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第49話 里に響く名

 案内人に導かれ、俺たちは木の幹をくり抜いた客間へ通された。壁は苔と花で覆われ、光苔がやわらかな灯を放っている。素朴だが温かい果実の盛り合わせと、草の香りがする温かい飲み物が卓に並んでいた。


 腰を下ろすと、ようやく一息つける。だが空気は落ち着かず、みんなの視線は自然と俺に集まった。


「なぁシン、あの導き手……いきなり抱きついてきたけどよ。お前、知り合いか何かか?」レオンが腕を組み、遠慮のない声を投げてくる。


「“特別な関係”でもなきゃ、あんな真似しないでしょう?」ソフィは冷ややかに言い放った。棘のある声音が卓の上に落ちる。


「……まるで、待っていたみたいだった」リィナがぽつりと呟いた。


「……シン?」エラがそっと袖を握ってくる。


 俺は喉に言葉を詰まらせ、曖昧に首を振った。はっきりと答えられるはずもない。


 そのとき、戸口が音もなく開く。銀の髪が光を受け、導き手が立っていた。厳格な表情を湛えたまま。けれど、視線が一瞬だけ俺に触れたとき、琥珀の瞳にやわらかな色が差した。


「……支度が整った。客人を迎える宴が用意されている。こちらへ」


「宴!?」レオンが目を丸くし、思わず声を張った。

「……急すぎるわね。何を企んでいるのかしら」ソフィが皮肉を混ぜる。

「でも、歓迎の意だとしたら断るのは失礼よ」リィナが慎重に言葉を探す。

エラは小さく瞬き、俺の袖をきゅっと握った。


 俺も一瞬、耳を疑った。さっきまで張り詰めた空気しかなかったのに、今度は宴だという。

 戸の外からは、笛の音とざわめきが確かに流れ込んでいた。


 ――どうやら、本気らしい。


 導き手のあとに続き、俺たちは回廊を抜けて広場へ出た。夜の里は、光苔と吊られた木灯が星の道みたいに連なり、枝の高みでは風鈴草がかすかに鳴っている。苔の輪に囲まれた円い空間の中央には、白い石が四つ、風の通りに合わせて据えられていた。


 里人たちはすでに集まっていた。笛と弦が重なり、樹皮に刻まれた太鼓が低く鳴る。盆には森の果実と焼き根菜、香り草を漬けた淡い酒。子どもたちの笑い声が駆け抜け、大人たちは慎み深く目礼を送ってくる。


 導き手は苔の輪の内側に一歩進み、静かに両手を下ろした。気配が、音より先に場を鎮める。


「――森は聞いた。結界が揺ぎ、境が開かれる音を。風は言う、『四つを返す者がある』と」


 さざめきが遠のく。導き手の声は高くはないが、広場の端まで届いた。


「外から来た客人を、森は拒まなかった。ならば私たちもまた、迎え入れるのが理だ」


 視線がこちらに向けられる。琥珀の瞳が、俺を射抜いた。


「――彼は“還り人”。そして私は、千年前に共に旅をしたノイルだ」


 レオンは呆気にとられたように口を開けたまま固まっていた。

「千年前って……冗談じゃねぇだろ」


 ソフィは盃を静かに置き、目を細める。

「つまり――“伝承”に残る人物が、まだ生きていると?」


 リィナは声を失い、両手を胸元に重ねて琥珀の瞳を見つめていた。

エラは状況を理解できず、ただ俺の袖をぎゅっと握って離さない。


 胸の奥が熱くなる。やはりノイル――俺の知る仲間だったのか。喜びと同時に、なぜか戸惑いがこみ上げる。記憶にあるのは“少年”の姿。だが今、目の前にいるのは凛とした女性だった。


「……お前、女だったのか?」思わず声が漏れる。


 導き手――ノイルはわずかに目を細め、ふっと笑った。

「やっぱりそう思っていたのね。でも、私は最初から女だったのよ」


 広場の空気が一瞬揺れ、里人たちの間から小さなどよめきが広がった。


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