第十八話:積み上がる書類と、蠢く西側諸国
「――で、ありますからして! 我が国の長年の課題であった『王都本国の巨額な財政赤字』を解消するため! パルーマで大成功を収めた『イモ本位制』を我が首都にも導入し、新たな王都紙幣を発行すべきかと存じますッ!!」
王都の執務室。
膝の激痛に耐えながら生ける屍と化していた俺――ラインの目の前で、大蔵官ギルバートが鼻息も荒く熱弁を振るっていた。
ドサササッ!! と目の前に積み上げられた書類の山。
見れば『首都版・ポテト・スタンダード導入計画書』だの『王都イモ担保紙幣の発行試算』だの、頭が痛くなるようなタイトルがズラリと並んでいる。
「……なぁ、ギルバート」
俺は引きつった笑みを浮かべ、痛む両膝をさすりながら言った。
「パルーマで『復金』が上手くいったのはな……あそこが港湾都市で、すでに流通の骨組みが存在し、なおかつ『食糧難』という極限状態だったからだ。王都のような巨大都市で適当に紙幣を刷ってイモに価値を担保させたら、どうなるか分かっているのか……?」
「フォフォフォ。お戯れを陛下! イモという実物資産が背景にある限り、紙幣の価値は永久に揺るぎません! これぞ聖王陛下が生み出された天才的経済システム! 全土の官僚たちが『この手があったか!』と涙を流して絶賛しておりますぞ!」
(あかん、話が通じねえ……耄碌したかジジイ…!!)
俺の手抜きマニュアルが優秀すぎたせいで、官僚たちが「イモさえあれば無限に金が刷れる!」と勘違いした無敵モードに突入している。
金やミスリルを担保にする『金本位制』と違って、農産物は腐るし、生産量が変動する。そんなものに国の根幹通貨を安易に紐付けたら、通貨の暴騰を起こして国が即死するぞ!
俺が正論で論破しようと息を吸い込んだ、まさにその時だった。
「――ほ、報告ですッ! 東部パルーマの『復興委員会』より、超緊急の伝書鳩が届きましたッ!!」
悲鳴のような声を上げて、伝令の役人が執務室へ飛び込んできた。
「何事だ!? レオン東部総督が現地に着く前からトラブルか!?」
ギルバートが眉をひそめる。役人は蒼白な顔で、震える手紙を読み上げた。
「は、はいッ! 今年の東部全域の気候が例年にないほど良好であることに加え……『聖王様のためにイモを育てて復金を稼ぐのだ!』と熱狂した領民たちが、山を切り開き、庭を耕し、あらゆる土地に狂乱的な勢いでイモを植え付けた結果――」
「結果……?」
「――今年は過去数百年で最大の、規格外の超大豊作になるとの見通しが立ちましたッ!!」
「おおおッ! 素晴らしいではないか!」
ギルバートがポンと手を叩いて歓喜した。
「イモが大豊作! これで東部の食糧問題は永久に解決、我が国のイモ本位制の基盤もより盤石になるというもの――」
「バカ野郎ぉぉぉぉぉッ!!!」
俺は思わずデスクを叩いて立ち上がった。
急な立ち上がりに両膝が「ピキッ」と悲鳴を上げたが、それどころではない。
「な、なぜお怒りに……!?」
「いいかギルバート! イモが『例年にない大豊作』になるということは、市場に出回るイモの価値が暴落するってことだろ!! イモの価値が下がれば、それに担保されている『復金(紙幣)』の価値も一緒に底抜けするんだよ!!」
「え……?」
ギルバートが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
伝令の役人が、冷や汗をダラダラと流しながら手紙の続きを読んだ。
「……へ、陛下のおっしゃる通りです……!『秋にはイモが溢れかえって価値がゴミになる』と見抜いた目ざとい大商人たちが、早くも先物取引で『復金』の手放しを開始! パルーマ市場では早くも『復金』の価値が下落し始め、パニックの予兆が出ておりますッ!」
「豊作で破綻する経済システムがあるかよぉぉぉッ! 金と違ってイモは無限に生えるんだよ! だから王都でマネしちゃダメだって言おうとしたんだよぉぉぉッ!!」
頭を抱えて叫ぶ俺。
ギルバートはガタガタと震えだし、目の前の『首都版イモ本位制計画書』を恐怖の目で見つめた。
「な……なんということだ……! 豊作が裏目に出て、通貨価値を破壊するだと……!? 聖王陛下は、こうなる未来まで最初から予見しておられたというのか……ッ!?」
(予見もクソもあるか! 経済の基本だろーがッ!)
