頑張って下さい
レイナが、服を着替えて駆け出す。
少し時間がかかってしまったが、この程度は仕方がないだろうとレイナは思う。
アリスがそれを望んでその後始末をして、ついでにあいつ等が嫌そうな顔をするのが見れたのだ。
それだけで十分、レイナは満足している。
後はその喜びも含めて、ケーキを楽しみながらアリスに色々と話せばいい。
やる事はそれだけの簡単なお仕事のはずだったでしょう? とレイナは心の中で呻いた。
そのレイナの視線の先にはアリスがいた。
けれどその隣には得体の知れない……というよりは、フラット達に似た気配を感じる美しい男が立っている。
その男はレイナと目が合うと、微笑んで、
「はじめまして、イエラと申します」
「そうですか。何のようですか?」
つき返すようにレイナが答えると彼は微笑み、
「“女神”に関してお話をと思ったのですが、よろしいですか?」
「お断り。さあ、アリス、行くわよ」
レイナはアリスの手を引いてその場を去ろうとする。
けれどアリスが動かない。
「アリス、こんなのと関わっては……」
「でもこの人、クルスの知り合いだよ?」
「私は彼がここに来るとかアリスに会うとか、知りません。だからアリスと私とは、お話できません」
レイナがそう告げるも、イエラは困ったように苦笑してから、
「そんなに僕が危険だと思えるのですか?」
「ええ、いざとなれば殺せるからかまいませんが」
「怖い巫女ですね。いえ、彼女に少しお話を聞きたいと聞いた所、貴方と一緒なら良いと彼女に聞きましたが」
「アリス……」
「え、えっと、クルス達の知り合いだから、大丈夫だと思って」
「こんな奴らの言っている事なんて信用できないでしょう?」
イエラを指差すレイナに、アリスはにこっと笑って、
「一応こう見ても、相手をぼこぼこにする程度の事は出来るよ?」
「……確かにアリスは多少は戦闘には強いかもしれないけれど、それでもいつも上手く行くとは限らないでしょう?」
「そのための魔道具だって一杯あるし」
アリスが言い訳をするようにレイナに言うと、そこでイエラが、
「なるほど、まだ“女神”は完全ではないと」
「……今言った事は忘れなさい」
「いえ、それならば貴方が気にかけるのは分ります。完全ではないか弱い存在。連れ去るのは簡単ですね。人質としても使えますね」
「貴方……」
「もちろん僕はそんな事はせず、アリスとのお話をほんの十分程度でいい、聞かせていただければそれで満足です。ただ、話を聞けないとなると、客人として招待する事になりますが。もちろん正式な手順を踏んでです」
どうあってもアリスと話をしたいというイエラ。
そして正式な手順を踏んだのなら、おそらくはクルスの正体もアリスの知らない場所で起きている事も、アリス自身が何であるのかを全部知らされる。
アリスが自由でいたいと願ったそれはその瞬間崩れ去り、もしもクルスが本気でアリスを望むのなら、恋愛という甘い言葉では片付けられなくなるだろうとレイナは推測してから、目の前の男に苛立ったように睨み付けて、
「いいわ、少しだけ話をしてあげなさい。但し十分しか許さないから」
レイナが告げたのだった。
そして転送陣で飛び、いつも行く酒場と反対方向にある喫茶店にて。
話を聞いていたイエラが、冷や汗を垂らしていた。
「……アリスさんは、随分と活動的なのですね」
「やられたままで居るのはいやなだけです。それに色々挑戦してみたいし」
「そうですか。所で、“女神”と“流星の神”についてどう思いますか?」
「神話としか。それ以上の感情も考えもありません」
「そうですか……そうですね、記憶は引き継がれないはずですからね」
「? どういう意味ですか?」
「貴方が“女神”だという話です」
「……何の冗談ですか? 私は普通の女の子ですけれど」
アリスは突然真剣な表情になったイエラに、笑い飛ばそうとする。
けれどイエラもそうで珍しくレイナも何も言わない。
アリスは困ってしまう。
冗談としては全然面白くなくて、“女神”というだけ強い力も持っているわけではない。
アリスはそう思いながら、傍にあったグラスから水を一口飲む。
歯車の回転する音が遠くで聞こえて、このままそちらに行ってしまえば、アリスは気楽なように思えた。と、
「貴方は“女神”です。幾つもに分かれた“女神”の血が顕現した者」
「ですから私、そんな力はないです」
「そうですね、今の貴方にそれは感じられない。だから信じられないのです、我々は」
「我々?」
「ええ、貴方がどういうつもりなのかを、本心を探ろうと思い貴方に会いに来たのですが、言っている事は子供のお遊びだ」
「子供のお遊びって……確かに貴方にはそう見えるかもしれませんが……」
「では、どのような理由があるのですか?」
そのイエラの問いかけにアリスは考える。
前は、遺跡に遊びに行くのが楽しいからだった。
遺跡はとても心地よくて、アリスを必要としているように、鍵が合うようなしっくりと来るそんな感覚を味わえた。
けれど今はどうだろう。
遺跡に行く、よりももっと望んでいたのは、クルスに会える事ではなかったのか。
遺跡はすでに口実で、あんな危険な目にあっても目指すのは、クルスが居るから。
だってアリスは、クルスが好きだから。
けれどそれはまだ言えなくて、言う勇気がなくて、ただ傍にいてくれれば良いだけで。
そんな顔を赤くするアリスに、イエラが嘆息した。
「分りました、もういいです」
「え、あ、え……あの」
「貴方の裏表の無さには、ある種の好感すらも覚えました。このことはクルス様には伝えないでおきます。頑張って下さい」
「へ、え? あの……」
「それでは丁度ケーキが来たようですね。伝票は支払っておきますので、お二人はごゆっくり」
イエラがにこりと笑い、伝票を会計に持っていく。
それを見送りながらアリスは、
「あの人、何がしたかったのかしら。やっぱり、“女神”なんて冗談なんじゃ……」
「本当の事よ。彼が言っていたのは」
「レイナ、冗談がきついよ」
「……とりあえず、これをこれからつけているように」
そうアリスにピンク色の石のついたペンダントを渡す。それを見ながらアリスは首をかしげて、
「これは?」
「今はそれをつけておくだけで、大丈夫でしょう」
それ以上レイナは言わない。
まだアリスに心の準備が出来ていないから。
けれど彼らが接触してきた事は、彼らもアリスの存在に気づいている。
事態が急変する前に、少しずつ手を打とうと思っていると、
「レイナ、いつも迷惑ばっかりかけているね」
「何時何処で誰が迷惑を掛けられていると?」
「え? えっと、私がレイナに……」
「それはないわね、この程度、迷惑でも何でもないわ」
「……レイナは優しいね」
「その優しさに打算があると、アリス、よく覚えておきなさい?」
「……うん。レイナが恥ずかしがり屋だって覚えておくね」
違うでしょうと、レイナが怒ってアリスが笑う。
けれどその穏やかな一時は、アリスたちにとって心地の良いものだったのだった。




