水中遺跡
宿からそう遠くない森。
その森から湧き、透明な水が軽やかに音を立てる細い川。
幾つもの川がやがて大きな湖を作り、そこから一つ大きい川となり流れていく。
湖の名は、エシャロット湖。
水源であるこの湖の透明度は高い。
豊かな森に囲まれたこの湖は、その栄養分が流れ込むもその水は透明だった。
栄養分が少ないのか育つ事が出来ないのだろう水草等が少ないため、水に沈んでいる遺跡のごつごつと表面が削られたような石の壁が湖の上からも良く見える。
この透明さを保っているのが、この遺跡と言われている。
ある時、戦火にて敵がこの湖に魔法の毒を投げ込んだが、湖の量で希釈されたとはいえまったく影も形もなくなっていたらしい。
それから戦火が収まり調べ始めたところ、その原因は遺跡に有るらしいとの事だった。
豊かな水に育まれた、けれど命の少ない湖。
けれど色とりどりの鮮やかな小さな魚は、この湖には住んでいる。
しかもこの湖は意外に深く、それ故に背の遺跡の構造も上からとても良く見える。
まるで、空から遺跡を見下ろしているようだと評判らしい。
と、そこまで説明を受けたアリスが、湖を見る。
日の光に反射して、湖面が白く輝き、風によってさざ波が立っている。
その白く輝かない場所から遺跡が見え、その壁際のような場所から人と魚が見える。
その美しさにある種の感慨を受けてアリスは、
「ここも綺麗な遺跡なんだね。初心者用の遺跡ってこんなに綺麗なんだ……」
そんな嬉しそうなアリスを見て、案内したクルスは良かったなと思って、すぐ傍でにまにま笑うフラットに気づいた。
「……何だ、何が言いたいんだ、フラット」
「いえいえ……純情だなと、ぐふふ」
「……今日もレイナのエスコートをよろしく」
「そんな! 僕だってアリスちゃんが良いです! ひいっ」
叫んだフラットはすぐ傍に現れた人影に、瞳を大きく見開く。
レイナだった。そして鞭をぎゅっと手で引っ張りフラットの前で見せてから、
「この私がじきじきに調教……じゃなかった、再教育してあげようというのに、逃げようなんてどういうつもりなのかしら」
「えっと……僕、今の自分が結構気に入っていたりするんですよね……ですからその教育いらないかなって」
「あら、私の好みに調教されるのがそんなに嫌なのかしら」
「レイナちゃん以外に言われたなら大好きです!」
レイナがフラットを見た。
それは変態を見るような冷たい眼差しだった。
その女王様に睨まれたというか、蛇に睨まれた鼠のようにフラットはびくっと体を震わせてクルスやアリスに助けを求める。なのでアリスが、
「レイナちゃん、あまりフラットが気に入ったからってちょっかい出すのは良くないと思うよ?」
「誰がこんな軽薄な優男に惚れるか! 私はこんな奴が親友の貴方に近づいているのが気に入らないの!」
「またまたー、フラットは軽薄な振りをしているだけで、意外に純情だもの。案外レイナと……」
「やめんか。でも純情といえばそうよね、二股男によりを戻されちゃって、泣いていたし」
その言葉に再び傷口をえぐられたフラットがショボーンとする。
「いいんだ……僕なんて所詮添え物なんだ。ちょっと見掛けが良いだけですぐに本命に持っていかれてしまうようなただの飾りなんだ……」
呟きながら地面に“の”の字を書き始めるフラット。
それを見ていたアリスがチラッとレイナを見ると、レイナが少し黙ってから嫌そうに、
「ま、まあ、もう少し女の子の口説き方を学んだら、大丈夫かもしれないわね」
「え! 本当ですかレイナ様! 出来ればその案をご教授して頂ければと思います!」
いきなり様付けになってフラットが復活した。
ちょっと心配してしまった自分がレイナには恨めしい。
なのでそんなフラットを再び追い掛け回すレイナ。それを、仲が良いなと見ながらアリス達はその場を動かずにいる。
現在アリス達は湖のほとりにある、遺跡に向かうボートの停留所に来ていた。
