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マダムとダディ

 紅茶とクッキーを用意してソファーの前にあるテーブルに置くと深く腰を掛け、リラックスしながら新刊のラブコメ漫画に手を付ける。

 今日は日曜日で学校もなく、私達への任務もほとんどない。

 暖かい季節から暑い季節に変わる時期、私の脳裏によぎるものが心を動かす。

 そう、それは夏のラブコメである。定番のプールや海でのラブコメから肝試しや夏祭りといった王道まで多種多様、夏にはラブコメが満載なのである。

 そんな事を考えながらラブコメ漫画の1ページを開くと、必ずやと言っていい程目にするイベントがあるの。

 それは水着を買いに行くイベント。ほとんどがこのイベントを介して恋に落ちていく。

 (はぁ、何度このシチュエーションに思いを馳せたか分からないわ。はぁ素敵・・・胸がドキドキする)

「ねぇダディ!」

 急に何かのスイッチが入ってしまった私は、声を荒げ彼を呼んでしまう。

「どうしたんだマダム?」

「ああ、ごめんなさい急に声を張りあげてしまって。私は今猛烈にドキドキして体が熱いの」

「おいおい、まだ朝だぞ?夜まで待てないのか?」

「ち、違うわよ!胸の高鳴りが抑えれないだけよ」

「ちょっと話を整理してくれよ?何の事を言ってるか分かんないぞ?」

「あっ!もしかして肝心な事言ってなかった?」

「ああ、気持ちだけ伝えられたから俺はてっきり、「今から・・・」的な感じなヤツかと思ったぞ?」

 (そんな感じに見えたなんて・・・は、恥ずかしい・・・)

「気づいたか?」

「う、うん。かなり恥ずかしい・・・です」

 (顔を赤くして恥ずかしがってるマダムも良いな。キュンキュンしてしまう)

「じゃあ肝心な事教えてもらっていいか?」

「ふぅ」

 テーブルに置いた紅茶に口を付け、渇いた口を潤し彼に肝心な事を伝える。

「ダディ、私は新しい水着が欲しいの、買いに行きましょ」

「はは、先に言えよ。あんな事言われたら俺でもドキッとするよ」

 そう言って私の横に座り、強めに私の頭をワシャワシャと撫でてきたけど、これは彼の愛情表現のひとつ。

 普段は冷静なダディも、私と二人きりの時は意外と恥ずかしがり屋な顔も見せる。

「チュ」

「おい!水着買いに行くんじゃないのか?」

 (口調を荒くしてもその顔を見れば照れてるのはバレバレよ)

「もちろん買いに行くわよ!」

「いざ!ショッピングモールへ!」

「何だよ、その訳わかんないタイトルみたいなのは?」

「こういうのがあった方が、それっぽくなるでしょ?」

 (確かに、って言いたいが、それをリアルと混同させるのはマダムだけだろ)

「仕方ない、愛するマダムの為だ。行くとするかショッピングモールというマダムの心を突き動かす所へ!」

「それはちょっと大袈裟じゃない?」

「せっかく乗ってやったのに、それは無いだろ!」

「ちょっと重いわ」

 (くっ、いっそ地の果てに飛ばしてくれ)

 暑いのが苦手な私は、プリーツスカートにニットベストを着て少し大人っぽさを出してリビングでダディを待つ。

 ダディは寝起き全開だから寝癖直しに時間がかかってるみたい。

「マダム、帽子忘れてるぞ?」

「ありがとう。その麦わら帽子気に入ってるのよ」

 ダディは、いつものようにバケットハットとTシャツに丈の短いスラックスを着ている。彼も私に似て暑がりだから仕方ないわね。

「行きましょ」

 私の裏切りによって心にダメージを負いながらも、ダディはマンションの駐車場まで私をエスコートしてくれる。

 ダディが運転する姿は絵になる。右手でハンドルを握り、左手でシフトレバーを軽く添えている。左足でクラッチを踏み、シフトレバーをトップギアに切り替え、クラッチを踏んだ足を上げる瞬間のタイミングでアクセルを踏み込む。いちいち色んなレバーやペダルを踏むんだりするのは面倒じゃないかと、ずいぶん前に聞いたことがあったけど、1時間程熱く語らいを聞かされたので聞かないようにした。なにより彼が好きならなんでも良い。

