調教されるのはごめんです
クルスは自室に戻り、椅子にゆったりと座る。
今後の事を少し話し合いたいがためにフラットを呼び寄せたが、すでに時間は黄昏時。
魔が潜むには丁度良い時間であり、部屋も薄暗く、夕焼けの赤い光の中に霞んでいる。
自室に戻リ服を着替えたクルスとフラットは、それまでにあった友達同士のような気軽さは完全に消えうせ、何処か不安と居心地の悪さを感じさせる空気に包まれている。
そこでクルスが大きく溜息をついた。
「……どうして、俺をあれほどまでに王に据えたがる」
「自分で何かを決められないのでしょう」
クルスの愚痴に、フラットは事も無げに答える。
その答えに今度はフラットをクルスは表情を消して見ながら、
「冗談では済まされない」
「クルス様は本当にあのアリスという少女がお好きなようで。それほどまでに寵愛するならば、捕らえ、手元においておけばよろしいのに」
「俺は、アリスのままが良い。自由なアリスが俺は欲しい」
「自由だからといって危険に曝すよりは、捕らえて、傍で愛で、可愛がり、愛玩する方がよほど安全ですよ?」
「……それを、あのレイナという巫女の前でも言えるか? フラット」
クルスは冷たくフラットに告げると、フラットは少し考えるように黙ってから、
「……ええ、言えますとも。大切なものは箱の中に鍵をかけて、隠しておく。常套手段でしょう? 危険から遠ざけ愛おしいものを傍で愛で、守る。何処に拒む要素がありますか?」
「それをお前は、レイナに出来るか?」
「何故彼女をすぐに引き合いに出すのかは僕には理解しかねますが……おそらくは、無理でしょう」
「お前は自分に出来ない事を、俺に要求するのか?」
「クルス様、貴方様は僕と違って王なのですよ? 我々の。だから我々の出来る事以上の事を要求されるのは当然です。そして付け加えるならば、アリスとレイナではまったく異なった性質を持ちます」
「言い訳にしか聞こえないな。部屋で二人っきりになりたいと思わないのか?」
「調教されるのはごめんです。僕は、ね」
フラットは相変わらず不気味なほどに余裕の笑みをたたえ、不安を覚える理知的な恐ろしさを含ませた表情をしている。
そんな表情から感情を読み取れないフラットに、クルスは“王”特有の傲慢さを前面に出した笑みを浮かべて、
「今までそう言って、調教もされなかったじゃないか」
「これからもされない保障はありません。そして、彼女は“女神”側の人間です。“流星の神”を祭るといいながら、彼らは“女神”至上主義だ」
「所詮は“流星の神”とはいえ異界から堕ちた、ただの王にすぎない」
「……クルス様、そのような物言いはよろしくありません」
「事実だろう? 何故なら……」
「クルス様、我々は貴方様を敬愛し、憧れております。同時にその力もまた、我々とは比較にならないほど巨大であると、自覚してください」
「自覚はしているさ。ただ、俺は……自分がそんなにもお前達に崇め奉られる存在と思えないだけだ」
そう自嘲気味に笑うクルス。
それを見ながらフラットは、こういった場では珍しく真剣な表情をして、
「僕は、クルス様に出会えたお陰で、再び日の当たる世界に戻る事ができました。もしもあの時、家を継げない役立たずな僕にクルス様が手を差し伸べて下さらなかったら、僕はいまだあの暗く狭い場所で孤独に生きてきたでしょう」
「ただの気まぐれだ」
クルスがフラットから顔を背けた。
そういえば昔からあの時の事をクルスに言うと、照れ隠しなのか顔を背ける。
そんなクルスにフラットは更に、
「それでも、僕は感謝しております。クルス様」
「……何かあったのか?」
「さあ、どうでしょうね。ですがこの辺りであのアリスという少女の話は止めましょう。同じ問答が繰り返されるだけですから」
「賢明だな。そして、俺にとってもフラット、お前は大切な……“眷属”であり友人だ。冗談で済まされないと俺が答えたのは、俺にとってお前も大事だからだ。それをよく覚えておけ」
クルスが事も無げに告げ、そしてその言葉にフラットは一瞬戸惑ったように、いつもの酒場にいる時のように表情を崩した。
