やりかねない
クルスとフラットは、“天空遺跡”へと戻り始める。
ふとフラットは口を開いた。
「……まだいますかね」
「いなければそれで。いれば、話を聞くか、それとも……」
それ以上はクルスは告げない。
剣を向けるならば、それは敵だ。
理由があるならばある程度は抵抗しないが、剣を向けられている以上話し合いをするには、相手を無力化してから話しあうのが安全だろう。
もっとも、手加減できない場合もあるが。
「……でも、ようやく女神だと実感したみたいですね、アリスちゃん。でも、僕にとっては昔からアリスちゃんは天使……えっと、クルス、目が怖い」
「さっさとレイナとくっついてしまえ。何ならレイナを、けしかけてやろうか」
「止めてください! 本当に調教されてしまいます!」
「そのうちレイナに、そういったことをしてもらわないと我慢できなくなるだろうから、本人的にはハッピーエンドだろう。……そうだな、それがいい」
暗く笑ったクルスに、フラットはクルスを本気で怒らせたのだと気付いた。
そして、気がつけばクルス自身も随分とアリスに夢中で、いじり加減を誤ったとフラットは気づいた。
つまり、これから本当に、クルスはレイナをけしかけて……。
「ごめんなさい、本当にそれだけはやめて下さい。僕は、もっと健全なお付き合いがしたいんです!」
「……誰と?」
「……あー、うー」
どうしてかフラットの頭にはレイナが浮かぶ。
けれどそれを言ってしまえば、フラットは自分で認めてしまうことになる。
それを回避するためには、別の女性を……と思っていた所でフラットは、知っている女性で特に関わりがあるのがアリスだけだと気付いた。
確かに城の舞踏会では、女性にはフラットはもてていた。
クルスのようにどこか冷たく近寄り難い雰囲気がなく、愛嬌もあるからだろうか。
もっともそれはクルスの力あっての事だ。
だからクルスの分も、女性達の顰蹙を買わないよう仲立ちをフラットはしていた。
その辺りに関しても色々と思うところではあるのだが、適当な女性が見当たらない。なので、
「昨日、酒場にいたあの金髪のお姉さんがいいです」
「……そこまでして、認めたくないのか?」
「……僕が謝りますので、もう許して下さい」
涙目になったフラットが、そうクルスに懇願した。
そんなフラットを見ながら、クルスはそこまで認めたくないのかと嘆息する。
そしてそれ以上フラットを追い詰めてもしかたがないので、その話はなしとして黙る。
やがて、クルスとフラットはその魔物が倒れている場所に辿り着く。
その魔物には見覚えが有り、そして、その魔物はちょうど起き上がる所だった。
体中が痛いと、シドは思う。
「あの小娘が、く、だが命は取られずにすんだからよしとしよう」
「そうだな」
その答えにシドは振り返る。
声には覚えがあり、その相手をシドが間違える筈がなかった。
同時に完全に気配を隠されて、気づくことすら出来ない自分に総毛立つ。
明らかに、自分との力に差がありすぎる。
けれどそれこそが“王”なのだとシドは思う。だから、微笑み、
「こんな場所に、どのような御用事が?」
「アリスに手を出そうとした魔物がいると知って、少し話を聞こうと思ったのだが……お前か」
「女神を手土産にすれば、貴方様に来て頂けるかと」
「もし失敗したならどうなるか、分かっているだろう?」
冷たく注げるクルスに、シドはそこで初めて嘆息してから、
「こちら側にはどうしても戻って来られないと?」
「俺が生まれて育ったのはこちらの世界だ。まさか今更、俺を……」
「……貴方様のお父様は乗り気でしたよ?」
突然、父の名を出されて、一瞬クルスに動揺が走る。
なぜ父が、という思いにかられるが、すぐに平常の表情に戻り、
「俺の父を騙るとは思わなかったな」
「……確かに、年若い貴方様の方が父であるかの方よりも与し易いという算段は有りました」
「だから今もそうして来たのだろう?」
「いえ、こちらの事情が少し変わりましたので。……我々も無益な血を流すのは止めようと考えたわけですが、これでは仕方がありません」
「……どういう意味だ?」
「此方側に来て頂けないのでしょう? 次いで、貴方様のお父様は、我々には信用ができない」
意外な言葉に、そしてクルスの父とまるで会って話したかのようではないかとクルスは思う。
だがもっともらしい話を作り上げているだけに過ぎないのではないか。
けれどクルスの中で不安は大きくなる。
「何の話かわからないな。それでは、まるで俺の父がそちら側にいずれ俺達がいくことを……」
「口約束では容易でしょうね。ですが信じられない。そして我々は貴方様に来ていただくことで、最終手段を使わなくて済む穏便な形にしたかったのですが、残念です」
「……何をする気だ」
「メフィから、罠を張っている場所をお聞きになられてはいないのですか? 罠をはるということは近づかれたくない別の行動を我々も起こしている、そうは考えられませんか?」
「……随分と饒舌だな」
「できれば穏便に、それは我々も望むところです」
クルスは黙って、それはクルスがあちら側にいけば全て穏便済むと言われているのだと気づく。
けれど、クルスはそれに乗るつもりはない。
そもそも彼が本当の事を言っているとは限らないのだ。
「だが、俺はいかない」
「残念です。王のいる場所が我々のいる場所でもあるのですが、そうですね」
「傍流の王ではいけないのか?」
そこでシドが面白そうに笑う。
「力も、血も、完全に貴方様が上なのに、そちらを選べと」
「……そんなものでしか王を選べないのか?」
「それが分からない王も、困りものですね」
シドが仰々しく肩をすくめて、次に彼はフラットに目を向けて、
「あちら側の方が、“吸血鬼”としていきやすいですよ?」
「僕はこちらで生きていきますので、ご心配なく」
「主これでは部下がこれか」
そう嘆息するシド。
同時に彼の姿が、ふっと消えてしまう。
おそらく視覚を操っているのだろうが、ここで彼を消すよりも泳がせた方がいい。なにせ、
「あの父ならやりかねないから、見逃す」
「……大丈夫だと思いますが」
「……あの二枚舌どころか、五枚くらい舌がありそうな父が?」
「出し抜くんでしょう?」
「……そうだな」
いつまでも子供で、大人の手のひらで踊らさせられるのはたまらない。
そう、クルスは嘆息し、踵を返したのだった。