「ブォーン」とエンジンの回転数が上がり一気に加速して行くオープンカー。今ではあまり見ないマニュアルトランスミッション車を粋な振る舞いで運転する彼の姿はうっとりさせる。こんなカッコいい彼がラブコメ好きだとは誰も思わないだろう。側から見れば私達カップルは目立つぐらいのベストカップルだと思う。

 (ラブコメに影響され過ぎだけど・・・)

「レイ、着いたぞ」

 駐車場に車を停める時に、体を半身にして後ろを見る彼の横顔は、いつ見てもドキドキする。彼は無意識なのだろうけど、その斜め60度ぐらいの横顔は最高にイケメンなの。

「ありがとうライト」

 私達は、普段二人の時はマダムとダディと呼び合っているが、こういった人目のある所では、レイとライトと呼び合ってる。

 都心部より少し離れた海岸沿いに位置するショッピングモールは、丸一日いても回りきれない。フードコートも充実していて家族客やカップルなんかもにも人気だ。

 久しぶりにこういう所で過ごして溜まったストレスを発散出来ればいいと思う。まぁ何より楽しくデート出来れば私はそれだけでも満足よ。

「ライト、今日はデートなんだから手を繋ぎましょ」

「ああ、いいよ。じゃあレイは、普通に手を繋ぐのと恋人繋ぎどっちがいい?」

 (そんなの聞くまでもないでしょ!)

 何も言わずに彼の手の平と自分の手の平を合わせ、指を絡ませるように交互に合わせる。ほんのり汗ばんだ手は恥ずかしい気持ちも少なからずはあると思う。

「じゃあ行こうか?」

「ええ目当ては水着だけど色々回りましょ」

 (フフ、自分から手を繋ぐなんて、えらく機嫌が良いみたいだな)

「ライトは何か買うの?」

「そうだな、せっかく来たんだから帽子とラッシュガードが欲しいかな。去年はラッシュガードを着ずに海に入ったら日焼けが酷くてな」

「日焼け止め塗れば良いじゃない?」

「そうなんだが、ヌルヌルしててあんまり好きじゃないんだ」

「サラサラなのもあるわよ?」

「うーむ、やっぱりラッシュガードの方が良い」

「日焼け止めが嫌なら、私に塗ることは出来ないわね」

 (くっ、俺が密かに好きなシチュエーションを奪うつもりか?)

「それは問題ない、手を洗えばいいだけだ」

「そんなに塗りたいの?」

 わざとらしく彼の耳元で囁きかけると、顔を赤くして慌てるのも分かっている。

「ば、馬鹿、外でそういう事言うなよ」

「フフフ、冗談よ。今年もよろしくね」

 (ったく、俺の心を見透かした感じで言うなよ)

 各ブースには色んなショップが入っていて、大きな円を描くようにショップが並んでる。ウインドウ越しに飾られた帽子と彼を頭の中で重ね合わせるが中々イメージとは合わない。被ってしまえば分かることだけど、彼はあまり店に入らたがらない。あんまり試着とかは好きじゃないみたいでインスピレーションで買ったり、ほとんどが私の選んだものを着ている。

「ライト貴方に似合いそうな帽子あるけど入る?」

「うん?アレか?」

「ええ、あのハンチング帽なら貴方の着てるスーツとかにも合うはずよ?」

「そうだな、レイが言うなら間違いないだろう」

「じゃあ入りましょ」

 ショッピングモールだと人混みが凄く店に入っても店員さんの出迎えもない。あっても「いらっしゃいませ」の一言ぐらい。ショッピングモールでも敷居の高い店は、色々エスコートしてくれるが、あっても無くても私は気にしない。

「あったわ。被ってみて?」

「ああ」

 帽子を被った彼は、鏡で正面とサイドからの角度を気にしながらチェックする。選んだ私に気を遣ってこういう行動は必ずしてくれる。

 (やっぱり似合うわね。っていうか、何でも似合いそうな気がするわね。)

「良いなコレ。黒だけど雰囲気も重くないし、メッシュだから熱さも大丈夫そうだ」

「色違いのグレーもあるけどどう?」

「グレーも悪くはないけど、黒の方が良さそうだ。コレにするよ」

 (私はグレーも良いと思うけど、ライトが気に入ったなら黒ね)

「じゃあ、私が買ってくるから外で待ってて」

「ああ」

 (相変わらず優しいな。俺が人混みが好きじゃないのを分かって先に出ててって言ったりしてくれる。)

「お待たせ、次は何処行く?」

「そうだな少し喉が渇いたからカフェでも入るか?何かSNSでは評判の店があるらしいぞ」

「知ってるわよ?海岸沿いのカフェでしょ?行きたいと思ってたの」

「ああ、何かそんな感じだったよ」

 そのカフェに行く途中アクセサリーショップの前を通ると聞いたことのある声が私の歩みを止める。

「そんな高いのいいよー」

「付き合った記念に何か欲しいって言ったの織姫さんじゃん」

 (んっ?この声は織姫ちゃん達ね!)

