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逃げるが勝ち

 神殿の中には、レイナのような服を着た巫女、神官が行き来している。

 けれど誰もが無表情に、機械的に動いているように見えた。

 どうも、この内側の静謐だけれど鋭い氷のような静けさが、空気までも凍りつかせて痛みを感じさせるようで好きになれない。


「レイナ、何処まで行くの? 随分深くまで来ているようだけれど……」

「行けば分るわ」

「……私、まだ自由でいたいよ?」


 そのアリスの言葉に、レイナは歩みを止めた。

 そこで振り返ったレイナの表情は、アリスが今まで見たことのない、そんなこの神殿の巫女らしい無表情だった。

 アリスはそんなレイナを見て、


「レイナ……何か変なものを食べた?」

「いえ、元からですわ、私は。これが私の本性」


 そう病んだように笑うレイナに、アリスはうーんとちょっと考えてから、


「ちょっとお手洗いに行ってきていいかしら」


 と、レイナに告げる。

 それを聞いたレイナは、何となくアリスが何をしようとしているのかに気づいて、ようやく破顔して、


「ええ、貴方の好きにすればいいわ、アリス」

「ありがとう、レイナ」


 そうにっこりと笑ってからアリスはそれから更に考えて、レイナの耳元に手をやりこそこそと、


「このままどこかで、美味しいものでも食べに行かない? 美味しいケーキのお店、見つけたけれど」

「……そうしちゃおうか。じゃあ三十分くらい転送陣の近くで待っていて」


 そうレイナは言ってからアリスと顔を見合わせて、お互い悪戯っぽく笑ったのだった。






 まずはお手洗いに入ったアリスは、一番大きな窓の鍵を開ける。

 中と外に人がいないことを確認してから、窓を開いて、ここが一回だった事に感謝しながらアリスはそこから外に逃げ出した。

 ついでに周りを見回して、建物の傍に立っていた木に隠れながら次に何処に行こうかを見回してそこにささっと走って隠れる。

 と、歩いていく神官達。


「“女神”が現れたらしい。それで……」

「そんな……などせず、我々で保護すればいい。そうすれ……」

「だが、それで彼……失敗すれば失墜……」


 途切れ途切れに話を聞きながら、何だかこの人達嫌いだわと思いながらアリスは駆けて行き、そのまま再び裏門へと向かう。

 懐かしい気配は遠ざかり、それが何処か寂しさを覚えるもそれで良いとアリスは思う。

 まだアリスはアリスのままでいたくて、知る分だけ逃げられなくなってしまいそうで、その恐れから逃れたいとアリスは思うのだ。

 我侭と言えば我侭だけれど。


「まだ私は、何も知らずに自由でいたい。私はまだ、クルスに自分の気持ちを一言も言っていない。でも……まだ言う勇気もない。だから……時間が欲しい」


 終わりが来るのは分っているけれど、それでも、それまでの時間を噛み締めたいとアリスは思う。

 そう思いながら隠れながら様子を見つつアリスは駆けて行く。

 そして先ほど通ってきたその扉を出てその先の花畑に一歩踏み出す。

 と、アリスはそこに、珍しく人がいることに気づく。

 その人は綺麗な男の人だった。

 青い髪に金色の瞳をした男。

 そしてとても強いと、アリスは気づく。

 けれど彼には会った事はないが、微かに感じるその気配はアリスにとってとても馴染みのあるものだった。

 だからじっとアリスを見る彼に、問いかけてしまったのかもしれない。


「クルスとフラットのお友達……知り合いですか?」


 その問いかけは、目の前の彼を驚かせるものであったらしい。

 警戒するようにアリスを見て、


「……どうしてそう思われるのですか?」

「気配が似ているから。雰囲気も何処となく二人に似ているし」

「そう、ですか。他に……理由がありますか?」

「? 特にないです。あの……どうして私をそんなに警戒するのですか?」

「……ただの子供にしか見えない」

「むか! こう見えて私……」

「あ、そういう意味ではなくて……少しお話を聞かせてもらってもいいかな?」


 そう問いかけてくる彼。

 初対面でそのように誘い、ついて行くのは危険なのだが……彼はクルス達と同じものをアリスは感じた。

 もしかしたなら彼についていけばクルス達のアリスの知らない一面を知る事ができるかもしれない。

 そして彼は、クルス側の人間で、だからアリスには危害を与えないとアリスは思う。

 だって、先ほどクルス達の名前を出した時この人は、驚きはしたけれど敵意はまったく感じなかったのだから。

 なのでアリスは彼ににこりと微笑み、


「レイナと一緒でもいいですか?」

「レイナというのはあの神殿の巫女の?」

「そうですけれど、レイナは有名なのですか?」

「美しく強い巫女として名前は知っている程度ですよ。待ち合わせの場所はありますか?」

「うん、そういえばお名前を聞いて良いですか?」


 その問いかけに目の前の彼は戸惑うようにアリスを見てから、


「イエラと言います」

「イエラさんですか。私はアリスと言います。よろしくお願いします」


 そう自己紹介を終えて、アリスはイエラと一緒にその場を去り、待ち合わせの場所へと向かっていったのだった。






 レイナがアリスが逃げた事を報告すると、神殿の長であるミーシャがおかしそうに笑い出した。


「あはははは、逃げ出したの、そう、そうなの」

「笑い事ではありませんミーシャ様。大体これはレイナの失態……」

「でも“女神”がそれを望まないなら仕方がないわ。残念ね、本当にねぇ」


 周りの神官がレイナの失態だと叫ぶも、レイナは涼しい顔をしていてミーシャは大体見当がつく。

 レイナがアリスが逃げるのを予想しなかったわけではない。

 わかっていて見逃したのだ。

 おそらくはアリスが拒み、そしてレイナもそれを望んだ。

 実の所ここの場には、“女神”を保護しようという者達が大半を占め、それを実行しようとしていた。

 なので、それに感づいたのかもしれないとミーシャは思う。なので、


「“女神”様は全てお見通しなのかもしれませんよ?」


 そう笑うと、ぎくりとして何人かの神官と巫女が体をこわばらせた。

 それを見ながらミーシャは更に笑みを深くして冷たく彼らを見ながら、


「私は、“女神”の保護には反対です。前から言っていましたが、もう一度言いましょう」

 

 逆らう者に対しての牽制もかねてミーシャは告げる。

 その威圧感たるや凄まじいと、レイナは心の中で舌を巻く。

 そして今度はミーシャはレイナの方を向いて、あるものを手渡した。

 それはピンク色の石のついたペンダントであったのだが、


「これは……説明しなくてもよろしいいのですか?」

「どうせ言う事は三行程度にまとめられる話ですもの」

「いえ、もう少しかかるのでは?」

「そこはレイナの裁量に任せるわ。大体二時間も時間を取って話す内容ではないし、飾られた言葉を延々と聞かされる苦痛は私も好きではないから、後は任せたわ」

「ミーシャ様……ありがとうございます」

「いえ、アリスの信頼を、本当の意味で友達として勝ち取っている貴方だからこそ任せられるのです」


 そう告げるミーシャ、この部屋に来てからレイナはようやく心から微笑み、ミーシャへと一礼したのだった。


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