第十五話:パルーマ経済狂騒曲 〜イモと膝枕と復興票〜
「う……うわあああああああッ!! 俺の平穏がああああああッ!!」
あまりの事態に、俺は白目をむいてソファへと倒れ込んだ。
数千人の怒れる作業員。
空っぽの金庫。
消えたパン屋。
そして、破綻した「平和なお昼寝計画」。
(……ひ、被害を最小限に抑えつつ、時間稼ぎをする方法……!)
白目をむきかけていた俺は、藁にもすがる思いで頭をフル回転させた。
金を払えないなら、金の代わりになる『何か』を渡して誤魔化すしかない。それも、俺の懐が痛まず、城の作業場で今すぐ量産できる紙切れ……。
「……紙だ」
「は、はひ?」
俺はガバッと跳ね起きると、執務室の机から大量の羊皮紙を引っ張り出した。
「大蔵官! 城にある羊皮紙を小さく裁断し、俺の署名と印章を捺せ! 明日からはその紙切れを給料として配る! 名前は……そうだな、『復興票』……略して『復金』だ!」
「な、紙切れを給料代わりに!? そんなもの、作業員たちが納得するはずが――」
「納得させるんだよ! 『港が完成して貿易が再開した暁には、この復金と引き換えに本物の金貨・銀貨を支払う』と俺が保証する! つまりこれは、俺たちの『信用』を担保にした一時的な地域通貨だ!」
……まあ、ぶっちゃけただのツケ払いなんだけどね。
港さえ完成すれば関税で本物の金が入ってくる。それまでの時間稼ぎだ。
「し、信用創造による地域通貨の発行……!?」
部屋の隅で黙って聞いていたセシリアが、青ざめた顔で絶句し、次の瞬間にはその蒼氷色の瞳を極彩色の熱量で輝かせた。
「なんという大胆にして緻密な経済政策……! 現金という実体を超越し、『ラインの絶対的信用』そのものを通貨として流通させ、死に絶えた市場に強制的に流動性を生み出すというの……!?」
「え、あ、うん。まあそんな感じ」
(よしよし、セシリアが勝手に高度な経済理論として解釈してくれてるぞ。これで給料未払い暴動は回避――)
「でもねお兄ちゃん!」
パンッ! と勢いよく机を叩いたのはニナだった。真剣そのものの表情で俺に詰め寄ってくる。
「ただの紙切れじゃ、作業員さんたちも『本当に価値があるのかな?』って不安になっちゃうよ! 復金には、もっと『誰もが喉から手が出るほど欲しい絶対的な価値』を裏付けとして付与しなきゃダメだよ!」
「絶対的な価値……? だから、港が完成した後の現金引き換え保証が――」
「甘いよお兄ちゃん! 庶民はもっと目に見える『欲望』に弱いの!」
ニナは不敵に微笑むと、羽ペンを猛然と走らせて羊皮紙の裏面に何かを書き込み始めた。
「というわけで、復金の裏に『特別特典』を印刷します!
【復金100枚:ラインお兄ちゃんの膝枕権(15分)】
【復金500枚:ラインお兄ちゃんの添い寝権(一晩・添い寝のみ)】
これで作業員たちのモチベーションは爆上がり!ウチはお兄ちゃんの添い寝であんな事やこんな事を……ドゥェヘヘヘヘ!」
「正気かお前バカじゃないの!!???」
俺は執務室の天井を突き破るほどの声で絶叫した。
「なんで俺の身体が換金アイテムになってんだよ! 俺はただ静かに寝たいだけなの! 見知らぬ工事現場のゴツいアニキに添い寝されたら俺の精神が崩壊するわ!」
「何を言っているのですかニナ殿!!」
さらに恐ろしいことに、セシリアが悲壮感あふれる顔で割り込んできた。
「陛下の膝枕や添い寝など、一国の王としてあまりにも尊厳を損なう破格の過剰大サービス! 復金500枚など安すぎます! 【添い寝権は最低でも復金10,000枚】、かつ【発行枚数は限定1枚】にするべきです! でなければ経済の暴騰が起きます!!」
「そこじゃない! 経済の心配をする方向性が狂ってるだろセシリア!?」
「いいえセシリアさん!」
ニナが鋭い眼光でセシリアを睨みつける。
「枚数を絞りすぎたら作業員の手に届かなくなって復金の価値が下がっちゃうでしょ!? むしろ枚数を増やして、市場に流通した『添い寝権』を私たちで買い占めることで、復金の価値を爆上げさせるのが筋だよ!」
「なんですって……!? 復金を市場から買い占めて、陛下の添い寝権を独占する作戦……!? くっ、ニナ殿、そこまでの経済的危機を計算に入れて……!」
「待て待て待て!! なんでお前らまで『俺の添い寝権』を巡って国家の存亡レベルの通貨戦争を始めてんだよ!!」
白熱する二人の議論に、俺の胃はギリギリと悲鳴を上げた。
このままだと、俺の身体と睡眠が国家の通貨基準(ライン本位制)に組み込まれてしまう。それだけは死んでも阻止しなければならない。俺の平穏なお昼寝ライフが、物理的に奪われてしまう!
