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おめざめ

 クルスを消した後フラットの彼女役の女は地面に倒れていた。

 脈を確認したが、生きている事が分り、近くの公の場所に預けてその場を去るクルスとレイナ。

 今は、指定された“暗闇遺跡”を目指している最中で、けれどクルスは一言も言葉を発していない。

 理由はアリスまで姿を消した事に、クルスは憤りを感じていたからだ。

 それがもやもやとクルスの中で燻り、つい零してしまう。


「どうしてアリスまで……」

「貴方様の泣き所を良くご存知のようですね」


 抑揚のない、けれど冷たさと威圧感の感じる澄んだレイナの綺麗な声。

 耳に良く残るその声がその意味をクルスに突きつける。

 まさかこんな突然手を打ってくるとはクルスは思わなかったのだ。

 けれど現実に彼らの動きは早く、クルスの堪える方法をとっている。

 そんな自分の不甲斐なさと、甘さにクルスは唇を噛む。


「謝った所でどうにもならないが、俺の落ち度だ」

「そうですね。そして私の落ち度でもある」


 そこでレイナが淡々と自分の落ち度を認めた。

 アリスの傍にレイナがいたのは、アリスと友達だからという理由だけでは無く彼女に身の安全を確保するためでもある。

 だからそういった意味で、レイナの落ち度なのだ。

 一方クルスは、レイナが自分の落ち度を認めた事が意外に思えてレイナを見ると、アリスといた時やフラットを追い掛け回したような明るさはなく、無機質な仮面のような無表情でクルスを見下ろしている。

 そのレイナの瞳が数度瞬いて、


「それであの女から魔物の気配を感じられましたか? 貴方様は」

「……いや、何も」

「統べる長なのに?」

「……力を抑えていたためか、まったく気づかなかった」

「それだけ彼女が強い魔物に手を出されたと?」

「俺すらも騙せるような強い魔物、か」

「ついでに私すらも騙せる強い魔物ですね」


 そこまで呟いて、しばし二人は沈黙してから、そこでクルスは、


「それで、他に何か気づいた事はあるか?」

「この町は“闇”の気配が濃いですね。私はてっきりフラットがそこら中歩いているからその残り香が匂うので酒場に“闇”の気配が漂っているのかと思いましたが、どうも違うようですね」

