疑問だった
爆発は、女の魔物がかろうじて防げるものだった。
けれどそれを受け止めるのは並々ならぬ力が必要で、女の魔物は恐れを抱く。
どうにか防ぎきり、爆発によって起った砂煙で視界が遮られるのを待つまでもなく、女の魔物は駆け出した。
フラットとアリスの気配も音も、どちらも捕らえていたから。
なのに、追いつけない。
魔法を使って宙を滑るように滑空しているのに、地面を跳ねる彼らに追いつけないのだ。
先ほどの力といい、あの雰囲気といい……あの、アリスという小娘は何者だと女の魔物は思う。
そしてそれがどうしてあんなにも容易に捕らえられたのか。
考えれば考えるほど女の魔物は違和感を覚えてしまう。
もしやこちらの動きが分っているから、彼女は捕らえられたとしたなら、辻褄は合うか?
だがあのフラットという“吸血鬼”は本気で、あのアリスという少女を守ろうとしていなかったか?
「わけが分らない。何故強いものを弱いものが守ろうとする?」
それは女の魔物には疑問だった。
あれだけ強いのならば誰かと共にある必要なんてないだろう。
守られる必要などない。
そして女の魔物の話など聞かず、迫り来る敵全てを倒していけば良い。
身の安全を最優先するならば、そう出来たはず。
そしてそんなあの小娘に、自分はなんと答えたのかを思い出す。
「クルス様は優しいから」
何故そんなに一言で、疑いもなく決め付けられたのだ?
そう考えて女の魔物はぞっとする。
クルスの傍にいる友人であるあの“吸血鬼”や、彼が気に入っているあのアリスという少女を攫って、どうして許してもらえると思った?
もとの世界にクルスを連れ戻し再び王となって頂き、こちらの世界も支配する。
けれど二人を連れてきて、何故すぐに異界送りにしなかった?
ああそうだ、準備がまだ途中で、だから話を聞いて、逃げられてしまったのだ。
女の魔物はそこで地面に舞い降りて、失敗を告げて逃げ出すのが安全だと理解する。
けれどそこでその気配を感じて女の魔物は立ち止まり、そっと傍の壁から様子を伺う。
どうやら再会を喜んでいるようだが……やはり気づかれていた。
「やはりお気づきでしてか。クルス様」
「……気配が隠せていないから。だが、どうして逃げなかった?」
クルスはそう問いかける。
知性ある魔物であればクルスの怒りを買い、逃げ出しそうなものだとクルスは思う。
それとも別の理由があるのだろうかと、クルスが警戒していると、
「我々の王として、君臨してはいただけませんか?」
「……俺はお前達の王ではない」
「願うだけならばかまわないでしょう」
「アリスやフラットに手を出したお前達を、俺達が許すとでも?」
ふわりと舞うクルスの力を感じて、女の魔物が目を輝かせる。
それを見ながらこの前のあの少年の魔物と同じだと思いながらクルスは、
「俺はこの世界に住まう王だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ですが、貴方様の本当の力が発揮できるのもあちらの世界であり、あちらで力を蓄えれば、今度こそこの世界の憎らしい“女神”を倒せるでしょう」
そんな熱っぽく告げる女の魔物に、それを見ていたレイナがそこで嘲笑いながら、
「“女神”をお前達は本当に倒せると思っているの? 昔は負けたくせに」
「……なんだと小娘が」
「あら、ごめんあそばせ。つかれたくないものね、何せ貴方方の王がこの世界に来て、“女神”に負けてこちらの世界に残る事になったのだから」
「違う! 我等が王は、お前達のあの“女神”に惑わされたのだ! 卑劣な手を使って……」
「現実を見ましょう? 貴方方のほうに魅力が足りなかったと」
「この……」
睨み付ける女の魔物だが、それを見ていたクルスがちらりとフラットを見ると、フラットが大きく溜息をついてから頷いていがみ合っているレイナの方へと歩いていき、
「レイナ、あまり怒らせるのは良くないと思うから、はいこっちだよ~」
「何よ、この偽ヘタレ男。この程度、挨拶程度だわ」
「……いや、うん。もう少し男に夢を見せるような発言をしようねレイナ」
「大丈夫、猫を被るべき時かどうかはわきまえているから」
そんな憎まれ口を叩くレイナだが、フラットに手を捕まれれば、ぶつぶつと文句を言いながらその場を引いていく。
それにほんの少しだけクルスは優しい眼差しで見つめながら、すぐに険しい表情で、
「それで、俺のお気に入りに手を出して、ただで済むと思っているのか?」
「……いえ」
「では、何故こんな事をした? この前のあの少年の魔物と同じように俺が“弱い”から捕らえるのは容易だと思ったのか?」
