長居は無用
「うーん、生きているみたい。それに魔物だし大丈夫かな」
アリスは目の前の魔物の少年――そういえばシドと名乗っていたようなと今更ながら思い出した――の様子を見て、うむと頷いた。
頷いてから、考えるのを止めて、再び上を目指してアリスは歩き始める。
相変わらず代わり映えのない通路だなと思いながら、アリスは進んでいく。
そんなふうに単調な光景が続くから、考える時間が生まれる。
「クルスと魔物、か。フラットとも関係したような……うーん、でも、よくわからない」
先ほどあった高位の人型魔物の少年は、クルスの秘密を知っているらしい。
けれどそこでアリスは思い当たる。
「そういえばあいつ、私のことを女神だと看破していたっけ」
そして彼らは女神を手に入れたがっているらしい。
どうも彼らの主が女神を好んでいるかららしいのだが、その魔物の主もクルスというらしい。
クルスの秘密。
本当に彼が知っているのかどうかもわからない。
けれど、彼がアリスを惑わすために“嘘”をついたとしたら?
「女神が手土産として欲しいと言っていたから、私を惑わそうとした? ……魔物も知能があると怖いね」
理由が推測できればアリスの中で不安はなくなる。
あれはあの魔物が、ただ言っただけでクルスには何の関係もない。
クルスはアリスたちの敵ではないのだ。
そもそもアリスはあの魔物と違って、クルスには嫌なものを感じないのだ。
少し変わったものを感じはするし、とても強いと思うのだが。
というか、クルスが戦っている姿とか、素敵だなと思ってしまう。
いつもよりも凛とした表情で……そこまででアリスは考えるのをやめた。
顔が妙にほててってしまうから。
だからアリスは顔を左右に振って冷やして、ついでに頬を軽く両手で叩く。
その軽い痛みで、アリスの頭も熱に浮かされたようなものがなくなる。
「よし、行こう」
そう言ってアリスは駈け出して、上に向かう階段に辿り着くのは、それからすぐ後の事だった。
アリスの気配を遠くに、けれど強く感じたクルスが駈け出した。
「クルス、どうしたんですか」
慌てて追いかけるフラットだが、この中でまだ分かっていないのはフラットだけだった。
けれどしばらく駆けて行くと気付いたらしい。
やがて、気配が近づき目的の人物がクルス達の前に現れる。
「あ、クルス、フラット、レイナ、どうしたの?」
首を傾げるアリスに、クルスは何を言うべきか少し悩んでいると、レイナが、
「それでどうだった? 精霊には会ったでしょう?」
「うん、白いウサギさんはいたかな? それで、私が“女神”で、その力に引きづられて好き勝手欲望のままに動かないようにって言われたかな」
「それは正しいわね。他には?」
「遺跡関係の力をもらったらしいかも。だから私の気分次第で遺跡が動くみたい」
「気分次第……でもこれからは気分で動かないようにしないとね」
「うん、でもイラっとしただけで攻撃を加えちゃって、大変だったかも」
今考えれば、あの魔物相手に凄いことになっていたように感じる。
アリスはそう一人で考えていると、クルスが、
「アリスは、魔物と一人で戦ったのか?」
「うん、そういえばそういうの初めてかも」
「大丈夫だったか? 怪我は?」
「平気だよ。人型の知能がある魔物だったけれど、何だか、女神だから捕まえようとしてきたみたいで。どうも魔物の主に手土産として持って行こう……」
「その魔物は?」
クルスの瞳が微かに険を帯びるけれど、アリスはにっこりと笑って、
「私の感情に呼応した遺跡が、倒しちゃったみたい」
「……そうか、アリスが無事で何よりだ」
「うん、クルスの秘密を教えて欲しいか、とか誘惑されたけれど、どうも彼の言っているクルスと違う人みたいだったから」
「そう、か。うん、それでその魔物はどこにいたんだ?」
「5つ下の階。クルス、気になるの?」
アリスに問いかけられて、クルスは、アリスがまだ何も、クルスの正体すらも知らないと思い出す。
同時にまだ本性を知られたくない、ただのアリスに優しい普通の冒険者のクルスでいたいと思ったから、
「いや、近くなら追いかけてきたりしないかと思っただけだ。でももう、帰ったほうがよさそうだな。アリスが狙われているみたいだし」
「でも彼らは女神をそのままでは認識できないみたい。この世界そのものだから、とか」
「そう、なのか。でもまた遭遇する前にここを出よう。アリスも用事は終わったんだろう?」
「……多分」
「じゃあ長居は無用だ」
クルスが言って、アリス達はその場を後にしたのだった。
手を振って去っていくアリス達を見送ってから、クルスは。
「そのアリスがあった魔物から話を聞いたほうがいいかもしれないな」
「そうですね。でもあそこまで戻って……一応城に連絡を入れておきますよ。今日は戻れるかわからないと」
「よろしく頼む」
フラットにクルスが告げ、フラットが連絡を取る。
そして、クルスとフラットは“天空遺跡”へと戻っていったのだった。
「……というかんじかな」
遺跡での出来事をアリスはレイナに全て告げる。
それにレイナは頷いて、
「じゃあいつでも魔物達が侵攻しても大丈夫ね」
「でも使い方が私しか、でも私も分かっているかどうかわからないのに……」
「使わなくなった技術は廃れるものよ。それだけ平和だということ」
「そう、なのかな。……このまま続いていけばいいのに」
「そのためにも力は必要なの」
「そうだね」
レイナに頷くアリス。
そんなアリスを見ながらレイナは、多分アリスはまだしばらく気づかないだろうなと思う。
クルス達の正体も含めて。
それがいろいろ面倒ではあるのだがあちらもそれを望んでいる。
「……敵に回すには怖い相手だしね」
「? 魔物が?」
「……そうね」
適当にアリスには誤魔化すレイナだが、それにアリスは気付いているらしい。
意外にアリスは敏いので気をつけねばと思いながらも、
「ところで、アリスはクルスが好きなの?」
「……レイナの意地悪。だったら言ってやる。フラットのことがレイナは好きなのよね」
「ええ、調教したい程度にね」
「……意地っ張り」
アリスがレイナにそう答え、けれど、それ以上お互い干渉せずにその日二人は帰路についたのだった。




