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秘密

 クルスにアリスは手を振った。


「また今度!」

「ああ、待っているよ」


 そう微笑んで手を振るクルスに、アリスは大きく手を振った。

 一方レイナといえば、にまにま笑うフラットをぎろっと睨み付けて、


「……今度は絶対、その性根を叩き直してやるわ」

「はーい、頑張ってねー、レイナちゃん」

「……その余裕も今のうちよ」

「もっとにっこり笑った方がレイナちゃんは可愛いと思うよ~」

「当たり前でしょう? 私は美少女だもの。この私の笑顔は貴重品だからそんなに見せられないに決まっているでしょう?」

「あ、良い事聞いた。なるほど笑顔は貴重品。『僕の笑顔は貴重品なんだ、キラッ』か。今度試しにやってみよう」

「こ・い・つ・はー。覚えてらっしゃい!」

「お待ちしておりマース」


 わざとレイナを煽るようにそんな事を言うフラット。

 ムカッとしたけれど、それ以上言っても仕方がないと思ったのか、レイナはアリスを引っ張って歩いて行ってしまう。


「ちょ、ちょっとレイナ……」

「……あいつ、許さないわ……」

「レイナちゃん?」

「この私を、いい? この私を弄ぶなんて! 私が弄ぶならまだしも、あんな風に適当にあしらわれて……」


 といったレイナの愚痴を聞きながら、はいはいとアリスは、途中からレイナを引っ張っていって転送陣に飛び込む。

 転送陣が閉まってしまうからだ。

 そうなると無断外泊及びクルス達の部屋にお泊りという……いやいや、宿をとって泊まれば良いのだ。


 うん、確か格安の宿があったしレイナとお泊りも楽しいかもしれない。 

 と考えながら、いつもの道をアリスは歩いて……そこでレイナは立ち止まった。


「アリス、何時までこんな事を続けるつもり?」


 その声音が何処か叱るような響きを持っており、その意味もアリスには分る。

 得体の知れない人間と付き会うのは良くないと、レイナは言いたいのだろう。

 けれど、クルスの事を頭に浮かべると、アリスはもう少しだけ一緒に居たい。

 だから、アリスは言い訳するように、


「……はじめたばかりだよ。それに、クルス達にも会いたいし」

「クルス、ね」


 レイナは、あのクルスという男にアリスが恋愛感情を抱いている事に気づいていた。

 別に好きな相手がいたとして結婚するわけでもないのだから特に問題はないから良いのだが……彼は、レイナには普通の人に見えた。

 けれど、普通ではないフラットが傍にいる。

 確かにあの竪琴から魔物の気配を感じたが、それでもまだ完全に白と決まったわけではない。


「大丈夫だよ」


 そこで唐突にレイナはアリスに言われた。

 まるで心を読まれたかのような言動に、レイナはぎくりとするも、


「クルスも、フラットも……悪い人じゃないよ」

「悪人は、そう簡単に分らないわよ?」

「そう? せっかく会えたのに……出会いは大切にすべきだよ。あんな良い人あまりいないと思うよ? レイナ」

「……アリス」


 レイナはあのフラットという男はどう考えても駄目だろうと思うも、アリスが無邪気に、


「でも、フラットとレイナって案外お似合い……」

「いやぁああ、背筋がぞわぞわする。言わないで。分ったわ、この話は止め」

「んー、そうかなー」

「そうそう。それよりも雲行きが怪しいから早く帰った方が良いわ」


濁った灰色の雲が、空を覆っている。嵐になりそうなそんな空。

 つい先ほどまでの空の色とは違い、不気味さを感じさせる。

 不安を孕む冷たい風が吹き抜けて、アリスは空を見上げたまま、


「……本当だ」

「そうそう、だから早く帰りましょう。まあ、今度行く時も私を誘ってね。失礼するわ」


 そうレイナは言って、暫く様子を見ようと決める。

 そんなレイナにアリスは、