往復分が先払いのこのボート、一回に数十人ほどが乗れるものだった。それを見ながらアリスが、
「まるで、ボートが空を飛んでいるみたいだね」
「そうだな」
「空を自在に飛べるのは、直系の王族達くらいだから、こんな体験めったに出来ないね」
「そうだな……アリスは空を飛んでみたいのか?」
「うん、だって気持ちが良さそうだし……風も気持ちがいいかなって。鳥と一緒に飛べるしそれに……」
「遅刻しそうな時、直線距離でいけるでしょう?」
悪戯っぽく笑うアリス。
本当にその力があれば、何度遅刻せずにすんだ事かと思う。
確かに浮遊の魔法はあるが、それは風を下から吹かせて体を浮かせるだけだ。
自在に空を飛べるわけでもないし、まして移動しようとするなら耳を塞ぎたくなるような轟音と目を開けていられない風で、周りを見る余裕なんてないし一歩間違えば、運がよければ大怪我だ。
自在に空を動けるのは、“女神”や“流星の神”の血が濃いとされている王族だ。
そんな何処か羨ましそうなアリスの表情に、クルスは微笑む。
それなら、一度一緒にと、心の中で思ってその考えを飲み込む。
そうしたならクルスの素性がアリスに気づかれてしまい、きっとこんな風に気軽に付き合えない。
けれど、もしも、もしもアリスがクルスのものになってくれるのならば、アリスの望む全てを叶えてあげられるのにと心の中で思う。
そんな夢見がちな思いを抱えながらアリスを見ると、アリスはクルスを見上げて不思議そうな顔をする。
実際にアリスは不思議なのだ。
クルスがアリスをとても優しげに見つめていて、それがとてもどきどきして、恥ずかしくて、けれどもっと見ていたいような、そんな優しくて温かい気持ちが溢れてくる。
傍にいたい。クルスの傍にいたい。
そんな見詰め合う何処か良い雰囲気の二人に、彼らは乱入した。
「クルス、助けて!」
息も切らしていない怯えたようなフラットが、クルスを盾にするように隠れた。
その様子に追い掛け回して息を切らしたレイナが、
「情けない男ね、他の人を盾にするなんて」
「し、仕方がないじゃないか。こんな追い掛け回されて……」
「この私を不快にさせた罰を与える必要があるのだから当然でしょう?」
「う、うぐ……どうするんだ僕、うぐ……えっとあの、レイナ」
「……何よ」
「今度酒場でレイナのために一曲歌うから、許して欲しいかなって」
「そういえば貴方、吟遊詩人だったわね。忘れていたわ」
「こ、こう見えても結構な腕前なんです! それに占いだって出来るんですよ!」
「ほう? 興味深いわね」
レイナの目がすっと細まってフラットを見る。
フラットがぶるぶるクルスの後ろで震えた。
そこで、アリス達全員がボートに乗る順番が来たのだった。
湖の中央に位置する小島、そこに遺跡への入り口があった。
そこから階段を下りていくと少し広い部屋に出る。
そこでアリスは歓声を上げた。
「わー、魚が泳いでいるのが間近に見える。水族館みたい……綺麗……」
そこで水との境界となっている場所にアリスは触れる。
すると、ずるんとその手は水の中に入り込んでしまう。
「ええ! ガラス、じゃない?」
「すまない、説明しそびれた。そこからは水の中だから、下手すると溺れることになるから気をつけてくれ」
「う、うん……びっくりした。でも、水だから乾けば良いや。服が少し透けるけれど」
「アリス、これを着ていろ」
クルスがさっと自分の上着をアリスに差し出した。
それにきょとんとクルスを見たアリスだが、クルスがやけに深刻そうなので頷いて受け取った。
一方フラットがその様子ににまにましていたのだが、クルスは俺の事にまにま見ている余裕なんてないだろうと言いたかった。と、
「いいアリス、今回は下手なものを見つけてもすぐに触っちゃ駄目だからね?」
「はーい、この前の事で懲りていますって」
「そう? そして、ちょっと楽しんで帰るからね? 猫の一件で私は疲れたわ」
「分ってるよー」
そうアリスはレイナに答えて四人は遺跡を散策し始めたのだった。