「違う?」

「ええ、人が多いためか、良くない感情に起因する“闇”が渦巻いて、とても濃くて……けれど今日歩いているうちに、大分薄くなった気がする。何故かしら」

「“闇”は俺にはわからない。漂う気配が、普通に薄い気がする」

「それは貴方様方の城が、貴方様も含めて色々潜んでいるからでしょう」


 言われてみれば、自分達も含めて随分と“闇”に近い存在がいたし、集まっても来る。

 それを考えれば、ここは“普通”のように思えてしまうかもしれないとクルスは気づかされて……そこで気づいた。


「その“闇”に紛れて、俺達が気づかなかった?」

「……なるほど。その可能性はありますね。むしろそちらの方が高いでしょう。貴方様を騙す事の方が難しそうですからね」

「……そうだな」

「似たものに満たされて大きな変化に思えず、その一方で、その程度しか力を使わずに人間を操る。随分と繊細で複雑な魔法が使われていそうですね」

「倒すべき敵である事には変わりない」

「そうですね、ただこれでかのアリス達を攫った魔物が、我々よりも弱いかもしれないと分りました。それは好都合だわ」

「それならばフラットだけで何とかなるか?」

「アリスだけで何とかなりますよ。そもそもアリスは、貴方の前では、随分と大人しいようですから、ご存じないかもしれませんが」

「そうか? ……そういえば酒場にアリスがはじめて来た時」


 クルスはそこまでしか言えなかった。

 丁度目の前に現れた“暗闇の洞窟”。

 その一部が急に爆発したのだから。


「普通の魔法では傷一つ、ほぼつかない遺跡だったはずだが」

「爆発ではないのかもしれませんね。下僕達は帰りなさい、後は私の仕事」

「「「「「はい、レイナ様!」」」」」


 後ろで僕達がそう言っているのを聞きながら、下僕達を返すレイナに感心する。


「彼らを危険に曝さないためか?」

「無駄な犠牲を払うつもりは、私にありませんから」


 そう即座に肯定するレイナに、アリスが言っていたレイナの性格を思い出してクルスは微笑む。

 けれどそれ以上クルスは何も言わず、逃げ出す冒険者達を掻き分けて、アリス達を助けに遺跡へと入り込んだのだった。






「アリスちゃん、アリスちゃん」

「んん、後五分」

「いやいやいや、ここで寝ると後でとんでもない事になるから、起きましょう」

「らいじょうぶらい丈夫」

「大丈夫じゃないです! ああもう、この手はあまり使いたくないかったんだけれどな……」


 そう呟いて、フラットは竪琴を取り出して、奏ではじめる。

 弦の跳ねる柔らかな音。

 けれど何処か薄ら寒さを感じる旋律が流れはじめる。

 深淵の恐怖へと誘うその調べに、アリスは小さく呻いてから眉を寄せて……がばりと起き上がった。


「ハムが襲ってくるぅううううう……あれ?」

「おはようアリスちゃん」

「? フラット? あれ、確か女の人に首を絞められていなかったっけ」

「うん、それでここに転送された」

「そうなんだ。そういえば私もその記憶を最後に途切れているね。……そういえば、ここ、何処?」


 辺りを見回すも暗闇である。

 そしてどうしてフラットがアリスに分ったかといえば、フラットの竪琴が青白い燐光を発していたからだった。

 そこでフラットがアリスににこっと笑い、


「さあ。とりあえずアリスちゃんが目を覚ましたら、ここの散策をしようと思ってね」

「私が起きるのを待っていてくれたんだ」

「だってアリスちゃん可愛いですから、当然です! ……それにクルスも心配しているだろうから、一緒に行動した方がいいと思って」

「そうだよね、探しているのに行き違いになっても困るしね」

「そうそう……所でここは何処だろうな。暗くて壁は……魔法無効化がかかっていて……遺跡、か?」


 フラットが壁に触れて、様子を見る。

 けれどじくじくと頭の痛みが増して、フラットは眉を寄せる。

 そういえば、クルスから血をもらったのは何時だったか。

 そしてこの前の魔族といい、迷惑なとフラットは思う。

 王の血を飲むからこそ、あの明かるい日差しの中でフラットは自由に飛びまわれるのだ。

 確かにここは暗い。

 それは幸運だと言うほかない。

 けれど弱った体は、いつもよりも重く動くのに意志が必要だ。

 しかも魔力は相対的に膨れ上がり、出口を求めている。


「せっかくだからここに招待してくれた魔物に、お礼もかねて叩きつけてやろう」

「? フラット、何処か体調が悪いの?」


 アリスがフラットに問いかける。

 同時にふわりと甘いにおいがする。

 とても強い“光”の魔力を帯びた血の匂い。

 クルスとは反対の属性で、濃縮された甘い香り。

 飢えと乾きを感じているフラットにはこの上ないご馳走であり獲物。けれど、


「ごめん、アリスちゃんは傍にいるとくらくらする」

「え! そうなの、ごめん!」

「うん、だから少し離れてもらっていいかな。すぐ収まると思うから」


 いざとなったらこの力を解放して、そうすればどこかに穴は空くだろう。

 そこから出口がどちらか分るかもしれない。

 誰かがその音で気づいてくれるかもしれない。

 けれど、この魔力を開放するのは危険だ。だからしないに越した事はない。

 そう考えて、フラットは自分の中で膨れ上がる魔力をどうにか押さえようとする。

 そこでアリスが壁の方を見た。


「どうしたのアリスちゃん」

「……歯車の音がする」

「? 聞こえないけれど」

「そうかな、気のせい、なのかな」


 首をかしげるアリス。遺跡では良くこの音が聞こえて、確か今日フラットを追いかけている時も聞いた。

 何か意味のある事に思えるけれど、それが良く分らない。

 霞がかったような夢のような……曖昧模糊としてアリスはその像が結べない。

 けれどそれが分ればもっと色々な事ができる気がしてアリスは考えるも、そこで声をかけられた。


「あら、お目覚めかしら」


 そこにいたのは白い長髪に赤い瞳をした、長身の美女の……魔物だった。


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