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第46話 結界の森

リィナ「わたし、地図を見るから……シンの横でもいい?」

シン「頼む。危ないときは合図を」


 そう決まった瞬間、ソフィの目がわずかに細くなる。すぐに視線を外し、「……了解」とだけ言った。


 俺は歩調を半歩落とし、息を浅くする。足圧と呼吸を整え、匂いと音を散らす。――誰にも気づかれないやり方だ。五人で列を組むのは初めてで、まだぎこちないが、形は歩きながら整っていく。


 榛の立ち木が道の脇に見えてきたとき、レオンが足を止めた。腰袋から細い紐と小さな木片を取り出し、枝に結びつけていく。


「鳴子だ。帰り道の目印にもなる。……よし」


 俺たちは頷き合い、さらに森の奥へ進んだ。


 榛を越えた瞬間、風が変わる。湿り気を含んで重く、葉擦れの音が低い。光はまだ明るいのに、色だけが一段深くなった。森の空気が、ここから先は別の世界だと告げている。


 俺は足音を土に溶かし、影を薄く保つ。道は静かに伸び、鳥の声すら遠い。レオンが前を確かめ、俺の横でリィナが地図を押さえ、ソフィは耳を澄ませ、エラは時おり俺の袖をつまんだ。


 ――チリ、と乾いた音が背後から響いた。


 全員の足が止まる。榛に仕掛けた鳴子だ。だが追うべき足音は続かない。


「……今のは?」リィナが小声で尋ねる。

「風ではない。確かに鳴った」ソフィの声が低い。


 静寂が落ちる。森がこちらを覗くような、薄い圧が背を撫でた。通り過ぎただけ――とも違う。数を測られた、そんな感触。


「気にするな。進むぞ」


 自分のものとは思えないほど硬い声でそう告げ、俺たちは歩みを戻した。


 影が長くなる頃、庇のように枝を張った大樹の下で足を止める。周囲は開け、沢の水音が近い。


「ここだな」レオンが天幕を張り、ソフィが防虫の燻草をくゆらせる。エラは火口を抱え、リィナはひざに地図を広げた。


 火打石が鳴り、小さな焔が橙に膨らむ。輪になって腰を下ろすと、リィナが自然な動きで俺の隣に寄った。肩が触れるか触れないかの距離。向かいでソフィが一瞬だけ視線を落とし、薪を静かにくべる。


「――前にも話したけど」リィナが焚き火の灯りで地図の端を押さえた。「この線までなら何度か来たの。その先は、どうしても進めなかった。結界が張ってある」


 レオンが腕を組む。「明日は、その境まで」

「うん。……でも、シンがいれば、きっと」


 言い切らずに、リィナは小さく笑って地図に印をつけた。ソフィは焔を見たまま「根拠が薄くても、試す価値はあるわ」とだけ言う。エラが干し果物を配り、火の音が夜を刻んだ。


 夜は静かに過ぎ、白い朝が森を満たす。露の匂いが濃い。俺たちは手早く荷をまとめ、北東へと歩を進める。呼吸を整え、気配を散らし続けた。道は相変わらず静かで、光は斑に揺れる。

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