八つ当たり
先日の魔物に連れ攫われる件から二日後。
「こちらとこちらが正しいそうです」
「そうだとすれば、その二つに行かない方が良いな」
メフィの言葉に、クルスはそう呟く。
しかもメフィが進めたその一つは、“洞窟遺跡”。
そこもまた初心者用の綺麗な遺跡であるのだが、残念ながらそちらに行くのは諦めるしかないとクルスは思う。
そしてその情報源が誰かを聞いて、クルスは小さく呻いた。
「あいつが、か」
「ええ、ですがそれを伝える事で利益があると」
「……罠を張り俺の心象を悪くするか、それとも俺を殺すか、か」
「まさか! 我等が王にはむかうなど、ありえません」
「どうかな。少なくともお前が失敗するように仕組んだのは、そのセラフという男だろう」
「セラフ様、は……とても強い魔族です。そして美しく聡明」
「だから俺が戻るのは気に食わないのだろう。どの道戻る気がないから、俺とは利害が一致しているな」
「クルス様……」
メフィが悲しげに呟いた。
彼女にしてみれば、クルスに戻ってきて欲しいのだから当然だろう。
けれどクルスはこちらの世界が好きなのだ。
好きで、大切な友人達に囲まれたこの場所はとても居心地が良い。
そこでメフィは呟く。
「……すぐ戻ってこられると。この世界を支配して、我々の元に戻ってくるとクルス様の始祖である王はおっしゃいました」
「だが、戻らなかったし、俺はその始祖の王ではない。それに俺はここが気に入っている。だからそちらには何の感情もない」
クルスの言葉にメフィは更に傷ついたようだが、それでもクルスはこちら側にしかいるつもりはない。
そして他の幾つかの話を聞きだして、クルスはメフィを帰す。
アリスたちがもう暫くすれば来るはずだったからだ。
そこでそれまで、黙っていたフラットが、
「困ってしまいますね。あんな風に女性に情熱的に口説かれて」
意味が違うのを分っていて、フラットは面白がってクルスに問いかける。
もっともあのメフィは、クルスに微かな恋愛感情を抱いているのであながち間違ってはいないのかもしれないと思いながら、
「……俺は、アリス以外要らない」
「いや、でも男ならハーレムですよ。後宮に何人も美しい女性を囲ってですね、こう……」
「前々から思っていたが、フラットはどんな女の子が好みなんだ?」
今更ながらのクルスの質問にフラットは目を輝かせて、
「やっぱり美人! でもって活発な子で、僕をぐいぐい引っ張って行ってくれるような、けれど賢くて目先がきく子がいいな。でもって、ちょっと腹黒いんだけれど僕には少し甘かったりとか……」
「レイナじゃ駄目なのか?」
「……あんな陰険根性悪サド女なんか、嫌なのです。どれほど美人でも。……いないよな? 良かった……」
悪口を言ってからフラットは周りを見回す。
けれどレイナが出てこなかったら出てこなかったで、少し悲しいらしくフラットはしょんぼりしているように見える。
本命相手には素直になれないフラットに、クルスは自分がアリスにまだ本当の気持ちを伝えられないのを感じて、
「お互い、本命には素直になれないな」
「! 僕の本命はレイナじゃないです! ……まあ、調べていたらレイナの事も色々分ってきたのですがね」
「? あの巫女に何か秘密が?」
「彼女は、“女神”に寄り添う、最も寵愛された友の子孫なのです」
「……だからレイナは、アリスが“女神”と関係があるから傍に居るのか?」
「いえ、それは違うようですね。本当にただの友達のようです」
「そうか、良かった」
クルスが、自分の事のように喜ぶ。
そんなクルスにフラットも笑みを零しながら、
「それでそのレイナは、神殿でも高い位置におり、その神殿の長のお気に入りだそうです。そして、優秀な下僕を調教しているとか」
「……そういえばフラットは、レイナに調教されたいのか?」
「何でですか! どうしてそうなるんですか、クルス!」
「いや、フラットも物好きだなと」
「だから! 僕はレイナが好きじゃありません。……まぁ、下僕が最近三人ほど減ったらしいですが」
「……何があった? まさか魔物の襲撃で命を落としたのか?」
「いえ、自立をしたらしいです」
クルスは黙った。そしてフラットも黙る。
そしてそれ以上は考えても仕方がないように思えたので、クルスは別の話題を振る。
「それで、イエラはアリスと接触したようだが」
「応援しているそうです、クルス様を」
「……本当にあの狸は何を考えているんだ……」
クルスが、嘆くように自分の父親を狸と呼ぶ。
腹に一物を抱えつつ自分の息子すらも弄ぶ、クルスの嘆きは尤もだったのだがそこでフラットは、
「イエラは人の心を読む力を持っています。アリスがどんな存在なのか、クルス様にどのような感情を抱いているかを読み解く事で安全かどうかを確認したのでしょう。……背後から、攻撃されては堪りませんから」
「……背後から攻撃されても今のアリスの力では俺を倒せない」
「そうですね。でも万が一という事も考えて様子を見に来たのでしょう。何かがあっては遅すぎる」
その言葉にクルスは、微かな苛立ちを覚えて、
「何時だって最も危険な状況が来れば俺達が動かざる負えないのに、俺の心配をお前達がするのか? 弱い者達に守られていろと?」
「えっと……クルス、何か嫌な事がありましたか?」
「いや、この前フラット達を助けに行った時、レイナに自分の身を守る事を最優先にしないと皮肉を言われて、言い返しはしたが、今一どうして俺がそう言われるのか分らない」
「……危険に近づかないのも安全でいるためには必要な賢い知恵です。どれほど強力な盾を持っていたとしても、幾度となく攻撃を受け続ければいずれ壊れるのが道理というものです」
「そこも気をつけてやっているが、それでも俺は頼りないのか?」
「クルスの父上を出し抜けていない時点で不安なのかも知れませんねぇ~」
「……楽しそうだなフラット」
「だから出し抜いてやるんでしょう? これから」
そうフラットが冗談めかして告げる。
それにクルスが頷こうとした所で、二人の少女の人影が。
アリスとレイナの二人だった。
アリスは酒場を見回してクルスを見つけると嬉しそうに走りより、
「クルス! おはよう!」
「おはよう、アリス。……その石は?」
「何だかつけて置いた方が良いらしいの。気にしないで」
「そうか」
と答えながらクルスは、その石から妙な気配を感じる。
何処か愛おしいような優しいような甘いような、そんな気配。
「それでさっきレイナにも話したんだけれど……行きたい遺跡があるの」
「どんな遺跡だ? ただ連れて行けない場所もあるが……」
「うん、クルスに迷惑のかからない範囲で良い。それでえっと……空が映る遺跡に行きたいのだけれど」
「“天空遺跡”か。一応あそこも初心者用だ。いいぞ」
「本当! ありがとうクルス」
微笑むアリスに、それだけでクルスも嬉しくなってしまう。
一方レイナは何処か渋ったような表情をしていて、けれどすぐに今度はくるりとフラットの方を向いて、
「……八つ当たりしてやる」
「ええ! それは理不尽すぎ! うわぁああああ」
「もう色々考えるのが面倒になったから、調教してくれるわ!」
「ちょ、鞭はいやぁあああ」
フラットが、機嫌の悪そうなレイナに追い掛け回されて逃げ回っている。
けれどそんな二人の行動に、アリスとクルスは小さく笑ったのだった。
これから少し更新をお休みします。




