第二十六話:東部の壁と、脳筋の義姉
オルティジア王国、東部領の中心都市――パルーマ。
パルーマ総督府の執務室では、書類の山と戦う一人の男が深い溜め息を吐いていた。
東部総督――レオンだ。
「はぁ……。陛下め、また本国でゴロゴロしながら敵を自滅させやがったな……」
レオンは手元の報告書を放り投げ、眉間を揉んだ。
西側諸国同盟軍と、帝国の全面戦争が回避されたこと自体はありがたい。だが、軍政を預かる最高責任者としてのレオンの頭脳は、その先にある『最悪のシナリオ』をすでに叩き出していた。
「同盟軍が引いたってことは……間違いなく、全戦力をこの東部防衛線一本に集中させて攻めてくるぞ……」
「兄上! 久しぶりだなっ!」
バンッ! と勢いよく扉が開かれ、ずかずかと部屋に入ってきた人物がいた。
真紅のビキニアーマーを身に纏い、豪快に汗を拭っている美女――オルティジア騎士団副長であり、レオンの実妹、そして俺の義姉でもあるレイラだ。
「部屋に入るときはノックしろと何度も言っているだろう、レイラ……。」
「ハハハ!細かいことはお気になさらず! 帝国の連中が攻めてくると聞いて、王都からすっ飛んできたのだ!」
レイラはガハハと笑いながら、レオンの机の上にあったピッチャーから直飲みに近い勢いで水をあおり、満足そうに息を吐いた。
「はぁ〜! 美味い! で、なんだって? なにやらライン殿が西側諸国の軍を全滅させたとか!」
「……お前にラインの謀略を理解しろと言うのが無理な話だったな」
レオンは頭を抱えた。
実の妹であり、ラインの義理の姉でもあるこのレイラという女は、人間離れした膂力を誇る騎士団副長だが……頭の中身は絵に描いたような脳筋だった。
「いいか、レイラ。難しいことは考えなくていい。要するに、同盟軍が勝手に消えてくれたおかげで、バルドゥア帝国が本格的にここパルーマへ全軍で突っ込んでくるってことだ」
「うむ! つまり、帝国の奴らを私が全員ぶちのめせばいいのだなっ!?」
「まあ……結論だけ言えばそうだが」
レイラはニヤリと笑みを浮かべ、フランジメイスを軽く叩いた。
「うむ!是非に及ばず! 王都の小難しい話はよく分からんが、ライン殿が本国で安心して昼寝できるよう、私たちが東部で盾になろうではないか!」
「お前が王都から逃げ出してきた本当の理由は『書類仕事が嫌だったから』だろうが……」
レオンの冷ややかなツッコミも、レイラにはどこ吹く風だった。
「細かい内政だの兵糧の計算だのは、賢い兄上とライン殿に任せる! 私は私のやり方で、帝国の連中を迎え撃つ準備をするだけだ!」
◇
それからのレイラの行動は、実にシンプルかつ破天荒だった。
パルーマ郊外の訓練場では、レイラの大声援……ならぬ怒号が一日中響き渡っていた。
「甘い! 甘いぞ兵士ども! 帝国の鉄甲騎兵はそんな生ぬるい突きじゃ止まらん! ほら、構え直せ! 私がまとめて相手になってやる!」
「「「ひぇぇぇぇ……っ!?」」」
レイラは巨大な木製の大剣をブンブンと振り回し、数十人の兵士たちを一人でなぎ倒していく。
難しい戦術や陣形の講義など一切なし。ひたすら「実戦形式でしごき抜く」という超スパルタ指導だ。
だが、不思議なことに、レイラが先頭に立って暴れ回ることで、緊張で引きつっていた東部駐屯軍の兵士たちの士気は限界まで跳ね上がっていた。
「副長! パルーマ東門の防衛用バリケードと石弾の搬入、完了しました!」
「よし! どんどん積め! 帝国の連中が来たら、上から片っ端から叩き落としてやる! 難しい陣地構築なんていらん、一番頑丈な壁を作って、一番重い石を投げ込めば勝てる!」
「「「おおおーっ!!」」」
根拠のない圧倒的な力強さと自信。
難しい理屈は何もわからないが、「この副長と一緒に戦えば負ける気がしない」という脳筋特有のカリスマ性が、パルーマ全体の防衛意識を一気に引き締めていく。
◇
夕暮れ時。
パルーマの堅牢な城壁の上に、汗を拭い終えたレイラと、内政手配を終えたレオンが並んで立っていた。
目の前に広がるのは、東方の街道。その先には、帝国の脅威が潜んでいる。
「ふぅ……今日もいい汗かいたぞ」
「お前が兵士たちを追い回している間に、私は東部諸都市から3ヶ月分の糧食の徴発手配と、傷病兵用の救護陣地の確保を終わらせておいたぞ」
「おお、さすが兄上! 頼りになるなぁ!」
ガシガシと雑に頭を撫でてくるレイラの手を、レオンは鬱陶しそうに振り払う。
「まったく……陛下も、よくこんな脳筋な義姉さんを扱えてるものだ」
「なにか言ったか?」
「いや……何でもない。これで最低限の隙はなくなったな」
レオンの言葉に、レイラは城壁の手すりに身を乗り出し、東の空を力強く見据えた。
「ライン殿が本国で呑気に紅茶飲んでお昼寝してられるのも、私たちがここで踏ん張ってるからだからな。……バルドゥアの連中が何十万で攻めてこようが関係ない。この東部の壁は、指一本触れさせやしないさ!」
頼もしすぎる義姉の背中に、レオンも小さく苦笑し、手元の書類をまとめた。
バルドゥア帝国が誇る新兵器、そして圧倒的な軍勢の影が近づく中、東部の要衝パルーマは、完膚なきまでに研ぎ澄まされた迎撃態勢を整えつつあった。




