを排除して実権を握ったアレン少将が、同盟の信頼回復とラインへの貸しを作るべく、精鋭5,000の軍勢を派遣してきたのだ。
「うん、アレン少将からの親書だよ。『老害どもの不始末の詫びと、同盟の義を果たすため』だってさ」
お茶を淹れ直してくれたアルテが、くすりと微笑む。
「フッ、賢い選択だな。これで王都常駐の近衛と警備隊5,000に加えて、我が方の迎撃軍は合計1万か」
常時動員できる規模としては十分な数字だ。
王都には、強固な三重の防壁、1500体の魔導兵、そして必殺の戦略兵器サジタリアスイ=レイ。これらがあれば、仮に帝国軍が大軍で押し寄せてこようと薙ぎ払える。
「ライン閣下! 救援に参上いたしました!」
執務室に駆け込んできたのは、救援部隊を率いてきたアレン少将本人だった。
「ご苦労、アレン少将。素早い動き、感服するよ。……だが、タイミングとしてはギリギリだったな」
俺は机の上の水晶玉――東部からの緊急暗号通信の書類を指で突いた。
「バルドゥア帝国軍本隊が、東部要衝パルーマを迂回。こちら王都レムへ一直線に向かっている」
「なっ……!? パルーマを迂回して直接王都へ!?」
アレン少将が息を呑む。
普通なら、後方にパルーマという巨大な敵拠点を残したまま王都へ突っ込むなど、兵站を断たれる危険すぎる愚策だ。
「ええ。ですがレオン卿からの報告によると、帝国軍は相当な速度で進軍しているようです。後方からはレイラ姉様率いる追撃部隊が追っていますが……王都前での決戦は免れません」
アルテが懸念そうに書類を読み上げる。
合計1万の王都防衛軍。
後方からは怒れるレイラの追撃部隊。
一見すれば、無謀な突撃をしてきた帝国軍を挟み撃ちにして完勝できる盤面に見える。
……だが。
(……ルーファスの奴、いくら焦っているからといって、そんな単純な自滅行動に出るか……?)
士官学校時代からの腐れ縁である、あの努力の天才の顔が頭をよぎる。
あいつが何の意味もなく、後方を断たれるリスクを犯して王都へ直進してくるはずがない。
必ず……俺の計算を狂わせる「何か」を仕込んでいるはずだ。
「ライン陛下、いかがいたしました?」
「……いや、何でもない。全軍に迎撃態勢を取らせろ。王都外郭に魔導兵を1000体配置。サジタリアス=レイのチャージを開始させろ」
「ははっ!」
将校頭を下げ、部屋を辞していく。
窓の外を見やる。遠く東の空には、不吉な暗雲が立ち込め始めていた。
1万の防衛軍と、迫り来る帝国の牙。
(……やれやれ、せっかくの平和なお昼寝タイムが、また遠のきそうだな……)
俺は残りの紅茶を飲み干すと、ふっと目を細めた。




