第45話 水の都を背に
朝の光が白壁を淡く照らし、ルシアリスの路地にパンの匂いが流れた。一階の食堂は早起きの旅人でにぎわっている。俺たちは簡単に腹を満たし、テーブルの端で荷を並べて最終確認に入った。
「水袋、二。干し肉と乾パン、寝袋。……よし」
俺が口に出して確認すると、レオンがロープの束を肩に回して見せる。
「ロープは二巻き、杭は六本。天幕一張りに予備綱、あと鳴子。前は俺が歩く」
「薬草は湿気対策に油紙で包んだわ。火口は三つ、塩と酒精も。防虫の燻し草もある」
ソフィは落ち着いた手つきで小袋を仕分けていく。
「地図はここ。昨日の古地図と重ねると、この街の東側で線が合うの」
リィナが羊皮紙を広げ、指で境界をなぞった。
「……おやつ、配るね」
エラが照れくさそうに小さな包みを差し出す。干し果物と砂糖がけの木の実。
「出発の前に甘いの、ちょっとだけ」
「助かる。燃料としても優秀だ」
俺が受け取ると、レオンが笑って肩を叩いた。
「ほらな、甘味は正義だ」
「量は正義じゃないけどね」
ソフィがさらりと刺す。
宿の支払いを済ませ、背負い袋の紐を締め直す。懐に触れると、昨晩の方位磁針がひやりと指に触れた。重さは変わらないのに、意識すると存在感だけが増す。不思議な感覚だ。
城門までの通りは朝市の名残で賑やかだった。屋台の人々が声を張り、子どもが追いかけっこをしている。門前の広場に出ると、東の空気は少しだけ涼しく、草の匂いが濃い。
「隊列を決めよう」
俺が言うと、レオンが頷く。
「先頭は俺。次にシン、その後ろにリィナとソフィ。エラはシンの近く」
「異論なし」ソフィ。
「わたし、地図見るから、シンの横でもいい?」リィナが問う。
「頼む。危ないときは合図を」
門番がこちらに目を向けた。
「大森林方面か?」
「ああ。今日は戻らない。夜営のつもりで入る」
「なら東の榛の立ち木を目印に行け。そいつを過ぎりゃ日帰りはきかん。印を付けろ、風が変わると道が別物になる」
「覚えておく」
エラが俺の袖をそっとつまんだ。
「……あのね、帰りにまた、あのカフェ寄ってもいい?」
「うまくいったらな。約束はできないが、覚えておく」
エラはうれしそうに頷いた。
リィナが地図を畳み、真っ直ぐ門の外を見た。
「――行こう」
俺はうなずいて、懐から方位磁針を指先で確かめる。針は当たり前のように北を指している。……はずなのに、東へ視線を向けた瞬間、ほんのわずかに震えたように見えた。気のせいかもしれない。
「シン?」
ソフィの声に、俺は顔を上げた。
「なんでもない。行こう」
レオンが門をくぐり、一歩外へ踏み出す。俺たちも続いた。白壁の影が短くなり、石畳の硬さが、土の匂いに変わっていく。背後で門の鎖がわずかに鳴り、街のざわめきが遠くなる。
「最初の曲がりで野営地の目安をつける。無理はしない」
「了解」レオン。
「記録、任せて」リィナ。
「警戒は私が先に気づくわ」ソフィ。
「がんばる」エラ。
息をひとつ整える。「――出るぞ」
そう告げて、俺は東の道へ歩を進めた。




