箱庭
「うにゃあああああああ」
浮遊感は初めはとても大きく、このまま私どうなってしまうんだろうとアリスは涙目で絶叫していた。
けれどその浮遊感はじきにゆったりとしたものに変わる。
羽毛が揺れながらゆるやかに落ちるように、アリスも落ち始め、そこでアリスはようやく周りを見渡す余裕ができる。
灰色の石には幾つもの花の彫刻ががあしらわれ、ところどころに染料が塗られている。
元々は彩られた花々が描かれていた通路のようなもの……そんな風にアリスには見えた。
そこで下の方から強い光が漏れてくる。
それは晴れた日の太陽のような光に似ていた。
金色の暖かい光に、吹き上げる風。
その空気は新鮮な緑の香りがする。
けれどここは岩に満ちた場所でこの遺跡の入口部分には小さな高山植物が満ちているのみだった。
異様に早い馬車でこの場所まで来たが、鬱蒼と茂る木々がやがて完全に消えて、草原のような場所へと変化する……森林限界の超えた場所であるはずだった。
その場所にまでアリスは降りてきたのだろうか。
けれど落ちてきたのだからアリスは土の中にいるはずである。
もしくはどこかに空洞が有り、外へと繋がっているのだろうか。
考えるのは一瞬。
そしてその光景を目にするのも一瞬だった。
「な、なにこれ……箱庭? 庭園?」
そう呟くアリスの眼下には、整えられた木々に果物をたわわに実らせた果樹。
小さな小川に、そのすぐ側には白い屋根と柱に囲まれた、読書などを楽しむ場所がある。
その小川を辿って行くと大きな白い石造りの建物が見える。
建物はレイナ達の神殿にとても形がよく似ている。
屋根には鳥達がのんびりとひなたぼっこをしていて……そこでアリスは天井を見上げた。
そこにある四枚ほどのタイルからその太陽のような光がこぼれ落ちている。
ここは作られた箱庭のようだった。
だが、だとするとどうやってここから出ればいいのだろうとアリスが思っていると、そこでゆるやかにアリスは階段の段差を飛び降りるように地面に着地する。
そして周りを見回してアリスは思う。
ここはとても懐かしい気がする、と。
そこで、風が吹いた。
強い風。
木々の葉や地面を覆う草が宙を舞う。
そこでアリスは、霞む視界の先に銀色の髪の男と、黒髪の女が談笑している姿を垣間見る。
その姿はアリスとクルスを少し大人にしたような姿に見えて、そこで女のほうがアリスに振り返る。
瞳は見えない。
表情も見えない。
けれど唇の動ききから、それが人の声のように聞こえる。
「お帰り」
え? と小さく呟くアリスだが、さらに強い風が吹いてアリスは瞳を開けていられなくなる。
そして……再び瞳を閉じれば、風がやんで目を開くともうすでにその姿はなく。
「見間違い、かな」
呟いてみるけれど、それがただの見間違いのようには思えなくてアリスは周りを見回す。
けれど動物の姿は見受けられるが、人の姿は見当たらない。
「……ここでただ立っていてもしかたがないかも。えっと、何処に行こうかな」
やっぱり人が住んでいそうなあの建物にいくべきだろうか。
……多分、人は住んでいないだろうけれど、もしかしたら魔物が住んでいるかも。
むしろ魔物がやってくる異界の門だったりとか?
唸るようにむーと眉を寄せてアリスが悩んでいると、
「おや、またこちらへお帰りですか? お嬢様」
「え?」
いきなり身バレしたのかと思ってアリスは周りを見回すが、人の姿は見当たらない。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったのだろうかとアリスが不安に思っていると、
「こちらです、お嬢様」
下の方から声がして、アリスが下を向くとそこにはタキシードを着た白いウサギがニコニコと笑いながら立っていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。今回もまた夫婦喧嘩ですか?」
「え、えっと……私は結婚していないのだけれど……それにお嬢様って……」
「あー、左様でございますか。気になるお方はいらっしっゃいますか? 銀髪に青い瞳の方とか」
「え!」
「やはりそうですか。ともあれ、久しぶりにこちらに来られるのですから、なにか御用事があったのですか?」
「え? えっと、私、ここにこなければいけない気がして、それでここにきたんです。そうしたら穴にはまってここに……」
それを聞いて白うさぎはふむと少し考えて、
「分かりました。今はお嬢様はお嬢様でいた状態で、何か力を貸して欲しいと」
「そうなるのかな? でも力を貸す?」
「いえいえ、大丈夫でございますよ。我々妖精は皆、貴方様の味方ですから。とはいえ、お茶をご用意しましょう。一人とはいえ、久しぶりのお茶会ですからね」
この先にテーブルと椅子が有りますがそちらでとアリスはうさぎに案内される。
そしてそこに案内されたアリスは、そこで白ウサギに問いかけた。
「所で、お嬢様ってどうして私のことを呼ぶの?」
その問いかけに白うさぎはよほどおかしかったのか、しばらく笑ってから、
「奥様とお呼びすると、私はもっと若いわよ! と怒られるからです」
そう告げて、意味の分かっていないアリスを置き去りにして、うさぎはお茶の準備にいってしまったのだった。