「でも高いし・・・」

「織姫さんに絶対似合うって。それに可愛いって言ってたじゃん」

「店員さーん、コレ下さい」

 (中々男らしいとこ見せるわね。織姫ちゃん諦めて買ってもらいなさい)

「ち、ちょっと」

「はい、こちらのネックレスですね」

「はい」

「彼女さんに、とても似合われると思いますよ。せっかくなので着けて見ます?」

「はい、着けてあげて下さい」

「もう!」

 (怒ってる感じだけど、顔は嬉しそうよ。フフフ)

「どうですか?」

「うん、めっちゃ似合ってるよ」

 (はうぅっ!こんな所でキュンキュンさせないでよ!)

「もう!」

「このネックレス着けたままでいいですか?」

「かまいませんよ。ではこちらへ」

「あ、ありがとう。大事にするね」

 (ダメ、もう無理よ。早くこの場を去らないとキュン死しちゃうわ)

「行くぞレイ」

「はっ!ライト!」

「任務の後は干渉しないんだろ?」

「そ、そうね行きましょ」

 (あの二人付き合ったみたいだな。素直に嬉しいよ)

 ライトも二人のイチャイチャが恥ずかしかったのか、帽子を深く被って照れくささを隠してる。

「レイ早く行こう、暑くて喉がカラカラだ」

 (フフフその暑いは、「熱い」でしょ?)

 私達のちょっとした手助けで報われた恋の行方は気になるけど、私達はあくまでも陰。あの二人が幸せならそれだけでいい。と格好がいい事を思うけれど、やっぱりラブコメシチュエーションは大好き。あんな素敵なもの見せられたら早く任務にありつきたくなる。

「フフフ、心ここに在らずって感じだな。俺とのデートも楽しんでくれると嬉しいんだが?」

「ごめんなさいライト。あの二人が付き合えたのが嬉しくてね。」

「まだまだデートは始まったばかりだ、良いもの見れたし俺達も楽しもう」

「うん」

 ライトは私が違うとこに進もうとすると、こうやって言葉で教えてくれる。ちゃんと私の横に居て合わせて歩いてくれる。そんな彼と歩いてるだけでも嬉しくて、はにかんでしまう。

「何かご機嫌な顔してるけど、どうかしたか?」

「なんでもなーい」

 (そんな嬉しそうな顔してるのに何にもないわけないだろ?)

 私は、心の内は言わずに彼に笑顔を向けるだけにした。

「やっと着いたな。流石に入り口から最奥までの海岸だとかなり距離があるな」

 ナチュラルな雰囲気の店内に入ると中央にテーブル席があり、それを囲うように海を見渡せるテラス席が広がっていた。

「凄いオーシャンビューね、天気が良いから向こうまで見渡せるわ」

「そうだな、とりあえず飲み物買ってくるから席取っといて」

「私カフェオレにクリームが乗ってるヤツがいいわ」

「分かった」

 (ほんとに見渡す限り海ね、波が太陽の光でキラキラしてていつまでも見てられるわ)

「ねえ、お姉さん一人?」

 (はぁー、せっかくの気分が台無しじゃないの!普通こんな所で声とか掛けてくる?)

「何?ナンパ?」

「いやー背中が寂しそうだったから声掛けただけ。」

「横いいかな?」

「向こうに空いてる席あるから、そっちに座れば?そこは私の彼氏の席よ」

「じゃあ彼氏来たらアッチに行くよ」

 (ウザイ、ウザイ、ウザイ)

「あのね?」

「何?」

「せっかく人が景色眺めて楽しい気分になってんのに邪魔しないでもらえない?」

「えっ?」

「ええ、かなりウザイのよ貴方」

「喋るのも疲れるし無駄な体力使いたくないの?」

「チッ」

 私の塩対応でかなりご機嫌ナナメなナンパさんは、イラつきながらも喋りかけようとしてくる。ほんと空気の読めないヤツの相手は面倒だわ。

「はぁー、ちょっと離れたら直ぐに変なのがよってくるな。買ってきたよレイ」

「そこ俺の席なんだわ。退いてくれないか?」

 私はよくこう変なのに絡まれる。一人だと特に寄ってくるから対応には慣れてるけど、ライトはこういうのが大嫌いだ。たぶん相当お冠だと思う。

「何処に座ろうが俺の勝手だろ?」

「そうだな、お前の言う通りだな」

「レイちょっと立ってくれるか?」

 (えっ?何するつもり?)