東部がイモの大豊作予想でパニック寸前、王都の経済改革も暗雲が立ち込め、俺のお昼寝計画がガラガラと崩れ去っていく。
だが――試練はそれだけに留まらなかった。
「――陛下! 西方外交部より急報にございますッ!」
今度は、影のように素早い動作で暗部の密偵が執務室の窓から滑り込んできた。
「今度は何だ!? パルーマでイモの妖怪でも発生したか!?」
「いえ! 帝国と我が国の戦況に関する、西側諸国の動向にございます!」
密偵が広げた羊皮紙には、大陸西方の地図と、不穏な行軍ルートが記されていた。
「我が国が東部において、二度にわたり帝国軍を撃破したという報せが大陸全土へ波及いたしました。これにより『無敵と謳われた帝国も、今やボロボロの張り子の虎である』と判断した西側諸国連合が、一斉に勢いづいております!」
「西側諸国が……?」
アルテが身を乗り出した。
「我が国が撃退したことで、帝国の威信が失墜したんだね。……まさか、彼らはこの機に乗じて?」
「はい! 西側諸国連合は急ピッチで大連合艦隊を編成! 東部に気を取られ軍事力が手薄になった隙を突き、帝国本土への大規模な海路上陸作戦を画策しております! 早ければ今夏にも、帝国本土へ侵攻を開始する構えです!」
「素晴らしいわ……!」
あが感動に瞳を輝かせ、胸の前で手を組んだ。
「西側が帝国本土を攻めてくれれば、帝国の全戦力は西側に釘付けになる! 我が国に対する帝国の脅威は完全に去り、東部の防衛も一気に楽になるよね! これもすべて、ラインが二度にわたって帝国を退けたからこそ生まれた絶好の機会だね!」
「……甘い」
俺はソファに深く倒れ込み、天井を仰ぎながらボソッと呟いた。
「え……? ライン……?」
「甘すぎるぞ、アルテ……。歴史を…大国というものを舐めるな……」
俺の脳裏には、士官学校時代に貪り読んだ歴史書や戦史の記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。
(大国である帝国が、西側連合の生半可な海路上陸作戦程度で倒れるわけがないんだよ……! むしろ下手に本土を突かれた帝国は『国家存亡の危機』として死に物狂いになり、全土動員を発動する!)
そうなればどうなるか?
西側の上陸作戦は泥沼化し、追い詰められた帝国軍は狂乱して全方面へ無差別な侵攻を開始。戦火は大陸全土へ飛び火し、巡り巡って我が国も『超巨大な泥沼の全面戦争』に巻き込まれることになる!!
(西側のバカどもが調子に乗って自爆攻撃を仕掛けるせいで、大陸全体の勢力バランスが崩壊して、俺の永遠のお昼寝ライフが完全消滅する未来しか見えない……!!)
「な、ライン……? 急に恐ろしい顔をして、一体何を考えているの……?」
青ざめるアルテ。
俺は絶望に震える手で、自分の顔を覆った。
「……内政はイモの豊作で崩壊寸前……外交は西側のバカどものせいで大陸規模の泥沼戦線に突入しかけている……」
カチャリ、と執務室の扉が開く音がした。
「お兄ちゃん〜? 今日の『膝枕権(残り165時間30分)』の時間がやってきたよ〜♡ 移動の手配はバッチリだからねぇ〜♡」
悪魔のような笑みを浮かべたニナが、両手をわちゃわちゃさせながら侵入してくる。
「内政! 外交! 膝枕! もう勘弁してくれぇぇぇぇぇぇッ!!」
積み上がる書類の山と、大陸を揺るがす戦火の予兆、そして容赦のない妹の膝枕攻勢。
聖王ラインの平穏な日々は、またしても遥か彼方へと吹き飛んでいくのだった。




