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美味しい所は

 正直、アリスは嫌な予感がしていたのだ。

 だから障害物となる魔物は遺跡の力で無意識のうちに適当に倒して、駆けて行く。

 多分、クルス達はこっちにいると思って、やって来たその視線の先には、レイナやフラットをかばうようにして怪我をしているクルスの姿。

 ついでにその手前には敵らしい銀髪の後ろ姿の、男だか女だかわからない人物。

 けれどその気配から魔物だとアリスには分る。

 うっすらとクルスやフラット達からも魔物の気配がするが、それは構わない。

 だってアレらは、私のものだから、そうアリスは思うと同時に、目の前のその敵に対して飛び蹴りを加えていた。

 簡単に言うと、クルスが怪我をしているのを見て、ついかっとなってそのような行動をとってしまったのだ。

 まったく、この程度の“雑魚”が、私のクルスに怪我をさせるなんて許せない! と思ったから、蹴りを入れたのだが、


「背後から一撃で倒せるとは思わなっかった……ひょっとしてこの人、弱い?」

「こ……の……放せ」

「え? だってこの拘束魔法といたら、反撃してくるよね?」

「当たり前だ! だいたいこの私を足蹴にするなど……ぐふっ」

「よくもクルスに怪我をさせたわね。じわじわと嬲り……あー、うん、まあ、ね」


 そこで唖然とアリスを見ているクルスに気づいた。

 しまった、もう少しお淑やかにしておいた方が良かったと今更ながら、アリスは反省する。

 なので、その敵らしき奴からは足をどけて、アリスはクルス達のもとに向かう。


「クルス、大丈夫? って、怪我してるんだね。見せて」


 レイナが治療する手をどけ、アリスが怪我をしているクルスの腕に触れる。

 程よく筋肉のついた腕で、着痩せするタイプなんだなと今更ながらアリスは気付いて、不謹慎にもドキドキしてしまう。

 癒しの魔法は、そこまで得意でなかったはずだった。

 でも気づけば、知らないのに知っているような、そんな不思議な古い言葉の呪文が流れるように口から溢れる。

 淡い光がアリスの手から溢れでて、それがクルスの腕に緩やかに吸い込まれて、すぐに元通りの肌に戻ってしまう。

 それは、アリスの力がクルスと同等かそれ以上に強いことを示していたのだが、それよりもアリスにとって重要だったのは、


「良かった、綺麗に治った」

「ありがとう、アリス」

「うん」


 微笑んで優しい声でクルスにお礼を言われて、アリスは頭を撫ぜられる。

 それが嬉しくて、アリスは笑う。

 だがそんなアリスにクルスは困ったような顔をして、


「でもどうしてアリスはこんな場所にいたんだ?」

「何だか変な感じがして、クルスは渡さないって思えて、それで……来ちゃった」


 無茶な言い分に、クルスはもう笑うしかなかった。

 守りたいと思っていた大切な女性は、自分よりも強かったとか、本当にどうすればいいのだろうと、少し悩みたい気持ちになっていると、


「ごめんなさい、帰れって言われていたのに……でも、不安でクルスに何かあったらと思って、だって、私、クルスの事が好きで、少しでもお手伝いしたくて……」

「いや、助かったよ。でも俺にもアリスを守らせて欲しいかな」

「……うん。でも、今回たまたまで、いつもは私、遺跡に潜るときとかクルスに迷惑かけてばかりいて……」

「俺は、迷惑なんて思っていなかったよ。アリスと一緒にいられるのが俺も嬉しかったから」

「クルス……」


 甘い雰囲気になりかけている二人の前に、そこで恨めしそうな声が響いた。


「お前達、私を無視するな」


 その声に皆が振り返り、アリスはそれを見ながら、


「クルス、あれ、どうする?」

「生け捕りにして情報を吐かせたほうがいいな。……一番の黒幕のようだから。もっとも、黒幕自ら出てくるようでは、半人前かもしれないが」


 クルスが冷たくそう呟く。

 その厳しさに一瞬アリスは、クルスは何者なのだろうと疑問を浮かべるけれど、そんなアリスに気付いたのかすぐに安心させるようにクルスは微笑み、


「どの道、女神の力は健在のようだ。その力があれば、彼らも手出しできないだろう。……昔もそうだったのだから」

「昔も?」

「ああ、女神の力に負けて、魔物達の王は女神の恋人となり、この世界の、異界から落ちた“流星の神”になったんだ」

「そうだったんだ……」


 そうアリスは答えながら、意識が遠のいていく。

 クルスが無事で、安心してしまったからなのか、力が抜けてどこかに意識が引きずられる。

 自分が別の誰かと交わっている心地がアリスにはする。

 以前見た、星空を映す、“天空遺跡”に“アリス”はいた。

 そこに立っているのはクルスに似ていて、他にもフラットに似た誰かがいる。


「どうせ俺は飾りの王だ」


 彼の話し声に“アリス”は振り返る。

 どこか傲慢さと子供らしい無邪気さ、我儘さを秘めた彼に“アリス”は一瞬目を奪われる。

 それは、彼も同じであったらしい。

 一目見て、彼は息を呑んで“アリス”を見つめ、そして。


「この娘を、俺のものにする」

「お待ちください、彼女は……」

「この世界の女神だろう? これだけ美しければ、俺の側においても構わないだろう?」

「ですが……」

「煩い、俺がそう決めた」


 そう告げた彼に、女神と呼ばれた“アリス”は、


「私は、貴方のものになるの?」

「そうだ、このままお前を花嫁にして、異界に連れて行く」

「……異界にはいけないわ。だってこの世界の人達は私をまだ必要としてくれているもの」

「だったら力づくで連れ去ってやる」

「……貴方は、あなた自身を私にはくれないの? 私を奪うだけのつもりなの?」

「当然だ、俺はお前達にとっての異界の王であり……」

「じゃあ、私が貴方をもらう。力づくで奪えばいいんだね?」


 レイナらしき侍女が、“アリス”を止めようとしているが、結局、クルスに似た相手を倒して、“アリス”は彼を抱きしめて、


「これで貴方は私のものだから」


 と、彼にキスをする。

 ちなみにクルスに似た彼は、ひどく衝撃を受けたらしく、『この俺が、負けた?』と呟いていたりと……。

 とりあえずそれを見ながらアリスは、何だかひどい話を見た気がするなと思って、意識を失う。

 そんな倒れこむアリスがそんな夢を見ているとはしらず、クルスはアリスを抱きとめる。

 やはり女神の力は、アリスの体への負担が大きいのだろうかと心配していると、


「少しは、報いてやる」


 恨めしそうな声で、セラフが叫ぶと同時に、クルス達の足元に亀裂が入る。

 それは丁度、アリスとクルスの足元を壊す程度の力だ。

 セラフは、そのまま力尽きたように倒れるが、その攻撃にクルスは嘆息する。

 幸いにもフラット達の方にまでその亀裂は起こっておらず、クルスの足元を含む周辺に大穴を開けただけだった。

 けれどそんな大地という踏みしめる場所がなくとも、クルスには問題はなかった。

 アリスを抱きしめるようにして、宙に浮かぶクルス。

 大地という世界がなくとも、それに縛られることなくクルスは存在し続ける。

 その力は、異界の“始まり”であり、“神”でもあった名残だ。

 

「……この力にそれほど意味を感じなかったけれど、今はあってよかったように思う」


 クルスが、アリスを抱きとめながら、そう小さく微笑んだのだった。


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