言葉攻め
案内された遺跡は、空を映す鏡のような遺跡だった。
死火山の火口――水で満たされたカルデラの中央に、巨大な尖塔が見える。
そこがこの“天空遺跡”の入り口だった。
その尖塔を囲むかのように水溜りが幾つも出来ており、けれどまるで誰かが綺麗に切り分けたがごとく、
モザイク状に水が広がって空の青さを写していた。
夜になれば満天の星空を映して、それはそれで綺麗な場所であるらしい。
そのモザイク状に切り分けられた水でない場所にはくさが生い茂り高山植物が広がっている。
風に揺れる、5つの花弁を重ねた可憐な白い花は、アリスに懐かしさを感じた。
初めて見たはずなのに。
けれどアリスはそこまでしか考えられなかった。
ちなみにとても綺麗な場所なので観光に来る人が多いらしく、近くに休憩用の喫茶店が幾つも開いている
。
しかも、ここまで来るのに定期便の馬車まである始末だった。
ただその馬車にアリスは酔ってしまい、ふらふらしながら呟く。
「ここが“天空遺跡”なんだ。疲れたかも」
「だったら帰るか? この遺跡が一番綺麗に見えるのはこの外からだから」
「え! で、でもここに行かないと駄目なの!」
アリスがクルスに慌ててクルスを止めると、クルスが軽くアリスの頭を撫でてから、
「冗談だよ。でも、アリスは疲れているようだから少し近くの店で休もうか」
「……うん」
アリスは素直に頷く。
頷いてクルスにからわれたのだと思いはするも、頭を撫ぜられてしまえばそれでアリスは満たされてしま
う。
惚れた弱みというものかと思いつつも、自覚はあるのだが、この想いをどうクルスに切り出せばいいのか
アリスには分からない。
昨日会ったクルスの知り合いらしい、イエラという男の人にも応援すると言われてしまったが、これ以上
どうしろというのだろうか。
そう思ってチラリとアリスはクルスを見上げる。
目が合って、クルスがアリスに優しげに微笑んだ。
アリスはそれだけで頬が熱くなるのを感じてさっと顔を背けて俯く。
最近妙にクルスがアリスに優しい気がするのだ。
確かに以前、上級の魔物に襲われたし、この前だってクルス関係で連れさらわれた。
けれどそれでも、アリスは理由は分からないが大丈夫な自信もあるし、実際大丈夫だったのだ。
だからクルスと一緒にいる事に抵抗はなくて……違う、そうじゃなくて、どうしてすぐ私は言い訳をして
しまうのだろうとアリスは思う。
だって、どんな事があってもクルスと一緒にいるのは、アリスがクルスを好きだからだ。
そう考えてしまえばアリスはさらに顔が熱くなってしまう。と、
「アリス、あそこの店で休もうか」
「う、うん、それでいいかも」
クルスに言われて、目の前にある赤い屋根の小さな喫茶店に入る事にするアリスだが、そこで気づいた。
「フラットとレイナは?」
「……二人で楽しく追いかけっこをしているから、放っておいてあげるのもいいかと思った」
実の所アリスと二人っきりでクルスとしても都合が良かったのだが。
そう言われて周りを見渡すアリスは、レイナに追い掛け回されるフラットを見つける。
そしてそれを見ていた冒険者の人達も、兄ちゃん頑張れよと、無責任な応援をしていた。
「いやぁああ、僕は、は! そ、そうですレイナ、一曲貴方の為に披露する約束を前にしていました! だか
ら今ここでその約束を果たしますので鞭はやめて下さい!」
「へぇ、そういえば貴方、一応吟遊詩人だったわね。いいわ、やりなさい」
「は、はい、助かった……ええっと」
「ちなみに、私の悪口を一言でも歌にしたら、調教コースよ?」
フラットが黙ってレイナを見上げた。
その顔は、なんで自分の考えていることがバレたんだろうという顔である。
そういった人の機微に聡いレイナが、フラットを慈悲深く見て、同時に鞭を両手で強く引っ張った。
「……やっぱり、上等な下僕にはご主人様が誰か教えこんでおく必要があるみたいね」
「残念です、僕にはすでにご主人様いるので、レイナは僕のご主人様にはなれませんね」
「そう、でもそのご主人様から鞍替えする気にはならない?」
「こう見えて、結構忠信なんですよ」
「そんな風に見えないわ……貴方は裏切りそう、だから下僕として私が調教する方が良さそうね」
「……そういった形でしか人が信頼出来ないなんて、貴方は難儀な人ですね」
ふと、フラットがいつもとは違う声音でレイナに告げた。
その声はいつもと異なる、怒りのようなものが滲んでいる。
それに気づいたレイナはやり過ぎたと思うと同時に、フラットの本性は意外に繊細で、そして、
「……貴方もクルスも、“善良”過ぎるわ」
「なんだかレイナが恐ろしい事を言った気がする。え? “善良”? 誰が?」
「それは本気? 冗談? いずれにせよ、貴方達が“善良”の部類に入る事は確かよ」
「えっと、なんだかレイナが怖い」
「本当にね。そんなだから、私の一番の下僕にしたくなるのよね」
ふふっと蕩けるような、恍惚としたような微笑みをレイナが浮かべてフラットは見た。
それはとても可愛らしくて、人を魅了する笑みだったのだがそんなものに惑わされるフラットではなく、
「もしやそれは好意の表れ?」
ここで反撃してくれれば、いつものレイナになるだろうとフラットは思ったのだが、レイナは更に病んだ
ように微笑み、
「……貴方は私の下僕になって私だけのために歌っていれば良いのよ。一生飼ってあげるわ、躾をしてから
、ね?」
「……がくがくぶるぶる」
いつもと違いすぎるレイナが怖いと、フラットはプルプルしてみたのだがそこでレイナが、とても悪どい
笑みを浮かべた。
「やっぱり、言葉攻めの方が効くみたいね」
「……え?」
「鞭で打つわよというよりも、逃げられない位置でじわじわと精神的に追い詰めていくほうが貴方には効く
みたいね。こうやって内側から調教していく方向で行こうかしら」
どうやら獲物をどう支配するかというのを、レイナは試していたらしいとフラットは気づいた。
そして状況が悪化したらしいことも。
じりっとフラットは一歩下がるも、そこで再びレイナが鞭をぎゅっと握りしめて、
「でも、言葉攻めよりも私のストレス解消も兼ねてその肉体から私を覚えさせたほうがよさそうね!」
「うわぁああああ、来るなぁぁあああ」
フラットが、追い詰められた悪役のようなセリフを叫んで逃げ出す。
そこでフラットはのんびりと二人で幸せそうにお茶をしているクルスとアリスを見つけて、
「二人だけ幸せにさせてたまるかぁああ!」
「あ! 待ちなさいよ! というかアリス……まったくもう」
そうしてアリス達に向かって、フラットとレイナが二人で走りこんだのだった。