けれどすぐにフラットは先ほどと同じ表情に変わり、
「……所で、我々の行動は筒抜けであったようですが」
「そうだな。だが、この世界で魔物と認識されずに存在していられるのは我々くらいのものだ」
「つまり内部で彼らに情報を流しており、かつ、僕やクルス様の動向が把握できる人物であると?」
「その条件では王に近い者達のなかでで、一番俺達と交流がある者となると誰だと思う、フラットは」
そこでフラットは口を閉ざした。
けれどそんなフラットにクルスはすぐに意地悪く笑い、
「お前の兄、ノイズが相当する。だが、俺があちら側に行くとなれば、フラット、お前もあちら側に行くかこちら側で再びあの暗闇の部屋で生きるかしかなくなってしまう。そのどちらも、あの過保護でブラコンなお前の兄が許すとは到底思えない」
「更に付け加えるなら、昔から僕と悪さをしていたクルス様も、ノイズ兄様にとっては弟分のように大事らしいですよ?」
「……そうか」
「嬉しそうですね、クルス様」
「俺には兄弟はいないし、ノイズには色々世話になった。他の者達とは違う親しみを感じる」
「そう言って頂けて僕も嬉しいです。けれどそうなってくると誰が手引きしているのかは分りかねますね」
「ああ、だからこれから、こちらの意図を気づかれないよう話を聞いていくか、動きを探るのも方法の一つだろう」
面倒な事になったとクルスが獰猛に嗤う。
それは自分の敵を見つけ出し、食い殺すと言っているように見えた。
フラットの笑みが深くなる。
クルスは優しいだけの王ではなく、獰猛で勇敢な次の自分達の王なのだ。
これからは忙しくなるが、必ず見つけてやるとフラットも思いクルスに言葉に頷く。
そう思いながら、一通り話す事は放したとフラットは思い、そこでフラットがクルスに、
「申し訳ありませんが、また、“血”を頂けませんか?」
「十分な状態に思えるが?」
「いえ、いつもと違うのはどうにも気持ちが悪く感じられまして」
その妙な言い回しにクルスは眉をひそめて、フラットに問いかける。
「どういうことだ?」
「……ここ暫く魔力を使いすぎたのか、捕まってしまった時に、複数の魔法をかけられて体を弱められ……アリスにその全てを解かれ、この体も回復させられました」
「お前の体を? そもそもアリスの属性は“光”だろう?」
「そのはずです。そのためか同時に違和感を感じて仕方がありません」
「……分った。“血”を与えよう」
「ありがとうございます、クルス様」
そう、フラットはうやうやしく跪き、再びクルスから血を分け与えて貰ったのだった。
次の日、誘われるままにアリスはレイナに誘われるままに神殿にやってきていた。
「相変わらず大きくて綺麗ね。さてと、裏口はこっちだったかしら」
そうアリスは黄色い花の咲く茂みを分け入って暫く行くと、柵が見える。
その白い柵には魔法がかかっており、結界の魔法がかけられて、それを壊そうとするものを同時に無力化する力を備えていた。
なので普通に入るのであれば、正面口かまたはアリスの今目指している裏口から入るしかない。
やがて少し開けた場所に辿り着く。
白、ピンク、青……幾つもの色の花に地面が彩られた場所。
甘い香りが漂うその場所の一角に裏口の扉がある。
そこをアリスは目指して歩いていく。
ようやく辿り着いた扉は彫刻で“女神”の横顔が彫られている。
その扉にアリスが手を触れると、自然と開く。
「よし、これでっと……レイナはまだ来ていないかな」
そうアリスは呟いて周りを見回す。
何処か懐かしい感じがしていると、レイナが走ってアリスの元にやってきた。
白い巫女の衣装を着れば、確かに神秘さを感じる清純な巫女に思える。
間違っても鞭を振り回しているように見えないなとアリスは思っているとレイナががしっとアリスの手を掴み、
「良く来たわね、もう話は通してあるからすぐに行きましょう!」
「えっと、何処へ?」
首を傾げるアリスにレイナは、
「何かここで感じる事ない?」
「懐かしさかな?」
「上出来よ、行きましょう! 」
そう言ってレイナはアリスを連れて、神殿内部へと向かったのだった。




