優しいもの
カチカチと歯車がかみ合う音がして、アリスは、自分が何なのかを理解した。
けれどまだ眩暈がして自分を庇うフラットを見ながら、フラットと女の魔物の会話を聞く。
吐露された言葉の端々で、クルスを親友だと、その思いは本当なのだとアリスは思う。
同時にその仲の良さもちょっと羨ましく感じて、けれどそれはアリスとレイナの間にあるものに似ていて、アリスは自分がクルスと似ている部分があるんだなと思う。
そう思うとアリスは共通点があるようで嬉しい。
そこで消えろと呟き、フラットが何か……をしようとして。
それをアリスは止めようと思うも、それよりも前にフラットは女の魔物の攻撃を受けて倒れた。
目に見えて弱っていたフラットが別のものに変わって行く。
違う、今までは、隠していただけだ。
そんなフラットは駆け寄るアリスに、手を伸ばして囁く。
「……僕、アリスの事が前から、好きだったんだ。だから……血を頂戴?」
これをレイナにやれば一発でいちころなんじゃないだろうかとアリスは半眼で思いながら、一気に全部といてしまう事にした。
手に魔力をこめて、軽くフラットをはたく。
すぐに正気に戻ったフラットは、焦っている。
そんなフラットにアリスはいつものように笑いながら、
「抱きつかれた時、フラットに幾つもの呪いがかかっているような気がしたから今ので解除しておいたわ。ついでに、今のそこの女の魔物の攻撃も癒しておいたから」
「アリス?」
「弱っていたのはそのせいかもね。でももう大丈夫だよ? それにレイナに、私を襲った事とフラット自身の事、秘密にしておいてあげるね?」
これ以上こじらせても仕方がないから、とアリスは思う。
なんだかんだでレイナとフラットはお似合いだ。
アリスには普通に口説くだけなのに、フラットにはレイナにはちょっと意地悪で、アリスと話しているときより楽しそうなのだ。
でもまだまだ無自覚らしい。
現にフラットは頬を引きつらせて、
「えっと……レイナは関係ないんじゃないかな?」
「……無自覚? 嫉妬して欲しかったくせに」
「えっと、アリスちゃん、どうしたの?」
それはないわーという顔をするフラットに、これ以上話していてもフラットは絶対認めないから、堂々巡りになるだけだとアリスは笑う。
だから今度は目の前の敵に、アリスは視線を移す。
多分今なら一瞬でアリスは彼女を消す事も出来るだろう。
でもせっかくだから、お話を聞こうとアリスは思う。
だってこれから、この前の彼も含めて、一杯彼らは来るだろうから。
王を取り戻し、もう一度この世界を手に入れようとするために。
それに人質なのだから、彼女はアリス達を殺せない。
クルスと共に行動する友達であるアリスとフラットを彼女は殺せない。
彼女はクルスの不興を買いたくないから。
けれど、アリスを彼女は恐れているようだ。
攻撃を防いだ事でかなとアリスは思いながらも、彼女が、
「……何が目的だ。そしてお前は何だ?」
「ただの人間でとっても強い魔法使いだよ。それよりお話しよう? せっかく異世界からきてくれたんだから、ね?」
アリスは嘘をついた。
でもそれは本当の事に混ぜた嘘で、とても分りにくい。
それも彼女は恐れを抱いたようだ。けれど、
「それで、どうしてフラットにこんな呪いをかけたの?」
「……何の話だ」
「フラットの体が弱るようにして、抵抗力を全て下げて……人質が抵抗しないように? 逃げ出さないように? そういえばフラットが弱いと思っていたようだから、逃げ出さないように、か」
「ふん、その程度の呪いに容易にかかってしまうようであれば、弱いとしかいえないだろう」
「うーん、たまたまだと思うよ? それこそ運が良くて、弱る魔法がかかった。でもそのお陰で、フラットがクルスの事をどう思っているのか分ったし」
