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まだ入り口

 “天空遺跡”への入り口。

 中央に立つ巨大な尖塔は灰色の円筒状だった。


「……」

「……どうしたんだ、アリス。どこかぼんやりとして」

「うん、なんだか懐かしいなって気がして。それにこの花もすごくいい香りだし」


 クルスに問いかけられて答えたアリス。

 実際にとても心地よいのだ、この花の香りが。

 風に吹かれて宙を舞う白い花弁。

 青い空とのコントラストが圧倒される美しさを示していた。

 そこでかすれるように世界が歪んで、“誰か”がアリスに似た誰かに話しかけた。


「……本当に、君はこの花が好きだな」

「いけないかな?」

「似合っているからいいよ」


 それは、とても愛している人だった。

 だから、そう言ってもらえて、“私”はすごく幸せで……もう十分過ぎるから、幸せだから、しばらくいいかなと思ったのだ。


「アリス!」

「……あれ? えっと……クルス、私に何か言った?」


 首を傾げるアリスに、クルスは眉をひそめる。

 明らかに今、アリスはおかしかった。

 まるで何処かへと連れさらわれてしまいそうな儚さを見せたのだ。

 アリスはそんな“弱い”存在ではないはずだが、アリスではない誰かになってしまうかもしれない。

 急に襲ってきた不安に、クルスはそこでぎゅっとクルスは抱きしめた。

 まさかそんな事をされるとは思わなかったアリスは、顔を真赤にして抱きしめられていると……耳元で呪文が聞こえた。

 同時にふわりと淡い黄色の燐光がアリスを包み、すぐに消え失せる。


「一瞬だったから分からなかったけれど、クルス、一体何をしたの?」

「アリスがもしはぐれてしまった時に、すぐに見つけられるように」

「……私、子供じゃないもん」

「そうだな。だが、この前のような事もあるから」

「うう……分かりました」


 そう答えながらも、アリスはドキドキしていた。

 クルスの事を好きだと意識したのは先日の事。

 そして意識している相手に抱きしめられたなら必然的に、気分が高揚してしまうのは当然で。

 けれどそれを表には出さないようにアリスは必死に我慢しながら、話題を変えようと試みるも……何も思いつかない。なので、


「やっぱりこの花、後で一輪もらっていこうかな」

「そうだな、アリスには似合うかもしれないな」


 クルスの声と言葉が重なり、耳鳴りのように二重になって不協和音を奏でる。

 そこでクルスの手がアリスと繋がれる。

 風船を割るような大きな音を感じて、アリスは慌てて周りを見回すが、


「あ、あれ?」

「アリス、ここはどうしてもいかないといけないか?」

「う、うん……」

「……手を放すな」

「こ、子供じゃないもん」

「俺が繋いでいたいから、それでは駄目か?」


 クルスがアリスに微笑む。

 実の所クルスにしてみれば、こんな恥ずかしい台詞をよくフラットは見知らぬ女性達に言っているなとある種の尊敬を持って思ってしまった。

 別に他意はなく、ただ手を繋いでいればアリスの意識がどこかに引っ張らえることなどないだろうと思ったからだ。

 決して目の前を歩いている男女のカップルが羨ましかったとかそういうわけではなくて……いや、これを機に少しでもアリスとの距離を縮められたらなとそんなやましい気持ちもあったりはした。

 そこでアリスもクルスの手をギュッと握った。


「うん……私も繋ぎたいかな」


 アリスがクルスに微笑む。

 アリスもこれを言うだけで精一杯だった。

 そしてクルスも今の言葉で、期待してもいいだろうかと思ってしまう。

 背後から恨めしそうな声が聞こえた。


「クールースーぅぅううう」


 クルスとアリスの後ろで、レイナの鞭でぐるぐる巻にされたフラットが恨めしそうな声を上げた。

 鞭にこのような使い方があると初めて知ったフラットだったが、そこでレイナが、


「何よ、鞭で縛られるのがいやなら、首輪と鎖の方がいいかしら。貴方の髪の色と同じ金色の鎖と首輪、ふふふ」

「……冗談ですよね?」

「美しい少年を“飼う”のもまた、倒錯的でいいと思わない?」

「え、えっと……とても怖い事を言われている気がするのですが」


 震えだすフラットに、レイナが、そこでフラットの鞭を解いて、


「貴方が欲しいの」

「……え?」


 その時レイナが何処かすがるように見えた気がした。

 酷く弱々しくて、守ってあげないといけないようなそんな……どう考えても、気の迷いとしか考えられない感情。

 なのに、レイナからフラットは目を放せない。


「やっぱり二人はお似合いだと思うの、どう思うクルス?」

「良いんじゃないかな」

「だよね、私二人のことを応援しちゃう」

「俺もだ」

「ヤメテクダサイ、そんな事をされては僕は……下僕にされてしまいます」


 フラットが、お似合いだぞと笑うアリスとクルスに言って、そして次にクルスを見て、


「親友が酷い」

「大丈夫だ、お似合いだから」

「アリスちゃん、クルスじゃなくて僕と手を繋がない?」


 そう、アリスの手を握ろうとしたフラットだが、そこで再び鞭が水溜りを打つような音がして、


「何、アリスに手を出しているの?」


 その時一瞬フラットによぎった感情は、“苛立ち”だった。

 そしてそれが誰に向けられたのかも、フラットは気付いて……そこで。


「レイナ、私を出汁にしてフラットを煽っても困るよ?」

「あら、いつ私が煽ったと? でもそうね、恋は駆け引きって言うものね」

「……鞭の割合が多いと、嫌われちゃうよ?」

「アリス……いつから私がこんなのを好きになったと?」

「レイナは幸せになるべきだし、幸せになっていいと思うよ。大丈夫だから」


 レイナはアリスに何かを言おうとして、けれど、結局それ以上話さなかったのだった。 

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