異界にて
異界にて。
「失敗したか、メフィ」
「申し訳ありません、セラフ様」
目の前の魔族、メフィの上に立つ男であり、メフィを操り支配した男にメフィは頭を垂れる。
そうして従順な仕草を持って、次に投げかけられる言葉を待つ。
一通りの出来事をすでに書類で提出しており、それでもまだ足りないのかメフィを彼は呼びつけた。
輝くばかりの銀髪とは違う白い髪、その瞳は深い青色をしている。
面差しがクルスに似ているが、それは、僅かだが王の血を引いているからだと言われていた。
けれどクルスよりも柔和で優しげな印象を一見受けるこの男は、彼よりも容赦が無く残酷だ。
だから、失敗したメフィを呼びつけたその理由を考えれば、メフィに緊張が走る。
そこで再びセラフが、
「それで、クルス様と見えた印象はどうかな?」
「それは素晴らしい方でした! あれこそが我等が王に相応しい威圧感と力、美しさを兼ね備えた方です! ……申し訳ありません」
「いや、いいよ、そんなに素晴らしいのか……へぇ」
その言葉に、微かな負の感情を感じ取ってメフィは見上げると、セラフは笑っていた。
けれどその瞳に憎悪が見て取れる。
それにメフィが不安そうにしているのに気づいたからか、すぐに彼は笑顔に戻り、
「いや、大丈夫だよ。失敗する事は予定の範囲内で、もしも成功すればよかったと思っていたから。もしもの時のために、すぐにでも君を手助けできるように同属を配置していたからね」
「ありがとうございます」
「いや、“妖精族”は君も含めて美しいから、他の者達がうるさいんだ。特に君を好む彼ら……君の部下たちが、ね」
「そうでしたか……」
「もちろん僕も君の事が心配だったんだ。本当は止めようと思ったのだけれど、君がどうしてもと言うので仕方なく君を選んだんだよ?」
確かにあの時、我々の王に会いたいという一心でメフィは行動した。
王の血を引くセラフですらこれほどまでに魅力的ならば、その本流となればいかほどかと思ったのである。
人の血という異質が混じることに不安を覚えながらそんな彼をこちらに連れてくる、それはメフィにとって魅力的だった。
けれど確かその時も、このセラフは一物ある風だったとメフィは思い出す。と、
「これで話は終わりだよ。メフィ。ついでにこの書類を頼んでもいいかな?」
「は、はい分りました。セラフ様」
渡された書類には、次のいか家の扉がもっとも開きやすい時間と場所が書かれている。
これはクルス様にお伝えしておかねばとメフィは心の中で思い、セラフに一礼してからその場をメフィは去り、廊下を歩いていくと、
「へぇ、そういえばお前を失敗したんだったな、メフィ」
「先に失敗した貴方には言われたくありませんわ、シド」
そこにいたのは以前、アリスやクルス達を襲った少年の魔物だった。
彼はメフィを嗤い、
「あの小娘を利用して、クルス様を連れてこようとしたのだろう? そして失敗した」
「煩いわね、嫌味を言いに私の所に来たの?」
「初めから失敗すると分かっているようなそんな方法を、僕は本気で選ぶとは思わなかったがね」
「……どういう意味?」
「初めからアリスというあの少女だけに狙いを定めていればよかったのだ。あのフラットという“吸血鬼”は、クルス様の居る場所でなければ、普通に生きていけないのだから」
「けれど友人と好ましい少女の二人を連れ去れば、否が応でもクルス様は来なければならない」
答えるメフィだが、不安が滲む。
確かに目の前のシドの言うとおりで、そんなメフィに更にシドは付け加える。
「混血といっても、“吸血鬼”である事に変わりはない。そんなものと一緒になんて、守ってくれといっているようなものだろう」
「けれど弱らせて、私の力では容易に倒せましたわ?」
「さて、どうだろうね。本気を出したあの“吸血鬼”は思いの他強そうではあったね。はじめは弱いと僕も思っていたし、弱いと挑発してみたが」
「……そういえばあれは、“吸血鬼”らしくありませんでしたね。彼らは本能に忠実。なのに人を襲う気配がない」
「そう、随分と無理を強いているのだろう、自身の体に。もっとも、本性を現させた“吸血鬼”に、クルスサマの好む少女を襲わせても、どちらにしろ我々の心象は最悪。それにそんな術をかける時間があるのであれば、十分その小娘をこちらに連れてこれる。もっとも、来た瞬間にこちらの空気に合わず死んでしまうかもしれないがね」
笑うシドに、メフィはぞっとする。
それでは、初めから失敗させたかったか、クルス様にこちらに来て欲しくない、そのどちらかのようではないか。
そんなメフィの様子を見たシドが更に付け加える。
「それと面白いことを教えてやろう。セラフ様達は、クルス様達にはこちらに来て欲しくないようだ」
「! そんな、まさか」
「まさかかどうかはどうでも良い。そして何か仕事をいい付けら無かったか? ……それか」
「勝手に見ないでいただけます?」
「そこに書かれている内容のほとんどが間違いだ」
指し示すそれは、異界の扉が開く場所。
それを示したシドが、メフィを嗤う。
「確かなのはこれとこれ。憶えておくといい」
「何故親切に教えてくれるの?」
そのメフィの問いかけに、シドは嗤う。
「それすらもこちらの計算の内なのさ。この前は一人先走ってしまってね、お陰で随分怒られて……ついでに面倒ごとを押し付けられた、それだけだ」
その日、アリスは夢を見ていた。
空高くあるその場所で、花に囲まれながらアリスは夜空を見上げていた。
すぐ傍にレイナがいて、けれどいつもとは違う、あの神殿で見た巫女の表情だ。
そう思いながらアリスは地震の頭上を見上げる。
天空を思わせるこの場所は、アリスのために作られた場所のようだった。
空を映す鏡が、そこかしこに敷き詰められて今にもその夜空に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
そんな輝く宝石を散りばめた今にも降り注ぎそうな星空に、違和感をアリスは覚える。
見上げると、その一角が暗く濁る。
黒々としたその場所から、光が一筋、零れ落ちる。
流星だ。
それを負うかのように小さな星が光の粒のようにこの世界に降り注ぐ。
その光は、地上で燻ってから、花となり成長していく。
彼らはこの世界と同化した。
そして、誰かの気配を感じてアリスは振り返る。
そこにいたのはクルスだった。
そしてその後ろにはフラットや今日会ったイエラ、フラットのお兄さんのノイズさんもいる。
クルスはアリスに微笑んで手を差し伸べる。
その手にアリスは迷い無く手を重ねると、クルスはそのままアリスの手を引き抱きしめる。
耳元でクルスが何かを囁いて、けれどそれをアリスは聞き取れない。
そこでアリスは目を覚ました。
「今、何を言われたんだろう。というか夢にまでクルスが出てくるなんて」
昨日の今日で、“女神”だのなんだのと言われて、この石をアリスは渡されたのだ。
そう枕元においてあるピンク色の石にアリスは手を伸ばす。
きらきらと輝くその石を大事に抱きしめて、ふと夢の光景が頭に浮かぶ。
「行かなくちゃ」
どうしてかわからないけれど、アリスはそこに行かないといけない気がする。
けれどその場所が何処かアリスには分らない。
でも、多分遺跡ならば、
「クルス達が知っているかも。聞いてみよう」
アリスは呟いて、背伸びをしたのだった。
明日は休みます。と言うか連続更新キツイ




