第50話 千年の約束
レオンが頭をかきむしり、大きくため息をついた。
「なぁ……情報量が多すぎて、正直ついていけねぇぞ。千年前だの、旅をした仲間だの……どうなってんだ?」
ソフィは盃を指先で転がし、鋭く切り込む。
「つまり――千年前に魔王を討った“勇者”が、還り人で……それがシン、そういうことなの?」
ノイルはゆるやかにうなずき、迷いのない声で答えた。
「――そのとおりよ」
「……っ!」リィナは息を呑み、レオンは、驚きのあまり声を張り上げた。
「お、おいおい! じゃあやっぱり……シン、お前がその勇者本人ってことか!?」
里人たちの驚きと畏敬の視線が一斉に俺へ注がれる。
「勇者が還ったのだ……」「森がそう告げている」――ざわめきが広場を包んだ。
胸の奥が熱くなる。だが同時に、鋭い違和感が心を突き刺す。
――違う。俺は勇者なんかじゃない。
千年前に戦ったのは事実だ。だがそれは、この世界で生きたからじゃない。
ただのプレイヤーとして、画面の向こうで遊んでいただけだ。
勇者は物語に用意された役割で、俺自身じゃない。
けれど、彼らは本気でそう信じ、俺を“本人”として見ている。
その時、ノイルが一歩近づき、人々に聞こえぬほどの声で囁いた。
「……シン。ようやく会えたわ」
胸が大きく波打つ。懐かしさと戸惑いがせめぎ合い、声が出ない。
「……どうしてだ。お前は、どうして千年も――」
ノイルは一瞬目を伏せ、そして小さく微笑んだ。
「……リアーナとの約束よ」
その名を聞いた瞬間、息が詰まる。脳裏に浮かぶのは、かつて共に旅した少女の姿。勇敢で、優しくて、そして主人公にとって特別な存在だった仲間。
「彼女は言ったの。いつかシンが再び現れる。その時は、必ず導いてあげて――と。
だから私は生き続けた。森と共に、ここで……ただその約束を守るために」
胸の奥が熱くなる。リアーナが……そんな言葉を残していたのか。
俺は勇者なんかじゃない。ただのプレイヤーだったはずだ。
けれど、彼女は確かに俺の名を託し、ノイルは千年を越えて待ち続けていた――。
その瞬間、笛の音が高らかに夜空へ伸び、太鼓が地を震わせる。
里人たちのざわめきは歓声へと変わり、祝祭の幕が切って落とされた。
「――宴を始めよう」
ノイルの声に応じ、木の盆が次々と運ばれてくる。
焼かれた根菜の甘い香り、果実酒の鮮やかな色、香草を煮込んだ湯気。
レオンは杯を一気に飲み干し、ソフィは香りを吟味しながら目を細め、リィナは里人へ丁寧に礼を述べていた。
エラは俺の袖をつまんだまま、小さな花冠をかぶせられ、照れくさそうに笑った。
音楽と歌声が渦を巻き、森の夜は祝祭の灯に包まれていく。
ただ一人、俺の胸のざわめきだけが、その喧噪から取り残されていた




