飴の割合は
逃げていたフラット達は、光に包まれると気づけばクルス達の前にいた。
クルスが二人の無傷な様子に、ほっとしたように、
「二人とも無事だったか。強い魔物の気配がしたが……」
「なんだか突然、遺跡が勝手に僕達を守ってくれたみたいなんだ」
その言葉にクルスはアリスに目を落とす。
アリスが、『駄目』と呟いた瞬間、魔力の動く気配がして、その巨大な魔物の動きが止まったように感じられた。
アリスが触れると動き出す遺跡。
そこでレイナがフラットに、
「その、さっきはありがとう」
「……殊勝な態度。これから僕はどうなってしまうのでしょうか」
「真面目にお礼をいったらこれか! そう、分ったわ。飴の割合は少ない方が良いのね?」
「む、鞭は止めてー!」
フラットがレイナに追い掛け回されている。
何をやっているんだかと嘆息しながら、遺跡の地下深くで揺らぎのようなものをクルスは感じる。
それに遺跡は反応して、侵入者を拒むように動いているらしい。
その揺らぎは、異界との接点が随分とおおきいように思えてクルスは目を細める。
それがあまりにも大きい場合、クルスが直接手を下さねばならなくなる。
そう考えていたところで、アリスがふっと目を覚ました。
ぼんやりとしているアリスにクルスは微笑んで、
「大丈夫か? アリス」
「……うん、なんだか凄く怖い……少年みたいな魔物がいて、フラットとレイナが襲われているのが見えて……」
「フラットとレイナならすぐそこにいるぞ。だから、アリスが怖がることはない」
言われてアリスがそちらの方を見ると、フラットがレイナに追い掛け回されていた。
「相変わらず仲がいいね、二人とも」
「そうだな」
くすくすとアリスは笑って……ほっとした気持ちになって、クルスも無事なのを確認して、そこでアリスはようやく自分がクルスに抱きかかえられている事に気づいた。
かあっと顔がほてって、アリスは焦ったように、
「あ、あの、クルス。もう大丈夫だから……」
「ああ、そうか。軽いから、このまま出口まで連れて行こうか?」
アリスが焦ったようなので、そんなアリスも可愛いなと思っていたクルスはついそんな事を言ってしまう。
言ってからクルスは、自分が何か凄く恥ずかしい台詞を言ってしまった気がして、心の中でぐおおおおと叫んだ。
但しアリスの手前なので、平静を必死でクルスは装う。
そんなクルスが傍目には動揺も何もしていないので、アリスは自分だけが焦って気にしているようで、何となく気に喰わない。
けれど何時までも抱き上げられているわけにもいかないので、アリスはクルスに言って下ろしてもらう。
「もう大丈夫だから、ありがとう」
そう微笑まれたクルスは、もしや先ほどの台詞を言わなければずっとあの状態でいられたのではないかと気づいた。
気づいて、俺の馬鹿ぁああ、と心の中で叫んだがもう時はすでに遅し。
けれどそんな醜態は見せられないため、クルスはいつものように平静なふりをする。
それを、クルスと長い付き合いのフラットがにまにま見ていたが、そこでレイナに捕まり顔を青くしている。と、
「いやー、うむ、逃げられてしまいました」
「ノイズ……」
現れたノイズにまた何か言われるのかとクルスは警戒をしていると、それを感じ取ったノイズが肩をすくめて、
「クルスさ……ではなく、大体の感じは分りましたのでしばらくはフラットをよろしくおねがいします」
「……ノイズさん、本当は何をしに来たのですか?」
あっさりと引いたノイズと今まで何処に行っていたのかも含めて、クルスは問いかけると、
「フラットが大丈夫そうなのかを有給で見に来ただけなんです。本当に」
「……随分と意味深な事をいっていた気がするが」
「一般論です、我々の。後は、そういった話も出ているというお話です」
クルスはノイズを見ると、困ったなといったお兄さんのような雰囲気が見て取れる。
そういえばこのノイズは、フラットとクルスが立場が違えど“友達”となって遊んでいた頃から、何だかんだいってクルスにも“兄”のように接してくることがたまにあった。
但しそれは、先ほどの着ぐるみの件といったような、何でこんな展開に、という事が多かったのだが。
とはいえ、今回のように他でどういった話が出ているのかをさりげなく教えてもらえるのは助かる。
加えるならば、それに関してこのアリスに妙な真似をしないように釘をさしておかないといけない。
そんな事を考えていると、アリスがじっとクルスを見た。
「? どうしたんだ?」
「……なんだかクルスとフラットから変な気配がするなって」
クルスはギクッとしながらも、アリスに微笑みかけながら、
「どういう意味だ?」
「なんだか……私のもの! って感じがする。クルスからは」
「……落ち着くんだ俺。所で、それはどういう意味だ?」