「いえ、私は彼ほど愚かではありません。彼からの話も含めてクルス様の恐ろしさは理解しております。ただ私達は、本当に戻ってきていただきたいだけなのです」
「それがこんな回りくどい手を使って?」
「お気に入りの者達があちら側に連れて行かれたなら、貴方様は取り戻しに来るでしょう」
「当たり前だ。そして、その怒りは何処に向くかも分っていたのか? それにアリスは普通の人間だから、あちらに連れて行かれては……」
「死んでしまうかもしれませんね」
その言葉に、クルスから舞う魔力が更に強くなる。
恐ろしいまでの力に、女の魔物は息を飲む。
と、そこでアリスが小さく呻く。
それと同時に、クルスから発せられた威圧感が収まっていく。
アリスに怖い思いをさせたくない、そう、現状では女の魔物よりもクルスはアリスを優先させた。
そこでそれを見たフラットが、
「クルス様、その女の魔物は処分するのではなく、利用してはいかがでしょう」
わざと様付けで呼ぶフラットに、クルスは振り返り睨みつけて、
「これを、許せと?」
「ええ、そして彼女は何者かに操られてこのような行動を取っていたようです。これからも操られたように見せかけて、あちらに忠実に働かせて、あちらの情報を引き出すのもまた良いのでは?」
「アリスやお前に手を出したのが気に入らない」
「そう言っていただけて僕は光栄です。そしてアリスも嬉しいでしょう。ですが……この前の魔物の件といい今回といい強い者がこちらに送られてきております。そして、僕を利用するようにこちら側と思しき人物とも手を組んでおります」
「……あちらの意図を読み、こちらの敵を把握した方が早いか」
「そして、何時までもクルス様のお父様である王の手の平で躍るつもりはないのでしょう?」
さりげなく対抗心を揺さぶってくるフラットに、こういう時は小憎らしいんだよなと思いつつもクルスは考える。
確かに今ここでこの魔物を倒すのは容易だが、利用するには都合がいいだろう。
そしてあの前回襲ってきた魔物に関しても知っているらしい。
それを考えるならそこそこ大きい集団に属し、内部の情報が聞こえる。
それは自身の身を守るだけではなく、アリスやフラット達を守る事にも繋がる。
更に付け加えるなら、現在すぐ傍にアリスがいる中で、できる限り血生臭い事はしたくはない。
「分った、お前、名はなんと言う?」
「メフィと申します」
「では、俺の配下となり、忠誠を誓うのであれば命は見逃す」
「……はい、受け入れます。何なりとお申し付けくださいませ」
このまま殺されるのも覚悟の上だったが、求める王に支配され“眷属”となるのであれば、それはそれで嬉しい部分もある。
もっともこれからは、メフィにとってより過酷な世界に身を投じる事になるのだが、それでもかまわなかった。
そこでクルスが、フラットにアリスを名残惜しそうに渡して、メフィに近づいて額に手を触れる。
一瞬のずきりとした痛み。
けれどそれで終わってしまった。
「今回の黒幕の正体を探って来い。そして……二日後、俺がいる酒場に来て報告しろ」
「はい、クルス様」
そうメフィは、うやうやしくクルスの前で頭を垂れたのだった。
「アリス、アリス!」
「……んんっ、レイナ。あれ?」
アリスが目を覚ますと、クルス達が心配そうにアリスを見ていた。
「大丈夫か? アリス。何処かおかしな所はないか?」
「うん、大丈夫だけれど……あれ、あの女の人の魔物は?」
「……こちら側の味方についてくれることになった」
「そうなんだ。でも、あれ? 何かをあの人達と話していた気がするけれど、良く覚えていないな。うーん」
「覚えていないのは、たいした事がないないようだ」
「そうなの? そっか。でもなんだか良い事があったような……」
そこでクルスはぎくりとする。
アリスの額にキスしたのだ、しかもこう……」
けれど、アリスは覚えていないようだから、恥ずかしくもなんともないのだが。
クルスとしては残念な気もするが。
と、レイナがアリスの手を引く。
「もう戻らないと」
「え? もうそんな時間? 分った、じゃあ、また」
「ああ、二日後に」
そう手を振るクルス達を見送られながら、アリスとレイナは転送陣へと走る。
そしてどうにか丁度行う魔法に間に合って、帰って行ったのだが。
地元の傍の魔方陣から少し離れた場所で、レイナがいつもと違い真剣そうな表情でアリスを見た。
「どうしたの? レイナ」
「アリス、明日神殿に来てもらえるかしら」
「? いいけれど、何のよう?」
「ちょっとした用事。すぐ終わるから」
その言葉にアリスは頷き、それにレイナは何処か考え込んでいるようだった。