にやっと笑ってアリスがフラットを見ると、フラットが小さく呻いて、
「……そこはこう、言わないで頂けると嬉しいかな? 恥ずかしいから」
「いいよ、その代わり今度は自分の命に代えてでも私を守ろうとしないでね? でないとその事も含めてクルスに言いつけるから」
「……うう、でもそれしか方法が……」
「無い訳ないでしょう? もっとも抵抗力の低下と共に思考力の低下が起こって、随分とフラットは饒舌だったし」
「アリスちゃん、お許しください。これ以上は恥ずかしくて解けてしまいます」
「約束してくれるならいいよ?」
アリスはいつものように笑っていて、それにフラットは戸惑いつつも頷く。
「はい」
「よし、じゃあこれでいいかな。それで話を戻して……貴方はどうして、フラットをこんな風に罠にはめる事ができたの?」
そこでアリスは女の魔物に問いかける。あのフラットと操られたらしい彼女との接点は、フラットが自分から声をかけたくらいで……確かにフラットが好きそうな美人ではある。
一方アリスのその問いかけに女の魔物は、思考を張り巡らす。
まだ、知られるわけにはいかないと女の魔物は細心の注意を払って、
「……クルス様を調べている時に、その周りにいる仲の良い貴方方を見つけて、そこから落として行く事にしたのです。その過程で、丁度不機嫌そうなそこの“吸血鬼”が、人間の女にデートを申し込んでいると。だから利用しました」
「私達が、フラットを追いかけなければ、貴方は私達を捕まえる事を出来なかったはず。その時はどうするつもりだったのかしら」
「クルス様はお優しくて繊細だもの。そこの“吸血鬼”の恋を応援してくるに違いないわ」
それを聞きながらアリスは、レイナが機嫌を損ねて尾行する事になったのだと思い出して……目の前の女の魔物の推論が間違っていると気づく。
確かに結果論ではそうだが、
「誰も、貴方のその考えに反論しなかったの?」
「まさか! 皆そうよねって、あの方だって褒めていただけたし」
「あの方? ……この前来たあの人間の魔物のように?」
「あんな先走りして、自分の欲を優先した愚か者と私は違うわよ? 私の考えは完璧なの。美しく強く明晰な私」
そう陶酔するように呟く彼女に、アリスは誰かが目の前の彼女を躍らせていると気づく。ついでに、
「私達を人質にして、クルスの機嫌を損ねるかもしれないわよ?」
「でもクルス様はお優しいから、きっと許してくださるわ」
「……どうしてクルスが優しいと貴方は思うの?」
「優しいからですわ、クルス様は優しく強い我々の王」
「……そう、それで私達を人質にして、どうするの?」
「クルス様がもうすぐいらっしゃるから、人質が生きているのを確認して頂いてから貴方方をあちらの世界に連れて行くの。生きていても死んでいてもクルス様があちらに言ってしまえば我々の目的は達成できる」
「私達が死んだら、クルスは怒るよ?」
「大丈夫、クルス様はお優しいから」
会話がおかしいと彼女は気づかないのだろうか。
きっと目の前の女の魔物は操られている、何者かに。
そして、あちらに連れて行くと彼女は言うが、確かにすぐ傍に異界の扉をアリスは感じる。
閉じるのは簡単だが、まだあまり彼らにアリスは自分の事を知られたくない。
そしてそれゆえに、目の前の女の魔物の呪いを解くのは、現状では得策ではない。
更に加えるのなら、もう話していても仕方がないのでアリスは、
「フラット、ちょっと来て」
「え? 何? アリスちゃん?」
おいでと手招きして、アリスの近くまで来た所で、
「これ以上聞いても、クルス様は優しいからしかいわなそうだから……ここで逃げるね」
そうアリスが手を振ると同時に、その女の魔物とアリス達との間で大きな爆発が起こったのだった。
明日は更新できないかも




