ウサギさんの説明会
うさぎから奇妙な、あの屋敷にある何かを感じたけれどそれを問う前に、うさぎはカップをアリスの前に並べていく。
うさぎが持ってきたのは、白いティーポットに白いカップ。
つるつるとした光沢のある磁器で、花と蔓が浮き彫りにされた模様がリボン状に彩りを添えている。
そのカップに、持ち手にクローバーの緑色の石が飾り付けられている小さな網を乗せて、紅茶を注ぐ。
美味しそうな赤みを帯びた茶色の、澄んだ紅茶がカップに注がれて白い湯気が立つ。
香りだけで甘みを感じて、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
「美味しそうだね」
「ええ、お嬢様が好むように作っておりますから」
「……でも、“前”の私の記憶はないですよ?」
「そうなのですよね。でも何故か毎回ご所望される紅茶の味はこればかり。これでは私も研究しがいがありませんよ」
「そうなんだ……じゃあ、今度は今までで一番美味しいと思うものをお願いするね」
「! いえいえ、次と言わず今でも!」
「でも、手間でしょう?」
「いえ、この程度大した事ありません。すぐに淹れて参りますので、お待ちください」
うさぎは告げると、今度は白い小鳥に変化してっ飛んでいってしまう。
うさぎだったり小鳥だったり、忙しいなと思いながら、アリスは精霊とはそういうものだったと思う。
常に変化し、一つのものに定まりにくくとどまりにくい。
それが形作るのは、とても大きな力を持った者達だけ。
そうなってくるとあの可愛らしいうさぎも随分と実力者なのだろう。
そんなことを考えながら、アリスは淹れたての紅茶を口に含む。
口の中に広がる甘み。
白い正方形の角砂糖が傍の小皿に積み重ねてあるが、入れるまでもなく美味しい。
そう思いながらも一緒に出されたお茶菓子のクッキーにアリスは目をやる。
本当はこんな見知らぬ場所出だされたものに、口をつけるのはあまり良くない。
けれど、大丈夫と思ってしまう。
「……懐かしい気がするのよね、ここ。凄く落ち着くし」
先ほど見たクルスに似た幻影、そしてこの前夢見た夜のこの場所で。
「風も、空も、全部、本物みたいだった」
そこでアリスは微かな不安を覚える。
まるで自分が自分でなくなってしまったかのようだ。
気持ちも感情も別の何かと交わって、酷く幸せで、なんでも出来る気がして……欲望のままに動いてしまいそう。
理性で押さえ込んだ悪いものが、吹き出てしまっているよう。
アリスはそんな嫌な想像や感情を忘れるように、手にとったクッキーには表面にジャムが少量塗られており、その上から白い粉雪のような砂糖が振りかけられていた。
一口含むと、アリスはその素朴な美味しさに目を丸くする。
「! 美味しい、何これ。あんずのジャム? 美味しい!」
「喜んで頂けて嬉しいですお嬢様」
「! ご、ごめんなさい、つい」
「いえいえ、美味しいと言って頂けて嬉しいですよ。ささ、こちらです」
そう言って差し出された紅茶には、人参が薄く切られてプカプカと浮かんでいる。
個性的、といえば個性的だがそう思いつつアリスはその紅茶に口をつけるが、
「……にんじんジュース?」
「そうです! 紅茶とともに入れながら紅茶の香りを殺してしまうような強い人参の香りをを……」
「それはもう紅茶の意味が無いんじゃないかと」
「……は!」
うさぎの精霊がはっとしたらしい。
アリスは何だかなと思いながら、普通の紅茶に手を出して、うん、やっぱりこっちのほうが美味しいと一人頷く。そこで、
「衝撃的な事実をお嬢様に言われまして、体の力が抜けてしまいそうなのですが……それよりも役目を全うせねばなりません。まずは、手をお出し下さい」
「? こう?」
そこでうさぎの手がアリスに触れる。
アリスの中で何かがかちりとはまり、アリスの中から何かがでていきそうになって……けれど胸のペンダントが淡い光を放って、何も感じなくなる。
「あれ?」
「お嬢様のお力は、中途半端な全能感で振るうには恐ろしい力でございますからね」
「? 私の魔法力はちょっと強気くらいじゃなかったかな」
「“人”であろうとする限りは、その程度のほうが不都合が無いでしょう。強すぎる力を人は恐れるものです」
「……何だか私が人間じゃない、と言っているみたい」
「人間でございますよ。そうでありたいと、“女神”様が願いましたので」
アリスは今、妙なことを聞いた気がした。
「“女神”?」
「ええそうです、お嬢様は“女神”なのです」
「……」
「……」
「冗談、私、“女神”としての記憶とか力はないよ?」
アリスは答えながら、けれどこれまでの出来事を、ここに着たいと思った理由を思い出す。
夢と、そして何かにせかされる感覚。
アリスは得体のしれない不安に怯えるも、
「大丈夫でございますよ? “女神”様は、今はずっと眠ったままで、もしかしたならそのうち起きるかもしれないけれど、それはその“人間”が死んだ時だそうですから」
「……それは私が死ぬまで、“女神”様は目を覚まさないということ?」
「そうですね」
「そ、そうなんだ……良かった」
「“女神”様は、人間もとても大切にしておられましたから、その人格を消すようなことはしません。もっとも正確には、過去の記憶と繋がらないように一時的にされているだけなのですが」
「そう、なの?」
「ええ、人格の形成は過去の人や何かとの接点によって形成されますから、貴方様は貴方様以外の誰にもなれないのです」
「……でも、記憶がないはずなのに……過去みたいな何かを見たりする」
あの光景はなんだろうと、アリスは問いかけると、
「強い記憶は残ってしまっている、けれど人格に影響をあたえるほどのものではないでしょう。それよりも恐ろしいのは力に引きずられてその力を思うがままに使おうとしてしまおうとすること、です」
「……」
「思い当たる節があるのですか? そのペンダントはそれを抑えるためのものでもあるように感じますが……それでもその力を、自覚なしに求めたのは……準備かもしれませんね」
「準備?」
「ええ、何か不安があるのでしょう、無意識に感じる」
「そう、かな」
「ええ、貴方様は女神であるという“同一”でありながら、“鍵”ですからね」
突然別の情報が入ってきてアリスは混乱する。
「ごめん、何だか頭がこんがらかってきた。私は、女神であって女神ではない、のよね?」
「けれど、その性質は受け継いでおりますので、何か危機を感じ取りこちらにいらして、先程お渡ししたその力を受けとりたくなった、ということでございます。正確には全ての遺跡を貴方様に集約することにしたのです」
「遺跡を、操る力?」
「それを起こす、“鍵”が全ての時間軸において同一の“女神”でもある……要は面倒くさくなったので全部そちらに丸投げとのことです」
「は?」
「……そろそろ戻らないと、皆様不安がられているようですね。また何か有りましたらいらして下さい。……ちょうどこちらにも何かがいらしているようですから」
白ウサギが手を振る。
待って、まだ全部聞いていないような、そうアリスは言おうとして……目の前が霞んでしまい、意識を失ったのだった。