「……分かった! 復金の裏付けになる『絶対的な価値』は別のものにする!」
俺は二人を制し、重々しい口調で言い放った。ハリウッド映画の主人公ばりの、命を懸けた真剣な眼差しで。
「いいか……人間が真に欲するのは、性欲や名誉などという浅ましいものではない。『真の味覚』だ」
「「真の味覚……?」」
ニナとセシリアが息を呑む。俺は自分の懐から、昨日採石場の近くで拾ってきた一つの野菜をドスンと机に叩きつけた。
「そう……『蒸しイモ』だ」
「「……はい?」」
「復金1枚につき、城の厨房で一番美味しく蒸し上げた『ホクホクのイモ1個』との交換券とする! いいか、イモだ! ネットリ系ではなく、水分を適度に含んだ甘みの強いホクホク系の最高級イモだ! これ以上の価値がこの世にあるか!!」
俺は本気だった。
パンが消えた今、街で最も価値を持つ炭水化物……それはイモ。そして何より、俺自身が大のイモ好きであるという揺るぎない美学。イモのためなら俺は国だって動かす。
「イモの蒸し加減一つで、人間の幸福度は天地ほど変わる! 復金の価値は、このイモの仕上がりによって担保されるのだ!!」
熱弁を振るう俺。
執務室に、重々しい静寂が訪れた。
大蔵官が震える手で眼鏡を掛け直し、セシリアが、ニナが、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「……す、素晴らしい……」
セシリアがボロボロと感動の涙を流し始めた。
「『食糧難の街において、絶対に腐らず、誰もが欲する最高品質のイモを本位通貨とする』……! 陛下の添い寝という至高の栄誉を温存しつつ、民の生存本能に直接訴えかける、完璧なる『イモ本位制』の確立……!!」
「お、お兄ちゃん……! 添い寝券を諦めるのは悔しいけど、確かにホクホクのイモなら現場の作業員さんも絶対に大喜びだよ……ッ!」
「(よしっ……!! 俺の添い寝権は守られたし、大好きなイモで誤魔化せた!!)」
俺は心の中で強烈なガッツポーズを決めた。
自分のズボラさとイモ愛が、見事に噛み合ってピンチを切り抜けたのだ。完璧だ。これで俺の平穏なお昼寝ライフは約束された。
――そう、胸を撫で下ろしていた。
だが、俺はまだ気づいていなかったのだ。
翌日、発行された『復金』を手に取った現場の作業員たちが、
「イモと交換できる紙……だと……!?」
「おい見ろ! 裏面に『復金10,000枚で領主様の膝枕権(15分)』ってセシリア様の直筆で極小の手書き注記が書いてあるぞ!!」
「なんだとぉ!? 膝枕だァ!? おい野郎ども、命を懸けて働くぞオオオオッ!!」
……と、セシリアが暗躍してこっそり書き足した「膝枕権」のせいで、パルーマ港の作業効率が通常の10倍に跳ね上がり、パルーマの経済が狂気の熱狂に包まれることになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかった。