「……誰にも渡したくないようなそんな気配かな。さっきの少年は怖い感じで、嫌いって思ったけれど……クルスは似ていて、フラットはそれよりも弱いけれど似ていて、ノイズさんも弱いけれど似ていて……レイナは私のすぐそばにいるような、そんな感じがする」
その話から共通するのは……と思ってクルスがある可能性に気づく。
一方アリスも変な感じだった。
前から確かにクルスに好感を持っていたように思う。
けれど今回眠っている間に何かのたがが少し外れてしまったように感じて、それ故になんだか……前以上にクルスの傍にいたいというか、抱きつきたいというか……。
クルスの顔を見るとなんだか胸が高鳴るのはいつもの事。
そしてアリスは今はもう少し一緒にいたいいようなそんな引っ張られる感覚がある。
この感情や気持ち、自身の変化がアリスには初めての事でなんと呼べば良いのか分らない。
だから、同性の親友であるレイナにアリスは目をやるも、そのレイナは顔を青くしていた。
「……どうしたの? レイナ」
「いえ、なんでもないわ。なんでもない……所で、フラット」
珍しくレイナが真っ青な顔でフラットを見て、問いかけようとする。
その様子にフラットも何となく感づき、ちらりとクルスを見る。
けれどクルスが首を横に振るのを見て、フラットはにこやかな笑みを浮かべながらレイナに、
「話せるのは僕のスリーサイズだけだけど?」
「ふ、ふざけないで。いえ、幾つかお聞きしたい事が……」
「なんだかレイナが低姿勢に出てきた……というわけで逃げるわ」
「! 待ちなさい!」
フラットが逃げてレイナが追いかけていく。
それを見送りながら、アリスは、困ったように口を尖らせる。
「……お互い深入りしなければ一緒にいられるのに。もう、レイナったら……でも、気になるといえば気になるから、気持ちはわからなくはならないんだけれど」
一緒にいて好感を持ったなら、相手の事をもっと知りたいと思ってしまうのは人として当然だろう。
けれど、深入りせずに仲良くするのもまた共にいるには必要な事だった。
誰にだって深入りされたくない後ろめたい事はある。
現にアリスは貴族であることはクルスに話していない。
でも、もしもクルスも貴族で、もしも、こんな理由でなくても一緒にいられたなら?。
淡い期待と希望、夢のような砂糖菓子の甘さを感じる可能性という名の蜜。
けれどそれが本当に甘いかどうかは口に入れてみないと分らない。それならば、
「今のままで居られるなら、それがいいな」
「それがアリスの望みか?」
「! え、あ、口に出して……」
「はは、俺もアリス達と一緒にいるのが楽しいから、それでいいと思うぞ?」
「……うん」
その言葉に頬を染めて、アリスははにかむ。
その表情に一瞬見惚れてしまったクルスは、すぐにじーとその様子も見ているノイズに気づいた。
「ノイズさん、こういう時はもう少し……」
「いえ、仲良さそうなカップルは、がん見するようにしているのです。リア充共めが……」
「ノイズさん。もう少し……アリス?」
見るとアリスが、顔を赤くしている。
今のノイズで、カップルに見えるといわれて、それは恋人同士という事にアリスは気づいた。
恋をしているように、お互いが見えたと。
つまりこの胸の高鳴りも、クルスに対するもう少し傍にいたいという感情も……きっとこれが“恋”という名なのだと、今更ながらに気づいて、けれどクルスは優しいから、だから、そんな風に見えてしまうだけだとアリスは言い訳をする。
そこでそんなアリスに、なんとなく嫌な予感を覚えてクルスは、
「アリス?」
そう、アリスの名前を呼んだ。
名前を呼ばれたただそれだけで、アリスは顔が沸騰しそうなほど赤くなり、あわあわと何かを言おうとして、
「アリス?」
「ご、ごめんなさああああいいいい」
大きな声で叫んで、駆け出してしまう。
その突然の行動にしばしクルスは悩んでから、くるりとノイズの方を向いて、
「……なんて事をしてくれるんですか」
「いや、えっと、すみません」
「はあ……フラット達も出口の方に走っていったから、俺達も戻るぞ。それにそろそろ戻らないと時間としてはまずいだろう」
「そうですね。もっともクルス様は問題がないでしょうが」
「……それでアリス達を送るわけにもいかないだろう」
「いえ、こちらにクルス様は部屋を一つ借りられていますので、そちらに泊ればよろしいかと」
「……その部屋でアリス達と寝るのか?」
「問題ありますか?」
「俺が寝不足になる! そんな傍にアリスがいるだけで……手なんかもちろん出せないし」
「……純情ですね。いやはや、では出口へ向かいましょうか」
ノイズが呆れたようにいうので、クルスはむっとして、それだけアリスの事が好きで大事なんだと心の中で言い返したのだった。