 私を立たせ其処にライトが座り膝の上に私を座らせると、ナンパしてきたヤツに彼が言う。

「こいつは俺の女だ。お前には似合わない」

「それとも今からイチャイチャするのを横で見たいのか?」

 普通なら怒ったりするけど、彼はそんな事はしない。

「んっ」

 わざと相手の方を向き、膝に乗る私の唇に彼は唇を重ねてきた。

「もう、さすがに恥ずかしいわよ」

「はは、ごめんレイを見てたらキスしたくなった」

「でもこのカフェから見る景色は凄いな、ずっと見てられるよ」

「でしょ?」

「ああ、飲み物も美味しいから、また来たいと思うよ」

「で、君はまだ俺達のキスシーンを見たいのか?見たいなら何度でも見せてやるが?」

「見たいわけないだろ!」

「カラーン」

 店の扉が開き新しい客が入ってくると、その客もこの景色に圧倒されている。

「凄え!めっちゃ綺麗だよ!織姫さん」

「もう、恥ずかしいから大っきな声出さないでよ」

「はは、ごめん。あそこのテラス席空いてるから、あそこに座ろうよ」

 彼氏君が私達の左側の席を見つけ織姫ちゃんを誘う。私は恥ずかしいながらも、彼女達から目を離せずにいた。

 (こ、こんな近くに尊い存在が来るなんて)

「ライトこのままじゃさすがに恥ずかしいわよ」

 小声でライトに話すが彼は降ろしてくれず、ニヤニヤしながら私の顔見つめる。

「だって隣が空かないから仕方ないだろ?」

「私がコッチにズラすわよ」

「ダメだ、あの子達が座れない。諦めろ」

「すいません、ここ空いてますか?」

 (織姫ちゃん・・・なんて可愛いのよ!)

「ああ、大丈夫だよ空いてるよ」

「彼女さんの席じゃないんですか?」

「はは、レイの席は俺の膝だから大丈夫だ。気にしないで」

 (ライトったら降ろす気ないわね!)

「じゃあ失礼します」

「じゃあ飲み物買ってくるよ!何がいい?」

「私あのストロベリーのやつがいい!」

「分かった買ってくるよ」

 (彼氏君いい子ね)

「あの、ほんとうにこの席座ってよかったんですか?」

「フフいいわよ、ほんとは今私が座ってる所が私の席で隣の席が彼の席なの。彼が居ない間に取られちゃったのよ」

「えっ?そうだったんですね、でも今空きましたよ?」

「あら本当ね、ライト隣にズレてよ。このままはさすがに恥ずかしいわ」

「はは分かったよ。って言うかそろそろ俺達も行くか?」

「そうね、行きましょ」

「貴方達お似合いのカップルね」私は織姫ちゃんの耳元で囁くと彼女は恥ずかしそうに照れて下を向きながら小さい声で「えっ?あっありがとうございます」と呟いた。

 私は店を出ると彼女の尊さに力が抜けライトにしがみつく。

「おいおい、大丈夫か?」

 (ダメ、推しが尊すぎるわ)

「もうレイの体力が残りわずかだな。さっさと水着買って帰るぞ」

「ええ、もう一度あの子達に遭遇したら私はチーンよ」

 (語彙力まで影響が出てやがる。かなり重症だな)

 私は引きずられるようにライトに引っ張られ、ショップへと連れて行かれる。普段なら店に入りたがらないライトも私の壊れっぷりが心配なのか、店の中まで入ってくれた。壊れながらも水着の選択は完璧で一瞬で買い物を済ませる。そしてライトもその店でラッシュガードを買い、逃げるように駐車場まで駆けていく。その姿は、先程のカフェでの格好良さは微塵も感じられず、ただ情け無い姿であった。

 織姫ちゃん達の事は気にはなるけど、私の精神が持たない事で、買い物は終わりを告げた。

 (はうぅっ!あの二人一生推せるわ!)

 

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