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第十七話:膝枕地獄の帰還路と、東部総督

 パルーマ港と近郊の採石場は、今や信じられないほどの活気と熱気に包み込まれていた。


 碁盤の目のように綺麗に区画整理された『公認自由市場』では、商人たちが『復金』を手に威勢よく声を張り上げ、港からは突貫で修復された埠頭へと、続々と交易船が入港している。


 イモの威光と紙幣の流通、そして兵力を使わない誘導策によって、パルーマの復興は動き出していた。


 ……まあ、復興そのものはまだ始まったばかりであり、街全体の瓦礫が撤去され、完璧な都市として機能するにはまだまだ長い年月がかかるのだが。


(よし……! 骨組みさえ作っちゃえば、あとは現場の役人どもがマニュアル通りに勝手に回すだけだ! これ以上ここに居座ったら、また予期せぬトラブルに巻き込まれて昼寝どころじゃなくなる。今のうちに帰ろう!)


 主城の執務室で、俺――ラインは、ふかふかのソファに深く埋もれながら、心の中でガッツポーズを決めていた。


 俺の望みはただ一つ。「誰にも邪魔されずに永遠にお昼寝ができる平和な暮らし」だ。

 港の修復に道筋がつき、経済が勝手に回るレールを敷いた今、こんな辺境に留まる理由は一ミリもない。


「ふぁぁ……。ニナ、セシリア。荷まとめをしておいてくれ。パルーマの仕事は全部終わったから、今日にでも王都へ帰るぞ」


 あくびを噛み殺しながら俺が告げると、書類を整理していたセシリアが、信じられないものを見るような目で俺を見つめ返してきた。


「帰る……って、ライン…? 本気で言ってるの? 確かに物流と市場の混乱は収まったけれど、パルーマの復興はまだ道半ばよ!? 街の建設も、行政組織の立ち上げも、これからが本番じゃない!」


「だからだよ、セシリア」


 俺は面倒くさそうに片目を細めながら、机の上にドサッと置かれた分厚い羊皮紙の束――俺がズボラな脳味噌をフル回転させて書き上げた『パルーマ復興&市場運用マニュアル』を叩いた。


「俺がここに居続けて手を出したら、領民も役人も俺に依存するだろ? 仕組みは全部この書類に書いておいた。あとはマニュアル通りにレールの上を走らせるだけだ。これ以上、僕という巨大な存在が現場に介入し続けるのは、むしろ彼らの自立を阻害する……そう思わないか?」


「……っ!!」


 セシリアが息を呑み、胸を押さえた。その瞳には、例によって激しい勘違いと熱狂の光が宿りはじめている。


「自分の功績に執着せず、あえて現場に権限を譲渡し、民の自立を促す……! どこまで……どこまで先の先を見据えているの、あんたは……!!」


(よし、騙された。これで帰れるぞ!)


 俺が内心でドヤ顔を決めていると、セシリアがふと険しい表情を浮かべた。


「でも、ライン…一つだけ深刻な問題があるわ。このパルーマを含む東部地域は、帝国の侵攻を真っ先に受け止める防衛の要衝よ? 生半可な地元の役人に任せるだけじゃ、万が一帝国が動いた時に軍事と内政の連携が取れずに破綻してしまうわ」


「ふむ……」


 セシリアの指摘はもっともだった。

 東部は国防の要だ。生半可な下級役人を置いて帰れば、帝国が攻めてきた時に一発で瓦解し、巡り巡って王都にいる俺の平穏なお昼寝ライフが脅かされる。


 軍事と行政の両方に睨みがきき、民や兵からの信頼が厚い、しかるべき高位の人物……。


(……待てよ?)


 俺のズボラな脳細胞が、悪魔的な閃きを叩き出した。

 固くて、クソ真面目で、王都にいると「陛下、御身のお覚悟を!」「訓練の時間です!」と事あるごとに俺の昼寝を邪魔してくる、王国屈指の凄腕将軍。


(……そうだ、王都に戻ったら、騎士団長のレオンを『東部総督』に任命してここに追い払えばいいじゃん!)


 王国騎士団長レオン。

 彼なら武力も威厳も申し分ないし、俺が作った『復興マニュアル(レール)』を渡しておけば、武骨な軍人でも勝手に最前線を維持してくれるはずだ。


(完璧すぎる……! 面倒くさい東部の防衛と復興の監督を丸投げしつつ、王都での小言も減らせる一石二鳥の神プランだ!)


「安心しろ、セシリア。東部を統括する『東部総督』の構想はすでに僕の頭の中にある。王都に戻り次第、しかるべき『最高の人物』を現地に派遣する手筈を整えるさ」


「……! そこまで手を打っていたのね……!流石よライン…!」


 こうして俺は、パルーマの地元の役人たちを集めて「復興委員会」を発足させ、マニュアルを叩きつけて権限を丸投げ。


 鬼神の作業員長・ゴルドー(胸にイモ金メダル所持)ら数千人の領民から「聖王様ぁぁぁッ! ありがとうございましたぁぁぁッ!」と涙と怒号のような歓声で見送られ、パルーマをあとにしたのだった。


◇


 王都へ向かう豪華な王室馬車の中。


「ふぅぁぁぁぁ……! 終わった……! ついに終わったぞニナ! これで王都の自分のふかふかベッドに戻れる! 誰にも邪魔されない、平和で静かなお昼寝ライフの復活だぁぁぁッ!」


