Prologue.蛇のいざない
疲労が原因とみられる体調不良による長期療養。
それが教団の人々及び一般に広報されたエイミィの休養理由だった。しかし実態は全く異なる。
エイミィ自身はいたって健康であり、シロウとの戦いやディエナによる被害を目の当たりにしたことで精神的な疲労はあったが、身体的には何ら問題は無い。
問題だと感じていたのは、ザガンの方だった。
教団に戻ったエイミィは、ディエナやシロウの存在についてもう一度見直そうという意見をザガンに伝えていた。
それを危険視した彼によって、エイミィはほぼ幽閉に近い形で本部の塔に隔離されてしまっている。
むしろその行為がエイミィの疑念を深めることになっているのだが、ザガンはゆっくりと“説得”することで、以前にマリィが祖父からそう言われて教団の存続を最優先させた時と同様にエイミィも操ることができると踏んでいるのだろう。
ザガンは今、教団内で最高の権力を有している。
邪神討伐作戦は継続しているという名目で、聖女不予の状況も合わせてザガンが仮の最高権力者としての地位を守っていた。
「食事です」
「……ありがとう」
「ご気分はいかがですか?」
見張りの騎士が一人、肉や魚、野菜などがふんだんに使われた豪勢な食事が乗ったワゴンを押して入って来た。
口にする言葉はこの数日毎日毎食の度にエイミィに投げかけられる言葉であり、異常が無いかどうかを義務的に確認しているに過ぎない、虚しい台詞だ。
食事だけでは無く、室内も清潔で調度品は高級なものが細部にまで設えてあり、一見して投獄とは程遠い環境にある。
しかし、エイミィはこのままザガンの言う通りに教団を動かして良いとは思っていなかった。
彼に対する好意はまだ残っているが、同時に疑念も生まれてしまった。
「ザガン様は、私を利用しようとした……?」
正確には “利用している”なのだが、エイミィはまだザガンに対して希望を捨てきれていない。その甘さが彼女の弱点なのだが、経験が浅く、周りに“敵”がいたことがない彼女には同じ教団にいる人間が自分に敵対するという状況がうまく理解できない。
そういう意味では、死んだ教長は彼女を大事にしすぎたのかも知れないが、今になってはどうしようもない。
騎士が退室し、冷めた料理を前にしてエイミィは毒殺などされるとは欠片も想像していない。ただ、ザガンと自分が教団の行く末に付いて違う未来を夢想しているであろうという予測に戸惑っている。
そんな彼女の背中を、一匹の蛇が押した。
「可哀想になぁ。こんなところに閉じ込められて」
「っ! だれ?」
声がした方を振り向くと、そこには窓辺から首を伸ばした一匹の小さな蛇がいた。
細い牙が並ぶ口を開き、その中からは小さな人間の頭部が覗いていた。ドロドロに溶けた、男か女かも判別がつかないような相手に、エイミィは見覚えがある。
大蛇に潜り込んで寄生するモンスター“スネークワーカー”のディービーだ。
「あの時のモンスター……!」
倒したはずの相手に身構えたエイミィだったが、彼女が魔法を使えないように部屋には細工が施されている。
絶望的な状況ながら、打開策を探る様に視線を外さない彼女に、窓枠に乗ったディービーは「落ち着いてよ」と笑う。
「君に危害を加えたいわけじゃない。君はシロウと話して、俺っちや他のモンスターについても色々と知っただろう?」
「あなたたちにも理性がある……種類もあるとはわかったけれど……」
「ん~……いいね! もう一歩踏み込んでみようよ」
「もう一歩?」
警戒するエイミィに対し、ディービーは窓から動かずに「話を聞いてくれるんだねぇ。ありがとう」と言って話を続けた。
「自分の目で真実を見て回ってはどうだい? マリィちゃんはそりゃあ可愛らしい子だったし、魔法もすごかった。でも、彼女だって一人の女の子だったんだ。その気持ちは、エイミィちゃんにもわかるだろう?」
「……何を考えているのです?」
「ちょっとかわいそうになってきて、さ。俺っちはずっとモンスターとして自由に生きてきたからね。こんな狭いところに閉じ込められて、何も知らないまま利用されるなんて、うんざりなんじゃないかと思ってさ」
ディービーの本体が引っ込み、蛇のくりくりとした白い瞳がエイミィを見据えている。
「俺っちが案内してあげるよ。もちろん無理強いはしないけれど、エイミィちゃんが自分の意志で“マリィちゃんのことを知りたい”と思うなら、手を貸してあげたいと思ってさ」
「一つ教えてください」
「なんだい?」
「あの勇者や邪神……レイディエーナの差し金ですか?」
「違う、違う」
笑い声混じりで小さな蛇が首を横に振るのは、どこか奇妙で可愛らしい。
「ディエナ様もシロウも関係無いさ。もちろん、君がディエナ様と話をしたいなら、取次ぎもやぶさかじゃない」
さあ、どうする?
ディービーが決断を求めてからきっちり一時間後、監視の騎士が食器を下げると称してノックも無く部屋に入って来たときには、エイミィの姿は室内のどこにも無かった。




