第二十二話:腐敗の宴と、裏のパイプ
船酔いの激しい吐き気をなんとか気合いで押し殺した俺は、アルテに支えられながらルニア王国の港町に足を踏み入れた。
街はまさにお祭り騒ぎだった。
「祝・帝国討伐大遠征!」
「勇者ルニアの再来!」
「破竹の聖王に続け!」
などと書かれた派手な横断幕が立ち並び、酒場からは昼間から酔っ払った市民たちの歌声が響いている。
(『聖王に続け』ねぇ……。俺の名前を勝手に使って戦意高揚のダシにしやがって。ライセンス料として復金10,000枚くらい請求してやろうか)
「ライン、顔色がまだ青いよ? 大丈夫?」
「……アルテ、頼むから揺らさないでくれ。やっと陸に上がったけど、口から胃の中のものが全部逆流しそうなんだ……」
胃を押さえて青ざめる俺を、アルテは呆れ半分、心配半分といった様子で見つめていた。
だが、俺の意識はすでに「この国をどう料理するか」へと切り替わっていた。
「で、ライン。まずはどこに向かうの? 遠征軍の総司令部?」
「バカ言え。あんな老害どもが固まってる正面玄関にアポ無しの、しかも変装した俺らが乗り込んだって、『田舎者が何の用だ』ってつまみ出されて終わりだろ。狙うのは……干されてイライラしてる『不満分子』と、老害どもが今夜集まる『腐敗の現場』だ」
俺は懐から、出立前に暗部から受け取っておいたルニア王国の要人リストと地図を取り出した。
正論を吐いて、老人達から煙たがられているという若い将校――アレン少将。
暗部の報告では、彼は軍部の中枢から追い出され、港湾の第十四補給倉庫で暇を持て余しているとの事だ。
「まずは、この真面目すぎる若手将校を釣る」
港の片隅にある古びた倉庫街。
潮風と埃の臭いが充満する事務所で、アレン少将は頭を抱えて書類の山と向き合っていた。
「ハァ……軍糧の算出もろくにせず、遠征の規模だけを膨らませて……秋の収穫前にこんな大軍を動かせば、補給線が破綻するのは目に見えているというのに……!」
老害将軍たちに「臆病者」と罵られ、補給部隊の末尾へと左遷されたアレン。彼の正義感と無力感が限界に達しようとしていたその時――カチャリと扉が開いた。
「失礼。補給の計算でお困りのようですね、アレン少将」
「誰だ!? 今は部外者の立ち入りは――」
アレンが鋭い視線を向けた先には、旅装を解き、上質な外套を羽織った一人の青年と、息をのむほど美しい銀髪の女が立っていた。
青年は薄笑いを浮かべ、事務所の客用椅子に勝手に腰を下ろすと、懐から一枚の羊皮紙を取り出して机に滑らせた。
「な……西側諸国連合最高顧問の査証!? オルティジア王国……!?」
アレンが目を見開く。
「まさか……君が……『聖王』ライン・オルティジア……!?」
「声が大きいですよ、少将」
俺は口元に人差し指を立ててみせた。
「船酔いで死にかけながら、なんとかここまでやってきました。……貴方がさきほどの軍事会議で、非常にまともな頭の構造をしていると聞いたのでね」
「な……なぜ会議の内容を……! 密偵か!?」
「そんなことどうでもいいでしょう。問題は、貴方の国の偉いおじさんたちが、帝国という巨大な蜂の巣を全力でつつこうとしていることです。あれが破綻した時、最初に地獄を見るのは補給を任された貴方ですよ?」
アレンの顔からスッと血の気が引いた。
俺の言っていることが、彼にとって最も恐れていた「最悪の未来」そのものだったからだ。
「……君は、あの遠征を止めるために来たのか?」
「まさか。止めるなんて不可能なことはしませんよ。老害の暴走は誰にも止められない。……だから俺は、彼らには盛大な失敗をしてもらうつもりです」
「な、なんだと……!?」
「安心してください。全滅はさせません。ただ……老害どもの面目を完全に潰し、二度と東へ攻め込もうなんて思わないくらい手痛いお返しを帝国から喰らってもらう。その過程で、貴方にはルニア軍の新しいトップになってもらいます」
アレンは絶句した。
目の前にいる青年は、弱小国の王などではない。千年の歴史を誇る我が国を、盤上で弄ぼうとする悪魔そのものに見えた。
「さぁ、アレン少将。今夜、老害将軍たちが集まる高級料亭の席……最高顧問の特権として、俺をこっそり『観戦者』として招き入れてくれませんか?」
俺の邪悪な微笑みに、アレン少将は生唾を飲み込み、ついにゆっくりとうなずいたのだった。