 俺が馬車のシートに倒れ込んで大歓喜した、まさにその瞬間だった。


 ジャラッ。


 聞き覚えのある、紙の束が擦れ合う音が馬車内に響いた。


「ふふふ……お兄ちゃん? 何か忘れてない?」


 隣に座っていたニナが、不敵な、どこか暗い笑みを浮かべながら、懐から大量の羊皮紙を取り出した。


 ――ゴルドーから買い占めた、あの『復金10,000枚』の束である。


「え」


「パルーマを出るまでは我慢してあげてたけどね? 王都までの道のりは馬車で丸三日……長旅だよねぇ?」


 ニナはじりじりと俺との距離を詰め、悪魔のような笑みを深めた。


「復金10,000枚分の『膝枕権(15分×666回=約166時間)』! 移動時間を使って、今からイッキに消化させてもらうからねぇぇぇッ! ドゥヘヘヘヘ!」


「ひっ……!?」


 バシィッ! とニナが俺の太ももにダイブしてくる。


「あ、膝が! 膝の皿が割れる! ニナ、一日15分って約束だろ!?」


「買い占めたのはウチだもん! 権利の行使タイミングは買い手が決めるの! はい、お兄ちゃん動かないでね! 166時間耐久膝枕スタート!」


「嫌だああああああッ! 膝が痺れる! 助けてぇぇぇぇぇッ!!」

 逃げ場のない超密室の馬車の中で、俺の悲痛な絶叫がむなしく響き渡った。


◇


 そして――三日後。


 両膝の感覚を完全に失い、ボロボロの生ける屍と化した俺は、命からがら王都の居城へと辿り着いた。


(は、はは……膝が死んだが、これでレオンを東部へ追い払えば、平和なお昼寝が戻ってくる……!)


 俺は執務室へ到着するやいなや、待ち構えていた騎士団長レオンを呼びつけた。


「聖王陛下! パルーマより無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます! しかし陛下、しかるべき指導者を置かずに東部を引き揚げてこられたとは、いささか軽率では――」


 俺はそれを手で制し、重厚感あふれる声(のフリ)で言い放った。


「レオン騎士団長。お前を……新たな『東部総督』に任命する。パルーマを含む東部全域の軍事・行政の全権を、お前に委ねる」


「――な、何とおっしゃいましたか!?」


 レオンが目を見開いた。驚きでその厳めしい顔が強張る。


「陛下! 滅相もございません! 私は武骨な一介の軍人にすぎず、剣を振るい兵を率いることしか能のない男! このような混迷を極める東部の復興や、高度な経済・行政の舵取りなど、とても務まるものでは……!」


「大丈夫だ、レオン」


 俺は引きつった笑みを隠しながら、机の上に『パルーマ復興&市場運用マニュアル』の控えをドンと置いた。


「難しい経済の計算をする必要はない。復金の管理手順も、公認市場のルールも、すべてそこに記してある。お前の仕事は、そのレールの上でお前が信頼する兵と役人を走らせ、帝国に対する鉄壁の補給基地を作り上げることだ」


「し、しかし……」


「レオン。帝国の脅威に対抗できるのは、武力だけでも、経済だけでもない。武人でありながら、誰よりも規律を重んじ、臣下や兵からの信頼が厚いお前にしか、この東部総督の重責は務まらないのだ」


(ついでに、王都でお前の小言を聞かずに済むし、面倒くさい最前線の防衛も全部丸投げできる! さあ、早く東部へ行ってくれ!)


 俺の切実な願いが届いたのか、レオンは固まったように動かなくなった。


 やがて、その太い眉が激しく震え、目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。


「〜〜〜〜〜ッッ!!」


 ドガァンッ! と床が鳴るほどの勢いで、レオンは両膝をつき、頭を床に擦り付けた。


「聖王陛下……! なんという……なんという深謀遠慮! 単なる武人にすぎぬ私をそこまで高く評価し、国防の命運を託してくださるとは……っ! しかも、内政に疎い私でも滞りなく統治できるよう、最初からすべての仕組みを『レール』として完璧にお膳立てしてくださっていたとは……!!」


「え、あ、うん。まあね」


「このレオン! 命に代えましてもこの東部を守り抜き、陛下の敷かれたレールの上を全速力で駆け抜けてみせますッ!!」


(よしっ!! 説得完了! 面倒な後始末と防衛の重責、完全丸投げ成功だーッ!!)


 俺が内心でガッツポーズを決めた、まさにその瞬間だった。


「――陛下ぁぁぁぁぁッ!! お戻りをお待ちしておりましたぁぁぁッ!!」


 執務室の扉が豪快に弾け飛び、王都の留守を預かっていたギルバートを始めとする経済官僚たちが、白目を剥いて狂乱しながら走ってきた。その手には、天井に届くかと思われるほどの書類の山が抱えられている。


「な、なに!? 今度は何!? 王都で闇市でも発生したの!?」


「違います! 陛下がパルーマで編み出された『イモ本位制』『復金による流動性創出』、そして『特区による市場再編』の手法……あまりに見事だと全土の領主と中央官僚に伝わり、大絶賛の嵐にございますッ!」


「……は?」


「つきましては! 我が国の長年の課題であった『王都本国の巨額な財政赤字』を解消するため! 経済省総出で『王都版・復興&経済改革案』を作成いたしました! さあ陛下! パルーマと同じ天才的采配で、この書類の山に許可のサインをいただき、王都の経済も改革していただきとうございますッ!!」


「……」


 ドサドサドサッ!! と目の前に積み上げられる、絶望的な量の書類。

 手抜きのために作った仕組みが優秀すぎたせいで、自爆する形で王都にさらなる巨大な内政地獄が爆誕生していた。


「……僕の平穏なお昼寝ライフは……どこ……?」


 膝の激痛と、終わらない労働の絶望に挟まれ、俺の意識は静かに暗転していくのだった。

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