「うん、また一緒に遊ぼうね」


 といつもの調子で答えたのだった。






 窓を叩き付ける風に豪雨。

 稲光が大きな音を立てて、目もくらむ光を走らせる。


「クルス様、部屋に明かりをつけないのか?」


 窓際で、外の様子を見ていた表情も変えず……否、アリスと会っている時のような人間味が一切消えた、仮面のような表情でクルスはフラットを見た。

 表情のないクルスは、その分だけ威厳のある酷く神秘的に見える綺麗な男性で、その飾り立てられた服も、高価で豪奢な部屋も、彼の放つその存在感の前では全てがただの添え物になってしまっているようだった。

 そんなクルスを見るフラットも、いつものような気の抜けたような表情ではなく、クルスと同じように仮面をかぶったような、何処か理知的で、油断ならない、そんな不安を掻き立てる様相をしていた。

 そんなフラットの問いに、クルスは、


「すぐに、食事の時間だ」

「大変ですね、我が主は」

「……お前ほどではないだろう」

「いえいえ、好きでもない女性と唇を交わし、あまつさえ体を合わさなければならないなど、僕にはとてもとても」

「……まだ俺は幼い。だから、今の所はキスだけで十分だ。けれど、早く見つけないと……」

「許嫁は全員に手を出したのでしたか?」

「満足出来ない。以上だ」


 この話は終わりだと、クルスは切ろうとするも、フラットが、


「抱いてしまわれれば良いのに。幾らでも代わりはいますし、主様であれば気に入らなければ捨てられる、それだけの……」

「フラット。今日は無しにするぞ」


 そうクルスが強い口調で告げると、フラットがびくっと震えた。

 あまりこういう事を言いたくないのだが、あまりにもフラットはふざけ過ぎる。

 彼の暗い記憶を思い出させるのは忍びないが、クルスにも感情がある。

 特に今日はやけに、フラットは饒舌だ。

 おそらくはレイナと何かがあったのだろうが、その八つ当たりをされてやるほど、クルスは優しくはない。


「……申し訳ありません、我が主、クルス様」

「分れば良い。それで、食事の前に、お前の件を済ませておこう」

「……ありがとうございます」


 うやうやしく、フラットがクルスに跪き、頭をたれる。

 そんなフラットの前で、クルスは自身の右手の人差し指にナイフの刃を走らせて、そこからじわりと赤い血が滲む。

 ごくりとフラットがつばを飲み込み、その血を見上げる。

 フラットの瞳が爛々と……それこそ魔物の瞳のように輝いていた。

 そんなフラットは差し出されたクルスの指を口に含み、とても美味しそうに舐めあげる。

 その二人の姿は倒錯的で、けれど目を離せなくなるような怪しい美しさをたたえていた。

 そこで、カタンと音がした。


「し、失礼しました」


 焦ったような年はクルスと同程度の美しい娘が部屋の入り口に立っており、そのクルスとフラットの雰囲気に当てられたのだろう、頬を赤く染めていた。

 そんな彼女を一瞥してからクルスは、


「フラット、もう俺の時間だ」

「はい。失礼させていただきます、我が主」


 そう指から口を離して笑い、フラットは立ち上がり部屋を出て行く。

 それと同時に入ってきた娘が、


「あの、クルス様はフラット様とどのような……」

「お前が知る必要のない話だ。そして、今見た事も、お前は忘れろ」

「……はい」


 その美しい娘は、クルスのその命令に、虚ろげな瞳で答えた。

 そしてその娘をクルスは抱き寄せて、唇を重ねる。

 水を飲み込むような感覚。

 そしてクルスがその娘の唇を放す頃には、娘は気を失って倒れてしまう。


「……アリスの方が、よほど甘い」


 そう、魔力を一気に吸われ気絶した娘を無感情に見下ろしながら、クルスは呟いたのだった。

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