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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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Epilogue.聖女の価値

同日2話投稿の二つ目ですので、ご注意ください。

 十数名だけ生き残った聖騎士たちと共に森を抜けていったエイミィは、数か所設置されていたはずの中継ポイントが完全に壊滅していることを知った。

 いずれも騎士たちの姿は無く、戦闘と血の跡だけが生々しく残っている。

 わずかに残っていた水や食料を回収し、モンスターたちの陰に怯えながら進むこと数日。彼女たちはようやく森の外へと抜け出すことができた。


 幾度かの休憩の間に、エイミィはシロウから返却されたマリィの日記へと目を通していた。

 そこにあったのは教団の醜聞であり、自分が信じていた物の醜さを示す証拠だった。

 最初は改ざんや捏造をも疑ったが、エイミィも知っているマリィの筆跡に酷似しており、また、署名も間違いなく本物だった。


「聖女様……マリィ様は、ご病気で亡くなられたわけでは無かったのね……」


 エイミィの立場はマリィと同じ“聖女”ではあったが、真実と教団が言う正義のただ中で翻弄されていたマリィと違い、エイミィは教団の言いなりに動いているだけだ。

 張り詰めた緊張感の中で綱渡りのように物音に怯えながら森を進む中、日記を見ている休憩時間の時だけは、頬が熱くなるような恥ずかしさを覚え、同時に視界が開けたような気分を味わっている。


 多くの命を犠牲にして、得たものは真実。

 苦い現実を前にして、エイミィは教団本部へと無事に帰れてからのことを考えるようになっていた。

 もう、シロウに対する敵愾心は薄れてきている。

 騎士たちを殺されたことで憎しみがないわけではないが、薄情だとは思いつつもシロウやモンスターたちが自分たちを守るために人間と戦ったという事実は理解できそうな気がしていた。


 暗く、鬱蒼とした森を抜ける間、エイミィは色々と頭の中で考えながらも、何も語らなかった。

 騎士たちも基本的に無言であり、時折エイミィを気遣い、或いは見張りの交代や陣形を作る時に最小限の言葉だけを使う。

 そして、森を抜けたエイミィたちは呆然として目の前に広がる大地を見ていた。

 そこにいるはずの沢山の聖騎士たちの姿が無かったからだ。代わりに、数名の騎士が馬に乗って文字通り駆け付ける。


「エイミィ様! よくぞ……よくぞご無事で!」

「無事……そうですね。私は傷も負っていません、ですが負傷者はおります。それに森の中に用意されていたはずの拠点も……」

「では、他の者たちも……」


 馬から飛び降りるような勢いでエイミィの前に跪いた騎士は、森から出て来た同僚たちが痛々しい表情で首を横に振っているのを見て、がっくりと項垂れた。

 彼の説明によれば、森の外縁に姿を見せ始めた強力なモンスターたちによって森からはじき出されてしまった待機部隊は、戦闘ができない者たちを守るために一時森から距離を取ったらしい。

 そこで野営地を設定しなおしており、こうして巡回の騎士を森の周辺に派遣しては、様子を確認していたという。


「急報を受け、ザガン・フロスト様も野営地にてエイミィ様をお待ちです」

「ザガン様が!?」

「はい。まずは野営地までご案内いたします。さぞお疲れでしょう。さあ、こいつを使ってください」


 手助けされながらエイミィは馬へと乗せられ、代わりに騎乗していた騎士が下りた。彼は轡を取って馬を歩かせ始め、野営地での状況を説明していく。

 森の中との行き来ができなくなり、連絡も不能なってから、すぐにザガンへと連絡が行ったらしい。それは予め決められていたことであり、かなり早い段階で連絡は通ったようだ。

 ザガンはすぐに出発し、昨日の夕刻には到着したという。日数を考えれば、馬車でゆっくり来たというわけでは無いだろう。

馬を乗りつぶす勢いで走らせ、途中の教団支部で馬を乗り換えて来たようだ。


 やがてエイミィの目にも野営地が見えてくる。

 規模が半分程度になったそこには、疲れた顔をして結果を待っている者たちの姿があり、騎士たちは神経をとがらせて周囲を警戒していた。

 一人の男性がいち早くエイミィに気づき、彼女を出迎えるかのようにゆっくりと野営地から歩み出す。


「ザガン様!」

「エイミィ様、良く戻られました」


 胸の中に飛び込んできたエイミィを受け止め、ザガンはやや髪を乱した端正な顔立ちに微笑みを浮かべて彼女を労う。


「お疲れでしょう。すぐに食事を用意させます。それとも、先にお休みになられますか?」

「それよりも、お話したいことがあるのです。あの邪神についてのこと、それとシロウという人物の……」

「エイミィ様。少し興奮なさっておられるようですね」


 そっと彼女を抱きしめたザガンの腕は、少し痛いくらいに力が入っていた。

 エイミィの耳元に口を寄せた彼のささやきは、余人には聞こえない。


「……その件については、他の者たちに聞かれると良くない影響があるかも知れませんので、後程、二人でゆっくりとお話ししましょう」

「で、ですが、教団が抱いている誤解は……」

「誤解などありません。教団が言うことは真実であり、人の出来損ないが言うことなど、真に受けてはいけませんよ」


 ザガンの言葉に反論しようとしたエイミィの首筋に、ちくりとした痛みが走る。

 何が起きたのか、反応する間もなく、彼女の意識は急速に暗闇へと沈んでいった。


「聖女自らが組織崩壊のくさびに成り下がってどうするのか。聖女は教団をまとめ、彼らの視線を操るために居るというのに」


 眠らされ、ぐったりと自らにもたれかかるエイミィの身体を抱えなおしたザガンは、「緊張がほぐれて眠ってしまわれたようだ」と彼女のための天幕へと入り、侍女に手伝わせながらベッドへと横たわらせた。

 そのまま、ザガンはエイミィが握っていた日記を手にして、天幕を後にする。


「一時、撤退する。この周辺に臨時の支部を作り、森の監視を厳重にせよ。日に一度、本部への報告を義務付け、森のモンスターや邪神に動きが無いかを監視せよ」


 命令を下したザガンは、居並ぶ騎士たちの前で悔しそうに歯を食いしばり、泣き出さんばかりの悲痛な表情を見せた。


「諸君が無事に戻れたことを、心から嬉しく思う。そして、君たちのために、そして世界人類のために犠牲になった者たちに感謝を。彼らは勇敢に戦い、森へとモンスターをひきつけてくれた。彼らの高潔なる魂によって、人間は一時の安寧を得たのだ」


 だが、戦いは終わっていない。

 一時の休息を終えれば、また聖女は立ち上がるだろう。その時には、再び力を貸して欲しい。

 そう言って、ザガンは謝意と共に真剣な頼みとして騎士たちに首を垂れた。

 最上位者の一人である彼の誠実な態度に、騎士たちは口々に同意を表明し、剣や槍を掲げて邪神討伐を叫んだ。


 結局、エイミィの希望はザガンによって封殺され、シロウとディエナについて教団内で真実が語られることは無かった。

これにて第一章終了でございます。

ここまでお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。


準備が出来次第、第二章をスタートする予定ですので、

今後ともよろしくお願いいたします。

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